24 射殺命令
腐れ親父が逃げたとなると、移植用に無理矢理脳死にする相手はもういない。
俺が引き続き家出旅に出る理由もなくなった。
たまに遊びに行くのに別荘として作っていた、ブルーシートテントがどうなったか気になってきた。
思い立ったらじっとしていられない。
砂防林に行くと、陣地が綺麗に管理されている。
松林の住人がいきなり「腐れ親父の車に拳銃置き忘れちゃった。どうすべか……」
挨拶もしたことのない人様の車に、それも鍵のかかった車をどれだけ念入りにこねくり回せば、中に拳銃を置き忘れられる。
だいたい、それは俺に相談することかな。
翌朝。
有朋が、逃げ隠れしていた腐れ親父に、本格的な追い込みをかけたと報告しに来た。
ロクデナシでも逃げ出す取り立てだ。
並ではなかろうに、逃げた奴にもっと強烈な交渉と言ったら、アメリカンマフィア仕込みの拷問しか残っていない。
生きているらしいから、その辺のところは聞かなかったふりをするとしても、何で俺に報告するのかが分からない。
そんな話しをしている診療所の待合室では、朝からクロと北山がテレビを見ている。
ここでのサボタージュは習慣だが、いつもはアニメを見ている二人が、今日に限ってローカル報道番組にチャンネルを合せている。
ほどなく、覆面男が未来科学研究所で人質を取って立て籠もったと臨時ニュースが流された。
事件現場は山武第二病院に近く、放送局からだとただならぬ遠方にある。
この地域はエキセントリックで、文明社会が便利さと引き換えに失った超自然現象多発地域だ。
それなのに、ローカル局に一台しかない中継車が、偶然にもリアルタイムで事件現場にあるのは、自然の摂理に反する。事前の垂れ込みでもあったか?
北山が俺に「未来科学研究所の所長のよお、遥未来ってベッピンさん。先生知ってッぺ」
知ってはいるが、怪しい宗教団体の教祖を内職で始めてからは、交流が途絶えた。
立て籠もり犯は、遙が創った【宗教法人ずんだもち】が、公安に目を付けられている危険組織と知らず、大祭の御布施を狙って押し入っていた。
逃げ場がなくなり、老人を人質にとったのではないかヘコへコと、聞いてもいないのに事件の詳細をクロが解説してくれる。
事件は起きばかりだというのに、警察関係者とは言え詳し過ぎる。
俺の記憶はいい加減だがしかし、遥の未来科学研究所は政府の協力機関になっているはずだ。
二足のわらじにしては、方向性が真反対でやりすぎだと思っていた。
いつから公安が張り付いていたのか。
公安の監視対象はずんだもちでも、所長の遥が教祖であるのはかわりない。
強盗など今時流行らない。
割に合わない犯罪を決行するには、並々ならぬ事情があるものだ。
チョイと小遣いをなどと、軽率な成り行き強盗とは訳が違う。
にもかかわらず、狙った場所が悪い。
宗教法人の大祭ともなれば、警備は厳重で警官もうろついている。
逃走用の車両は、臨時駐車場で駐車場係りに管理されてしまう。
信者の中には、盲信している者も少なくない。
そんな中で神をも恐れぬ大罪に走れば、結果はおのずと見えてくる。
大胆な犯罪だが、計画が幼稚だ。
急な金が要りようか、誰かにそそのかされての犯行で、大金を強奪するなら捕まった時の事まで考えるべきだ。
が、考えの及ぶ者なら、端から強盗などしない。
どんなに優秀な弁護士がついても、ここまで脳の使い方を知らない凶悪犯は救えない。
強盗に限らず、人質を取って立て籠もられた場合、警察が対応するマニュアルはどこの国でも似たり寄ったりだ。
最終的には、突入か犯人の射殺がセオリーとなる。
複数犯ならば突入だが、単独犯で多数の人質を取っている場合は、持久戦に持ち込んで、突入前に犯人の集中力が途切れるのを待つ。
単独犯でも、覚せい剤でギンギンになっていたり、手に持った凶器以外で、体に危険な臭いのする物でも巻き付けていたら、狙撃命令が出される場合もある。
過激な武装をして人質をとった場合、起爆装置にバイオスイッチを使っていると力説しなければ、射殺命令が出される。
折角のC4も無意味な物になってしまう。
至近距離からの九ミリ弾なら発射速度が速く、小さな銃弾は人体を貫通するので、死に至るケースはまれだ。
これに比べ、遠距離で使用されるM24SWSのような、対人狙撃銃から発射される銃弾は、発射速度が遅く大型の物が多い。
命中すれば体内に留まり回転して、被弾周辺組織を破壊する為、死亡率が非常に高くなる。
犯人を生かして確保するには足を撃つべきだが、人質を盾にされるとそうもいかない。
できれば頭部をかすめ頭蓋に衝撃を加え、脳震盪か脳内出血で気絶さるのが最も好ましい狙撃だが、超金メダル級の射撃力が要求される。
立て籠もり犯は、大祭会場中心の教団本部にいる。
犯人がいる場所より高い建物と言えば、周りには山武第二病院しかない。
犯人までの距離は六百米。
M24SWSの有効射程は八百米。
この距離で標的に命中させるのは、もはや神業だ。
それが出来る者は、世界でも数えるほどしかいない。
自衛隊の狙撃手ならば、五百米先に走行中の車窓内標的を狙撃できる。
警察が縄張りを譲ったにしても、改正自衛隊法第七十五条のテロ行為に該当するかどうか。
知事が自衛隊員の派遣要請をしたにしても、派遣が認められるかは微妙な所だ。
「難しいところだなー」
テレビの報道に向かって一言いってやった。
すると、こんな発言が聞えていたような速さで続報が流される。
自衛隊に派遣要請が出され、即座に認められたのだ。
緊急事態には、普段からこれくらいの決断力が欲しい。
無理だろうけど。
新興宗教団体ずんだもちの教会は、未来科学研究所と兼用になっていて、施設内には機密事項の資料や研究記録が保管されている。
政府協力研究機関へ銃火器を持って侵入し、居合わせた人々を人質に取った行為が、国家に対する反逆行為とみなされたようだ。
狙撃命令が出たと、二人の刑事にも連絡が入る。
クロには別の電話もあって、一足先に病院へ向かった。
北山に誘われ俺が第二病院に着くと、屋上に行けと親父に言われた。
報道への不必要なリーク予防だとかで、すでに屋上は立入が制限されている。
報道中継車も爆発の危険から距離制限され、施設と病院の中間辺りに停まっている。
高所作業車に乗ったカメラマンが、望遠で教団施設の撮影をしている。
屋上では、スポッターが設置した望遠レンズを通して、モニターに映し出される立て籠もり犯の様子がよく見える。
「昨日はどうも、ゴチでした」
狙撃手が北山へ丁寧に挨拶をした。
談笑している場合ではなかろうに、狙撃手は昨日から泊まり込みだったと俺に白状する。
でも、俺は部外者ですから。
偶然にも、自衛隊から派遣された狙撃手は、先輩であるクロの誘いでこちらへ遊びに来ていた。
北山がオトリ捜査に使っている居酒屋【デロリ庵・蕎麦焼酎あります】で大酒を飲んで酔い潰れ、座敷で寝て起きた時に命令が出さている。
狙撃用のM24SWSは、習志野駐屯地からヘリで運ばれてきていた。
二丁のセッティングが済んでいる。
クロは元自衛官で、習志野特殊作戦群【S】だったようだ。
知らなかった。
Sは防衛大臣の直轄機関だから、元隊員のクロに直接命令が出されるのは分かるが、そんなに優秀なら自衛隊に戻れよ。
これだけの騒ぎになっても、まだ遥は動かないのか?
未来科学研究所は、防衛省技術研究本部とも連携している。
中には隊員も数名常駐しているし、見れば拳銃一丁持っただけのヘタレ強盗だ。
体に巻いているのは爆弾ではい。
撃たれてもいいように新聞紙を巻いているだけで、今朝の一面記事が見えている。
素人の俺が見ても分かる。
施設の中には、研究用銃火器が山ほど保管されていて、兵器庫と同じだ。
あの施設にあっては、生まれたてのひな鳥が虎を人質に立て籠もっているのと同じだ。
厳重に囲われているから、どうやったって逃げ出せない。
どっちが人質なんだか。




