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雲枕  作者: 葱と落花生
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25 奇跡の臓器移植

 狙撃しなくても、中の連中に任せれば簡単にミンチにしてくれる。

 大祭と銘打った花見の内容は、自衛隊の観閲式さながらだ。

 拳銃を持ち込んでいる民間人も、一人や二人ではない。

 さっさとけりを付けないと、内部の人間に射殺されてしまう。

 おお……そのために、ここから狙撃するのか!

 人質を助けるのではなく、犯人を人質から守る為に狙撃する? 乱暴な作戦だ。

 で、何で俺がここにいいる。


 芙欄が野次馬をやりに上って来た。

「俺は中に入るからね」と囁き、下へ降りようとすると、すれ違いざま一言。

「先生、準備出来てます」

「何? 朝飯なら食ってきたよ。ブランチかな。おやつかな。早めの御昼かなー」

 芙蘭はそんなに気の利く男ではない。不吉の前触れだ。


 ロビーに降りると、すぐに救急車のロクちゃんを取り上げられた。

 正式には接収と言う。

 緊急時必要とあらば政府が、民間人の物を取り上げてもいいのは知っているが、ついでに俺も接収された。

「不慣れなもので、この車両運転は難しいです」とか言ってる。

 今回のような非常事態に、ロクちゃんは頼もしい限りだ。

 大勢を同時に診るのは無理だが、銃撃戦などで緊急手術が必要になっても、病院まで運ばなくて済む。

 銃弾の摘出手術なら、大げさな設備は必要ない。

 家庭のテーブルとよく切れるナイフ、直ぐに酔っ払える強い酒があれば何とかなる。

 ただ、摘出する弾が動脈に近かったり、頭蓋の中で止まっていると手軽には取り出せない。

 むやみに動かせば、命とりになる。

 熟練した医師による適切な処置と、バイタルを管理できる設備機器がなければ危険だが、病院は隣りにある。

 疑問が残る接収だ。


 突入か思い切って狙撃か、ロクちゃんを連れていくなら方針が決まったのだろう。

 作戦の結果いかんによっては、重傷者が出る。

 大人しい解決策があるなら、俺まで引っ張り出す必要はない。 

 でも、何で俺なの。

 医者なら病院に大勢いる。

 患者と一緒に、診察そっちのけでテレビを見ていたよ。

 病人も病気を忘れてた。

「戻ってー、手術の出来る奴を乗せた方がいいよ」と騒いだら、医者は標準装備の救急車で待機している。


 報道中継車には爆発の危険性があるからと、三百米圏外に待機させておいて、ロクちゃんは研究所の入口にビタッと横付けさせられた。

 あれは爆弾じゃないからいいが、待遇の違いに少々腹が立つ。

 着いたら直ぐに、あおい君とキリちゃんが乗り込んできた。

 明らかに政府主導型の誘拐だ。

「弱い者いじめだなー」

 パックに話していると、顔が血だらけの怪我人がタンカで運ばれてきた。

 制服ではないから一般人か?

 体に朝刊の一面記事が張り付いている。

 立て籠もり犯じゃねえかよ。


 拳銃を持っていた右手を撃ち抜き、同時に頭の皮一枚で銃弾がかすめている逆モヒカン。

 驚異的射撃術だ。

 出血は多いが、どちらも銃弾を残していない。

 それでも、意識がないとなると、脳に強い衝撃を受けている。

 微量の脳内出血を起しているか、脳震盪で気絶しているかだが、脳内出血なら早いとこ切り開いて血を抜かなければならない。

 脳の過激な膨張が起こらなければ助かるが、現段階では総て運任せとしかいえない。


 三人で処置しながら、待機していた北山に応援を呼んでもらう。

 応援が到着して、俺は手術台から離れ、病院に向かいゆっくりロクちゃんを走らせる。

 病院では、クロと後輩が救急搬入口で待っていた。

 複雑な心境だろう。

 犯人、今はただの患者が、あわただしく集中治療室に運び込まる。

 俺の仕事はひと段落した。

「射殺してもいい命令だったけど、殺したくなくて。もったいないし」

 ボソボソした口調でクロらしい判断だが、もったいないの使い方を間違っている。


 応急処置は適切だったが、立て籠もり犯患者の容体がよろしくない。

 外には報道が押しかけ、病院全体を警察が警護している。

 関係者以外は中までは入れないものの、あまりいい気持はしない。


 犯人患者に変化がある度、主治医でもないのに報告が入る。

 誰が主治医なのか、聞けば芙欄だった。

 偽医者なんだから、患者診たらいかんのに、またあいつだ。

 事務員から医師になって初めての患者が、よりによってマスコミに注目されている。

 なんとかしければ、手に入れたばかりの病院を手放すはめになる。 

 分かりやすい修正方法で、俺が主治医として芙欄と入れ替わった。

 他に担当している患者はいない。

 付きっきりの治療だ。有難く思え。

 しかし、誰が治療費を払ってくれるのか。

 現行犯だから、狙撃イコール逮捕と考えていいのだろう。

 ならば、警察に支払い義務がある。

 それとも、警察が入院保証人になってくれるのか、問題だ。


 北山に尋ねると、親族がこの病院の職員らしい。

「看護師の絵東さんです」……知っている。

 腐れ親父のDV被害者だ。

 となると、犯人患者は腐れ親父だったのか。と、今になって気付いた。

 一度も会った事がなかったが、ムカつき度ワースト十に常時入っている奴だ。

 パックが犯人患者を見るなり、頭の上で騒ぎまくっていた。

 嫌な予感はしていたが、この展開かよ。

 腐れ親父をこのまま病院に置いていたら、完治する前に臓器がことごとく行方不明になってしまう。

 内臓スカスカの遺体は検死に出せないのだよ。


「先生、すぐ来てください!」

 キリちゃんの甲高い声で起こされた。

 あまり考えすぎると、脳がブドウ糖不足となる。

 一瞬意識が遠退いただけの感覚だったが、時計を見るまでもなく、明るかった外は真っ暗。

 患者が寝静る深夜の病院に様変わりしていた。

 どうしたもこうしたもなく、キリちゃんに引き回され手術室に入る。

 手術台には腐れ親父が縛られ、機は熟したと言わんばかりのメンツが揃っている。

 警備の警官はどこに片付けた。

 こんな状態で俺に何をしろと言う。

 やりたいことは分かるが、まだ生きているし。

 脳死まで待てなかったかなー。

 今の状態で臓器を取り出したら、混じりっ気なしの殺人じゃねえかよ。


「先生は指示だけしてください、手術は私達でやります」

 実行犯は自分達だと親切そうな言い方だが、間違いなく主犯は俺になる。

 今まで寝ていた頭上のパックが起き出し、良心でも説くのかと思っていたら、

「やっちゃいなよ。手術も教えてやるからさ」

 やはりこいつは俺の分身か、パックの無責任な手術指導と自棄度胸も手伝って、震えることなくメスが握れる。


 ただでさえ難しい手術で、同時に二件の多臓器同時移植は前例がない。

 成功しても治療費はもらえない。

 警察はそんなに金持ちではない。

 まして、公表できる事例ではない。

 医師達はなんの見返りも求めていない。

 しくじれば医師免許剥奪の上に、全員刑務所行きは覚悟の上だ。

 緊迫した時が過ぎて行く。

 手術から遠ざかっていた俺には、無限に続くように思われた。

 目の前から光が消えたのは、縫合を残すだけとなってからで、体中の力が一気に抜けた。

 気付いたには、特別室のベットで寝ていた。

 日付が一日飛んでいる。


 今回行った移植は、誰がどこからどのように見ても違法だ。

 報道に何と説明する。

 腐れ親父が臓器不全を起こして、偶然にも適合親族が入院してまして、緊急に……頭、撃たれたんだった。

 何で臓器不全起こすかな。

 そんな障害出るかな。

 専門家には即効バレるな。

 脳の働きは殆ど解明されていないから、適当な話で何とかなるかな。

 外にはワンサカ報道陣が。

 ほら、いない。

 芙欄が、上手く誤魔化して帰したと聞かされた。

 こんな時は頼りになる存在だが、医者のふりをするのに慣れてほしくない。

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