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雲枕  作者: 葱と落花生
21/158

21 峠の御宿で怪しい披露宴

 親分に誘われるまま、一階にある囲炉裏焼きで呑み始めたのはいいが、ぐるっと囲むように子分衆が座っていて落ち着けない。

 一緒に飲み始めた失礼男の霊が、仕事の件を持ち出す。

「親父さん、仕事って何」

「ああ、御前さんへの頼みてえのはよ、アメリカのデトロイトって所に飛んで行って、若頭を探してほしいんだ。組の者に米語が真面に話せるのがいねえんで、御前さんに頼むんだが、引き受けてくれるかい」

 山城親分の引き受けてくれるかいは、御願いの体をなしているが命令と同じだ。

 仕事の内容を聞いてから断ったりしたら一生がその場で終わる。

「金がなくて暇があるから断りはしまないよ。だけど、俺だって命は惜しいっす。どんな人間を相手にするのか知らないんじゃ、アメリカまで行っても何をどうしていいか分かりませんね。若頭、何をやらかして逃げてるんですか」  

 組の長が組運営の頭を探し出してくれと依頼しているのだ、組の金を持って逃げたかくらいに思って聞くのは当然だ。

「逃げたんじゃねえから厄介なんだよ。行方不明になっちまったんだ」

「どういったことです」

 つい、俺もその気になって身を乗り出す。

「先生になら言ってもいいだろうから話すがね、子供を引取りに行った先で消えちまったんだよ」


 山城親分は戦後間もない頃から、身寄りのない子供を引き取って育てていた。

 今では世界中で悪さをして、組に上納金を納めるまでに成長した子もいる。

 良い事はしておくものだと、日頃から俺達に自慢していた。

 俺は組で引き受けた子の健康診断を定期的にやっている。

 風邪をひいたとか怪我をしたとか、しょっちゅう往診もしているから、このことは随分前から知っていた。

 だが、実体を見ているのは、組と親しい付き合いのある限られた者だけだ。

「いつも金がねえ金がねえって言ってたけど、そんな所に使ってたのかよ。極道が死ぬ前に仏になってたんじゃ格好つかねえもんなー。そりゃ誰にも言えねえや」

 組下の仕事をたまにやっている程度の霊は知らされていなかったらしく、ここで始めて事情を聞いて感心している。

「そうだったな。霊には一度も話してなかったなー」  

 単なる言い忘れか故意に教えなかったのか。

 これくらいの歳になると判断が難しいところで、何かの行き違いや不都合はボケたふりをして誤魔化すのが親分の常套手段だ。


「親分は顔が広いから、この近所に住んでいる文恵とかいう娘を知ってるかな。仁徳の塊みたいになってるから、親分が口きいてくれればまとまると思うんだけど、あの娘を嫁に欲しいんだよ」 

 霊がどのように考えても本能としか取れない決断を、突然話しの脈絡を寸断して山城親分に打ち明ける。

 どこがどんな感じで気に入ったのか、衝動や出来心・間違いでは済まされない。

「あっしの聞き違いでなかったら、御前さんは近在の文恵って言ったようだが、それでいいのかい。間違っちゃいないかい」

 親分は霊と目を合わせないように、刻み煙草を煙管に詰めると、炉端の炭火で点けて大きく一服吸い込んだ。

 落ち着いているふりはしているが、吐くのを忘れている。

 顔が赤くなって青くなって、ゲホゲホと大げさに咳き込んだ。

「ああ、瞳と美絵の間の三つ子の一人だ」

 この時、本当の事を教えてやろうかどうか迷ったが、煙草を吸う親分の様子からして、事情は俺より知っていそうだ。

 黙って成行を見守る事にしよう。


「そりゃあ、めでたいというか、御愁傷様というか。確かに知っちゃいるが……もう一度訪ねるぜ。本当に、あの文恵でいいのかい。後悔しないかい」

 あの文恵ときたからには、ひょっとして親分も昔々に御世話になった口で(あれから何十年たったろうか、あいつは現役バリバリでいやがる)といった思いが、ヒシヒシ伝わってくる。

「絶対後悔しねえ。オリンポスの山に誓う」

 この場合は「絶対に後悔するから」と言って止めてやるのが渡世の人情だと思って今日まで生きてきた。

 親分は、一本道を究めた義理人情に分厚い世界で生きている。

 どんな事が有っても、この婚姻はやめさせると見ていたが、物の怪針なしには二・三人殺しを請け負っても返しきれない義理があるらしい。

「そりゃ御前さんからどうしてもって頼まれりゃ断りはしねえが、いつ一緒になろうってんだい。そう長くは生きちゃいねえよ。できるだけ早え方がいいよ」

 親分は自分の寿命より、文恵の残り時間を気にしているとしか思えない。

「どうせ山城組の人間しかいないんだから、今すぐでもいい。襲名披露が御流れになって、宴会の使い道がねえだろ。払いは済んでるんだし、そいつを使って俺の披露宴てのしてくれよ」

 馬鹿もここまでくると天才と紙一重か天才そのものだ。


 人六人殺された襲名披露の元になっている組が、そっくり病院送りにされているって時に、宴を横取りする気でいる。

「そりゃいい考えだ、折角用意した物を食わずに棄てるなんてのは、コンビニが許しても俺の人生が許さねえと常々思っていたところだ、さっそく女将と相談して祝言の支度さしてもらうぜ」

 親分も人が悪いのか良いのか、親切なのか意地悪なのか。

 五分もしないで、そうと決まったら早速婿殿は支度しなさいと、霊は仲居に引かれ奥の間に入って行く。

 動きの速さが尋常ではない。

 元々この祝い事自体が素面じゃない。

 この程度の非常識は許容の範疇だべ。 


「はい、今晩は」

 近代文明と掛け離れた身成で、本物の馬子が宿前で大きな声をかける。

「おお、源さん来てくれたかい。とっくに馬子なんざやめちまったと思ってたぜ」

「親分の頼みだ、馬さえいれば引き受けるさ」

「嬉しいねー。峠の茶屋から、文恵に白無垢着せて、ここまで乗せてきてやってくれ」

 親分が女将から柳行李を受け、それを馬子の源さんに渡す。

「女将から聞いていたから驚きはしねえが、本当に文恵でいいんだろうね。親分もとうとう年貢の納め時ってか」

「おいらが嫁にとろうってんじゃねえんだ。組に出入している若いのが見初めちまってな、面倒見てやる事になったんだ。勘違いしなさんな」

 実写版の文恵を知っている者なら、親分の相手だと思って当然だ。

「困ったなー」

 源さんがつぶやきながら馬の鼻を撫でる。


 記念の動画を残したいと霊が我儘放題だ。

 俺まで写真屋の真似事をやらされ、峠の茶屋からカメラを構えてくっついている。

 人里離れた茶屋から宿まで、馬子に引かれた白馬がゆるりゆるりと道を行く。

 渓谷に枝繁き紅の葉がヒラヒラと舞い、白馬の背で揺れるまま任せた白無垢へ一枚二枚落ちる。

 白に紅が艶やかな文様となって、月灯りに浮かび上がる。

 谷を隔てた山の獣道に、狐火が長い行列を作っている。

 こんな映像を残していいのかどうか悩むところだが、本人も残してくれと深く角隠しを被っている。

 花嫁衣裳と道中の景色しか映っていない。

 これで良しとするしかあるまい。


 霊の披露宴は妙なことばかりだ。

 宿へ着いたのは夜の十時頃。

 近くの馬路には、足を肩幅に開き後ろ手に組んだ厳つい男達が、黒服で両側に構え宿の玄関まで繋がっている。

 馬が到着すると大きな声で「おめでとうございます」一斉に発し、花嫁が馬から降りるまで最敬礼したまま微動だにしない。

 堅っ苦しいのは抜きだと親分が式を飛ばし、披露宴を始める。

 浴衣に着替えてから、宴席へ案内されるまま女将に付いて行くと、締め切られていた大扉の向こうへ進む。

 一本道だが、クネクネとして方向が分からなくなるトンネルのような道を歩かされる。

 しまいには、百畳もあるだろう大広間に通された。

 以前来た時とは勝手が違う。


 広間には宴の膳立てがしてあって、上座には白無垢と紋付羽織袴が窮屈そうにしている。

 その向こう側で、渓谷の流れと紅葉が朱色の灯りに照らされている。

 新郎新婦が背景と一体になり、一枚の屏風絵にも似た景観となった。 

 広間の左右に設けられた扉を開けると、渓流へ出られるようになっていたのには驚かされた。

 下流に二分ばかり歩けば、階段下の混浴露天風呂に出られるそうだ。

 三百二十一段と半分の過激な階段を上り下りするより、スロープになったこの道の方がずっと楽だった。

「何でこの道教えてくれなかったのかなー」軽く女将に抗議してみた。

「ここは峠の茶屋の御婆さんが、御風呂までの階段を作る時に、孫娘の嫁入りが決まったら使うつもりで石を切り出した痕です。開放していなかった部屋ですし、今日の宴会が終わったら、また暫くは開かずの間になります」

 孫の為に婆ぁ一人で……。

 ここまで掘って切ってやれるとは、恐ろしい破壊力だ。

 使い方を一歩間違ったら、人類最強最悪の生物兵器になりかねない。

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