30 卑弥呼は社畜がお好き
「頼まれた資金洗浄は順調ですわよ!」と卑弥呼。
誰が頼んだ、あいつなのか……好き放題やってるな。
エイリアン仲間には病院が必要とする人材? が、多くいる。
知的レベルは人類の脳を二乗した以上だ。
どんな仕事も容易にこなせるのは当然で、あらゆる職場で重宝されている。
そんな方々を既に何人も紹介されていた。
一ケ月程前から第二病院に勤務しているらしいが、気付かなかった。
人事権は院長にあるが、正体を知っているのだろうか?
アンドロイドを納品されて平気でいられる奴だ、絶対に知っている。
例え求職者が妖怪変化・幽霊・亡霊・怨霊・悪霊・悪魔・鬼畜の類でも、使えれば雇う。
足元を見て最低賃金ギリギリで雇う。
比類なき経営者魂、労働者にとっては地獄からの使者、魔界の大王、不変的恨みの対象だ。
うなだれている俺に、渦中の人から電話がかかって来た。
「すいませーん、病院占拠されちゃいました。一応報告しときます」
誰がうちみたいな病院を占拠するものか、何の得もない。
「芙欄君、君がやりたい放題やり過ぎて拘束されただけじゃないのかなー」
軽く突っぱね、電話を切ってやった。
いくらもしないうちに、北山が地下施設にやって来た。
一人で走ってきて怪我一つしていないのは、地下道を熟知しているからだろうな。
ひょっとしたら北山も異星人ではないのか。
疑惑が沸々、脳裏を侵食する。
「先生、病院ののの乗っ取りーって……知ってるますかいのーっ、ぺ!」
言語中枢の混乱著しいが、治せないから困る。
緊張以上の非常事態だろうが、言葉からは緊迫感が伝わってこない。
標準語で話せるまで、精神を安定させてからにしてもらいたいものだ。
それよりも、急いでいるなら電話でよかったろ。
病院の占拠は芙欄への個人攻撃ではなく、れっきとした人質立て籠もり事件だった。
ずんだもち人質強盗事件が解決したばかりなのに、なんで第二病院に立て籠もるかなー。
厄介事が次々押し掛けて来てくれる。
貧乏神が去ったと思ったら、今度は疫病神にでも憑りつかれたか。
ひょっとして、ずんだもち占拠犯人の釈放要求だろうか、取れる物はとれるだけ取ってやった後だ、あの腐れ親父ならいつでもくれてやる。
腐れ親父が欲しいなら、警護の警官を殴り倒してベットごと連れていけば済む。
病院を占拠するとなると、犯人の脳みそはゴリラ並だ。
テロリストの質も規格外に落ちている。
終末は近い。
芙欄は人質にされ緊迫した状況の中、どうして連絡できたのか、疑問が目白押しでブドウ糖が足りない。
山武砂防建設の人が、疑問の一つに答えてくれた。
「最近、院長室にパニックルーム作ったから、その中にいるんでないか」
院長が患者を放り投げ、自分一人安全圏とは、ヤツらし過ぎる。
卑弥呼の教団に、遥から連絡が入って俺を探している。
芙欄が連絡先を間違え、未来科学研究所の中央管理システムに入り込んだ。
基本操作までいい加減だから、そのままシステムを破壊し続けていると怒っているのだが、俺に言ってもねー。
大事な研究システムを、スクラップにしている自覚は芙欄にない。
自分が発注した真迷神社とのホットラインを、不用意に捏ね繰り回した結果、どこぞで猛烈に混線しているようだ。
これを修正できないあたり、未来科研はまだ宇宙の技術を使いこなせていない。
エイリアンが回線修復をして、こちら側に芙欄の画像を出してやる。
パニックルームからならば、病院内総ての監視カメラにアクセスできる。
監視カメラの信号もこちら側に繋げた。
監視用には誰にでも見えるカメラと、巧妙に隠されたカメラがある。
犯人達がスプレーしたのは、いかにもカメラで御座いますと分かるように設置した監視カメラで、殆どがダミーだ。
本物は換気扇やエアコンの吹き出し口、テレビ画面、照明、病院マスコットの着ぐるみ等に取り付けてある。
幸いその事には気づかれていない。
着ぐるみが平然と院内を歩き回っていられる理由は不明だが、病院内部の様子が手に取るように分かる。
この画像をリアルタイムでロクちゃんにも送ってもらい、俺と北山が第二病院に向かった。
病院を包囲する警察車両の横に、ロクちゃんを並べて待機していると、野次馬に混じったクロと遙が親密だ。
気に掛かるが、今はそれどころではない。
ロクちゃんのモニターに映し出される画像を、警察の対策本部と待機車両に同時送信する。
通信システムを瞬時に構築したのは、エイリアンにもらったアンドロイドの十五号。
エイリアンが遭難して地球に住んでから、十五年目の夏に作ったから十五号だとかで、製造した台数とは無関係だ。
かれこれ数百年使い込まれた年代物で、骨董品だが現代風に改造されている。
通信ケーブルを両足から引き出し、ロクちゃんのモニターと受信機の間で情報処理する姿さえ見なければ、違和感なく人間社会に溶け込める。
事件発生時、病院の側溝にはまったタクシーを引っ張りあげていて難を逃れている。
人質にされなくて良かった。
犯人に撃たれでもしたら、瞬時にアンドロイドだとばれてしまう。
内部の様子からして、犯人は二十名前後。
単純な物取りにしては数が多過ぎる。
どこかの国際的テロ組織にも見えるが、何を訴える為に人質まで取ったのか不明だ。
指揮系統がしっかりしている。
傭兵でもあるのか。
全員が鍛え上げられた体格をしていて、装備はアメリカ陸兵のレンジャーに酷似している。
長期の立て籠もりを想定していて、人質の壁も交代制にしている。
備蓄非常食の管理から施設制御システムまで、熟知した人員を配置していて動きに無駄がない。
前院長時代からの計画なのか、俺が病院の副理事に修まった頃、既に通院していた患者が数名犯人の中にいるとの情報がある。
覆面をしているが、目や耳・顔の一部だけでも、どこの誰かの判別ができる。
十五号が犯人の相関関係を表示して、前科の有無に関わらず、犯人に関するあらゆる情報が一斉に表示された。
この内容をそのまま警察には流せない。
人類が知りうるシステムの限界を超えた技術だ。
この存在を知られると、善良で友好的なエイリアンに迷惑がかかる。
「うちの研究システムって事にしといたげる」
遙が、持っていないシステムの研究開発費と称して、国から資金調達する気だ。
それより、俺の家同然のロクちゃんに許可なく入り込んでいる。
ノックくらいしろよ。
クロが十五号に、自衛隊への情報提供を要請している。
人の物を勝手に使うな。
俺が、心臓のないエイリアンさんからもらったんだ。
上の指示なしで接収するな!
内部の様子からすると、数ヶ月でも居座れる準備をしている。
犯人との交渉が難航するのは確実だ。
事件発生から二十四時間が経つと、犯人から医師・医薬品の補充・食材補給の要求が出された。
これは要求というより、許可した行為とした方がよさそうだ。
このような状況下では、進んで病院に行こうなどと言い出す医師はいない。
防衛医大OBの医師達が立候補してくれた。
彼等ならば有事訓練も受けているし、強行突入となっても冷静に判断し、突入班と連携できる。
芙欄が、パニックルームに装備した武器の扱いにも慣れている……。
何してくれたかなー。
病院が非合法の銃火器を大量保有している。
こんな事が世間に知れたら一大事だ。
何があっても使うんじゃない。
十五号が気を利かせ、銃火器の画像を通信データーから削除してくれた。
なんて偉いアンドロイドなんだ。
それに比べ、何て戯けた人間なんだ芙欄。
院長室と連絡が取れても、中にいるのが芙欄では心もとない。
犯人に気取られず、潜入する医師達と連絡ができないものか画策する。
院内の業務連絡用に小型ワイヤレスイヤホンを支給していたが、それらは総て没収され、犯人に都合よく使われている。
すると、遥が外耳道に装着する通信機を持ち込んできた。
病院に入る医師達にセットし、同型機を医療機器に紛れ込ませておけば、院内スタッフとも連絡が可能になる。
体温感知型発電で作動する機器だ。
スタッフの位置や生命反応も把握できる。
当然だが、我々に対して警察からの指示は何もない。
犯人から何の要求も出ていない時点で、方針を打ち出せないでいる。
さしあたって、緊急を要するのは手術が必要な患者への対応だ。
人質となっている状態での手術は、スタッフ・患者共にストレスが限界を超えてしまう。
強い精神負荷下では、バイタルの低下・麻酔効果の不均衡・医療技術への悪影響と、良い事など一つもない。
「出来れば、手術をする患者だけでも解放してくれないか」
警察を通して頼んでみたが、あっさり断られた。
病人を解放したのでは、病院を占拠した意味がない。
これも一つの道理だ。
そう来られたら、こちらも強硬手段に出るしかない。
とは言っても、人質を取られた弱み、あからさまに反攻できない。