31 パニックルームの芙欄
「神社から第二病院への非常トンネルが完成してますがね。
第一病院へ向う地下道も開通しているもんだからさ、トンネルを使って患者を移送できないもんかね」エイリアンが提案する。
犯人が全員の顔まで認識しているとは思えないが、人数位は把握しているはずだ。
患者を移送できるにしても、気づかれないようにするためには、代わりの人員が必要になってくる。
出来れば病人に見える健康な人で、突入の際に協力体制の取れる人がいい。
そんな人間、そうそういるものではない。
そんなこんな思っていたところで、候補を募ってみれば、灯台下暗しとはよく言ったものだ。
ホームでたむろしていればいいものを、いつも診療所を集会場代わりに寛いでいる爺婆が立候補してきた。
若い頃は想像を絶するヤンチャをしていた人達だ。
下手なヤクザは老人会に頭が上がらない。
動乱の時代を生き抜いてきた老人達の名は【昭和会】
命をやり取りする修羅場も、数多く潜り抜けて来た猛者だ。
頼もしいばかりの面子がそろった。
面白そうなデンジャラス大好き集団が、久しぶりに実弾入り拳銃も手配してもらえるとあっては、断る筈もない。
喜び勇んで集まってくれたのはいいが、戦うんじゃなくて患者のふりするんだからね。
気力体力共に医学界の常識を桁外れに覆しているまでは許せるが、特攻服と【必勝】のハチマキは没収させてもらう。
「あくまでもー、貴方達は病人の設定ですから! もっと具合悪そうにしていて下さい。いいですね」
完成した第二病院地下道の入口は、病院のエレベーターシャフトに直結している。
建物は地下一階までだが、トンネル側からエレベーターを呼び出すと、地下二階のトンネル階に停まる仕掛けになっている。
一階の処置室から三階手術室への移動でエレベーターを使う。
この時に患者を入れ替える計画だ。
手術の必要がない入院患者も、何か理由を付けてエレベーターで移動すれば入れ替えられる。
それでも、入院患者以外は依然として人質のままだ。
彼等の救出には、さらに時間がかかる。
たとえ入れ替えが完了しても、人質の内容が一般人から戦える人に変わるだけで、子供には適用できない。
犯人は犯行前、患者を装って下調べをするほど計画的な族だ。
こちらのちょっとしたミスでも見逃さない。
へたに勘ぐられたら、作戦全体の遂行に支障をきたす。
入院患者も含め、人質の中に犯人の仲間が紛れていないとも限らない。
十五号のシステムで相関関係を示し、犯人の仲間らしき人物を振り分けてもらう。
発熱させて隔離すれば、勘ぐられずに一般患者と切り離す事ができる。
犯人が、ここの病院はヤブ医者ばかりだと思う程度だ。
第二病院から脱出させたとして、その先が問題だ。
まだ犯人と解放交渉している交渉人も知らない救出作戦だから、大っぴらに救急車を走らせるわけにはいかない。
地下道の存在は誰にも知られたくない。
エイリアンが「宇宙船飛ばすか?」と言ってくれた。
「なお目立つだろ。頼むから止めてくれよ」
第二病院から神社まで運ぶルートは、道幅が広く車両通行も可能だが、神社から第一病院まではどうなのだろうか。
「地下道なんだから、平坦な直線なんだろう」
「それな、四の五の言うよりも、見た方が早いな」
完成したトンネルを見ると、改めてエイリアンの科学力に驚愕した。
「テープカットがまだだからねー、どうしようかなー」悩んでいる。
俺と何人かの関係者で緊急開通式を催し、記念写真も撮ってやった。
「通路はあってもなー、第一病院までは直線距離で……とにかくとっても遠いからさ、同時に何台も救急車を走らせるのは危ないし、車の手配できないしー」
移動手段の問題が出て来た。
この解決策について相談すると、ここでもまた彼等の適当に怠慢な性格と進んだ科学力が功を奏してくれてくれた。
「俺らは、運動が苦手なもんでね。あんまり歩きたくないんだ。だから、このトンネルには、リニアモーターカーを走らせているんだ」
車輪が地に着いていないので、走らせるというより飛んでいるとすべきか。
レトロ感たっぷりの蒸気機関車が浮いている。
せっかく浮いてるのに、空気抵抗を考えなかったのかと疑問に思ったが、これは科学常識の違いからくる愚問だった。
トンネル全体と列車を磁力の反発で浮かせている。
進行方向を真空にし、後方から空気銃の要領で車両を押し出す機構になっていた。
これなら、後方の空気抵抗が大きいほど高速になる。
車両内の重力制御装置で、搭乗者は発進時のGを感じない。
乗って座って直ぐに「すんげえー」と言って終わったら着いた。
豪華な内装を楽しむ間もない。
非常識な速さであるのに、揺れをまったく感じない。
乗り物での移動というより、テレポートした気分だ。
患者の移送には理想的な移動だ。
次に解決しなければならないのは、第一病院での受け入れ態勢をどうするかだ。
これには、第二病院で人質に取られなかった医師を回した。
他の病院へ応援を頼むと、情報漏れの恐れがある。
リスクは限りなく零にしておきたい。
ここまで計画が進んで、最近親父を見かけない理由が分かった。
第一病院で兄姉と三人、この非常時にも関わらず次に吸収合併する病院候補の選別会議に勤しんでいた。
調子こき過ぎると、足元すくわれるから慎重になってもらいたい処。
今回の騒ぎで、少しばかりは自粛してほしいのに、懲りない人達だから、言っても聞いてくれない。
しのぎのない貫太郎組にとっては宜しい事だが、これ以上病院でかくしてどうしようってんだか。
金の心配がなくなったら、地域医療を一手に担う勢いだ。
現場では、硬直状態が続いている。
突入のタイミングは、いずれ警察からの情報を一五号がキャッチする。
その時まで、じっと待つしかない。
とはいえ、被害は最小限に食い止めたい。
出来るだけの事はしておく。
芙欄からの定期連絡が入って来た。
「こちらチェックメイトキングⅡ、ホワイトルーク応答よろしく。こちらチェックメイトキングⅡ。非常食クソ不味いんで、旨い物差し入れてください。オーバー」
「パニックルームにバックドアはない。差し入れのしようがない。オマエはそこに閉じこもっていろ」
芙欄の情報はパニックルームの監視モニターだけで、危険な交渉や調査をする気はない。
院長とばれないように着ぐるみで変装して、患者が残した食料をあさっている。
院内画像だけなら、リアルタイムで見られる。
いるとかえって邪魔になる男だ。