表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲枕  作者: 葱と落花生
26/158

26 爆発物山盛りにつき危険区域立ち入り禁止

 腐れ親父には、死なない程度に娘の臓器を移植した。

 一日経っても、二人の容体は安定している。

 娘の体内にあって機能障害を起こしていたのであれば、腐れ親父の体で移植臓器は正常に機能するだろう。

 じっくり、長い刑務所暮らしを噛み締めればいい。

 基本的な免疫異常で臓器が障害を起こすのなら、健康な臓器を移植しても娘は助からない。

 あおい君の症例があるものの、原因は未だに不明のままだ。

 あおい君にしても再発はしていないが、リスクがまったく無くなったのではない。

 普段は気にしていないが、たまに風邪などひかれると心配以上の不安が頭をよぎる。

 腐れ親父も生きてはいるが、障害を持った臓器の逆移植だ。

 改善してゆけばいいが、そのまま他界となると心中穏やかではいられない。

 結果としての殺人で、予測できなかった事態ではない。

 腐れおやじは死んでもいいとして始めた手術だから、尋常な医療行為には程遠い。

 真実を知られたら、検察は確実に未必の故意が成立する事例として起訴する。

 最悪のシナリオは、両者共に臓器不全を起こした場合だ。

 そうなってしまっては、医者如きでは手の施しようがない。

 二人が苦しむ姿を、唖然と眺めているしかない。

 その時、俺達は「それでも移植手術は正しかった」と言い切れるだろうか。

 二つの命に責任が持てるだろうか。

 考えていたらまた気を失った。


 起きては考え飯食って寝る。

 起きては考え気絶して、気が付けば夜になっていた。

 売店で夜食を買い、病院のベットでがっつく。

 久しく忘れていた病院での生活だ。

 子供の頃は遊び相手もなく、一人病室で夜食を食っていた。

 深夜でも、周りに看護師さんがいてくれたからか、不思議と寂しさは感じなかった。 

 患者は深夜に眠れない。

 昼間寝るなと言われても、ついつい二時頃になると寝てしまう。

 御昼寝タイムの眠けは、動物脳が引き起こす本能だ。

 具合の悪い時は、本能に従うのが一番。

 無理に起きていては改善を妨げる。

 深夜に寝られなくともそれはそれでいい。

 病的に寝られなくなって症状が悪化するほどなら、睡眠導入剤で一時眠ればいい。

 病的でないなら、起きていればいい。

 話し相手を探すのもいい。

 俺にはパックがいる。探さないし寝つきは良い方だ。

 誰でも不安を吐き出せば少しは心が落ち着く。

 そんな意味で、子供の頃は名医だった。

 入院患者の不安を聞いてやり「アアダコウダこんな訳だから、貴方の症状は良くなっていますよ」

 ぎこちなく医学知識を披露する。

 患者は安心して眠れたらしい。

 そんな事とうの昔に忘れていた。

 最近になって親父に聞かされた話だ。

 移植後の二人はどうしているか、ちょいとようすでも見てくるか。

 どうせ暇な身だ、深夜の回診を再開するとしよう。


 深夜の回診、一眠りしてから朝に第二病院でフラフラ。 

 昼前に診療所の近所を散歩して、昼食後に砂防林へ遊びに行くのが日課になった。

 ある晩、山城親分が担ぎ込まれて来た。

 酷い頭痛を訴えた後、右目が見えなくなって倒れてから受け答えがおぼつかない。

 くも膜下出血と未破裂動脈瘤がみつかり、緊急手術の段取りをしている所に、やっちゃんが乱入してきて

「俺が手術をする」と言い出したから、ぶん殴って気を落ち着かせた。

 脳外の経験がほとんどない上、気持ちの動揺が尋常でない奴に任せたら、殺せと言っているようなものだ。


 手術は成功したが、一週間過ぎた頃になって、やっちゃんが浮かない顔をしている。

 いつでも頭が快晴の男なのに、珍しいこともあるものだ。

 病院前の居酒屋に誘って事情を聞く。

「貸した金が焦げ付いていて、このままじゃ組が潰れちまうよ。貫太郎達は食い扶持が稼げねえから、俺が面倒見てやることになってな、ちと考えちまうよ」

 いつになく神妙な人間になっている。

 この時はそりゃ大変だとだけで話しは終わった。

 何日かすると親父が、もう一件病院を買い取ると相談に来た。

 随分と忙しない話しだが、危ない金を洗浄するのに今のままだと十年かかっても追いつかない。

 提案のまま、施設を増やすのが得策だとふんだ。

 ちょうどいい具合に、病院で使えそうな人間がいるから、今から訓練しておけば後々役に立つと親父を説得して、貫太郎達を見習いとして働けるようにした。

 山城親分は今のままだと、組を潰したがっている連中の格好のターゲットになってしまう。

 やっちゃんとセットで成田勤務にしてやった。

 組の若いのがいつでも近くにいれば、迂闊にヒットマンも手出しできないだろう。


 一段落ついて日課の海岸散歩をする。

 夏に海の家が建つ辺りに置かれたベンチで仰向けになっていると、昼間なのに朱がかったはぐれ雲が西から東へゆっくり流れていく。

 変わった現象もあるものだ。

 起き上がってもっと西に目をやる。

 砂防林の向こうが夕焼けのように染まっている。

 それから下に視線をそらすと、松林の中で俺の陣地あたりが賑やかだ。

 空の異変に気付いて慌てているのか、それにしては誰もが下を見ながらワイワイやっている。


 浜から林に入って覗いてやれば、ハッチの付いたコンクリート制の建造物が地面に埋まっていた。

 防災豪を造ろうと掘っていて発見したとかで、山武砂防建設の作業員達が、この周りをひたすら掘っている。

 管理を委託されている者として、何の施設か探っているのだが、先が見えてこない穴掘りにすこぶる草臥れた様子だ。

 ハンマーでたたいたりユンボで引っ掻いたりしても、びくともしない。

 かなり大掛かりな地下施設らしいが、地域の記録にこんな物はない。 

 そこら中掘りまわしたのでは、砂防林に悪影響。

 掘削作業を止めた。


 それから土嚢でハッチの周りを囲って、何するかなあと見ていると、俺の陣地ごと発破の準備をしている。

「いっくら管理を任されているっつっても、それやったら松林に迷惑だからー」

 反対する俺の善意から出た通報で、消防やら警察が集まって来た。

 新聞社にも電話してみたが、誰も来ない。

 もっと大げさになるかと思っていたのに、いささか拍子抜けの感が強い。

 警察からは北山とクロが来て、消防から救命士の相南が顔を出している。

 いつもつるんでいる飲兵衛会で、三人とも恐ろしく酒臭い。

 当番明けで、朝から出来上がった酔っ払いにしか見えない。

 よく見れば公用車はなく、三人を乗せて来たタクシーの運転手も見物に参加している。

 通報を聞きつけ、面白そうだと野次馬に来ただけだ。

 推測だが、空の異変の方が騒ぎになっていて、俺の通報では誰も来なかった。


 不発弾処理レベルの防護壁が作られ、ダイナマイトを仕込んでいるのに誰も本気で通報を聞かないあたり、確実に地域治安の崩壊が進んでいる。

 止める者がいないから御気楽なもので、花火大会のような御祭り気分で発破をかけると、ズシリ地面が揺れた。

 砂埃が少し上がったものの、辺り一面派手に吹き飛ばされる映画のワンシーンとはいかない。

 どうなった、しばしハッチを囲んで埃が治まるのを待っていると、いきなりパッカーンと開いた。

「五月蠅いわねー。チャイムが付いてるんだから、押せば開けるわよー」

 中から出て来たのは、頭にカーラを巻たパジャマ姿の女性? 

 パックしてるから顔が分からないが、出る所が出ているから女性として扱ってやろう。


 これだけ騒いでも、誰も集まって来ない。

 近所の住人は、ハッチの存在を昔から知っていたか、朱色の空騒ぎでそれどころではないのか。

 今一度天空を拝むと、青空ばかりで雲一つない。

 女の登場に、雲が瞬時で消えたかのようだ。

「北山ー。あんたがいたのに、教えてあげなかったの?」

 この女は北山の知り合いか。

「僕、貴女みたいな人知りませんから」

 何が不都合なのか、探求心をそそられる。

 出会いは危険な雰囲気だったが、さしあたってハッチから出て来た住人が攻撃的でないのは分かった。

 中が生活感に満ち溢れているのも確信した。

 誰の許可を取って住んでいる。

 住んでいるだけなら砂防林友の会も同じだが、鉄筋コンクリート制の地下一階はやり過ぎだ。


 砂防林の人達がここに定住してかれこれ四半世紀が過ぎている。

 こんな物があったなら、彼等はここに居を構えなかったはずだ。

 防災豪を作るより、この地下施設に潜り込むのが彼等流だ。

 ならば四半世紀前、既にこの玄関と言うか妙な出入り口は、砂地に埋没していたことになる。

 もしくは、地下建造物として建設時から埋めてあったか。

 どちらにしても、埋まっている出入り口にチャイムを付けるとは、洒落っ気が強すぎる。

 ハッチの蓋には【自家用・御用の方はチャイムを押して下さい】確かに読める。

 蓋の横には、チャイムと書かれた砲丸投げの鉄球も置かれている。

 近代的とは言い難く、どうしても戦前の物としか受け取れない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ