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雲枕  作者: 葱と落花生
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2 十五で死んで十五で生きて 二

 浜に出ると沖から一艘の船が、鏡の反射光をチカチカとこの顔にあてて来た。

 トンツーで「体調はどうだ」と聞いている。

 近くにある研究所の所長が、スナメリやイルカを見るのにクルーザーを浮かばせているのだ。

 杖の先に汗拭きのタオルを縛り付け、大きく振り返してやる。

「元気だよ」の合図。


 海岸へ来る度にシーグラスを探しているが、ここは沖に強い海流があるからか、流木さえ滅多に流れ着かない。

 オレンジ色の宝石が欲しくて下を向いて歩いていたが、何年かかっても見つけられない。

 今はむきになって探してはいない。

 偶然に綺麗なものが見つかればそれで良い。


 帰り道、夏から会っていなかった数件の友人宅を訪ねる事にした。

 今の土地に診療所を開いた頃からの付き合いだが、数ヶ月寝たきりだったもので御無沙汰していた。

 途中、雑貨屋で茶菓子を買って手土産にした。

 忙しそうなので、手短に土産を渡して帰り支度をする。

 夜の祭に誘われたが、ようやくここまで辿り着いた体だ、帰りの消耗を考えると心配になる。

 それよりなにより、鴨鍋で好きな酒など呑んだら直ぐに寝てしまう。

 どうせ朝まで起きないだろう見当がつく。

 これから何日も夜通し続く祭だ。

 翌夜の約束にして鍋の具材を仕入に向かう。


 いつもネギに用事がある時は、近所の畑で拝借する。

 御親切にも今では専用に人畝区切られていて、それ以外の畝から失敬すると過激な処刑が待っている。

 許された所からならいくら採ってもとがめられないほど優遇されたのは、畑の持ち主が幼馴染だからだ。


 帰ると、雑貨屋の主人と奥方が二人して、荒れ放題の畑を手入れしてくれている。

 二人とも畑仕事は嫌いではないが、人様の畑まで手入れする程好きではない。

 そんな二人がよそ様の畑に手を入れているとなると、何か魂胆があるのは見え見えだ。

「普段は休みなく働いているので、子供とろくに遊んでやれない。改装の間暫く家族で旅に出るので、こいつを預かってくれないか」

 主人が足で引き寄せて見せたのがキジトラ猫。

「普段はおとなしいから」と頼まれたが、どんな奴かは十分に分かっている。

 しかし、今更こう言う訳だからとは言いえない。

 仕方なく、旅から帰ってくるまでならばと引き受けた。


 こたつに猫を寝かせてから一人で吞んでいると、昔の事が次々と浮かんでは消える。

 中学に上がるまでは病弱な子供だったので、自分が病気なのか健康なのかも分からないまま、親父の病院に入り浸りだった。

 顔を覚える前に母親は他界していたから、病室に寝泊まりするのが当たり前になっていた。


 十五に成って事故に遭った年は散々な家庭環境で、親父が「医療過疎地域でのER建設に投資しないか」なんて低級な詐欺に引っ掛かって、家屋敷を手放さなくてはならなくなってしまった。

 もっとも、家族は病院で何もかも済ませる生活だった。

 家なんて、あってもなくても同じようなものだ。

 ただゝ、親父の馬鹿さ加減に呆れかえるばかりの事件だった。


 住民登録してあった家からは追い出されたが、病院は手つかずで残り、親父と兄姉の健常者病院生活は今も続いている。

 親父は現役を引退しても有る事無い事申し立て、入退院の繰り返しで病院の稼ぎ頭になっている。

 しかし、俺の見立てでは極めつけの健康体だ。


 兄姉は親父の後を継いで常勤医になった。

 他の病院まで通うのが面倒なだけにしか思えないが、ここだけは死守すると言って住み着いている。

 朝昼晩の食事は病院食か社員食堂で済ませ、それが足りなければ売店で買い食いするのは、俺が子供の頃から変わっていない。

 困った事実だが、姉の料理している姿を見た事はない。 

 料理以前に、我が家となった病院には、一般家庭のように謙虚な台所がなかった。


 時々、屋上にテントを張ってバーベキューしながら星空を眺めていた。

 急患に備え、医師である親父は引退まで一日も休みを取らなかった。

 こんな生活が当たり前で、屋上でやったキャンプの真似事が唯一の余暇だったと記憶している。

 それでも、食い物に困るような事態に陥ったことは一度もない。

 親父に対する微妙な敬意と、生活水準に合わせた希薄な感謝が必要だろう。

 極めて稀に、そんなことを思った方がいいのかなと感じる瞬間があるが、この感情を親父に伝える方法を俺は知らない。


 高校を卒業する頃になると、医療機器や用語のほとんどを理解していて、資格もないのに簡単な手術の段取くらいは任されていた。

 将来、医の道を志すなら理想的な教育環境に育ったのは、ひとえに間抜けな親父をひっかけてくれた投資詐欺グループのおかげだ。

 感謝はしないが、当時詐欺グループの中でパシリだった奴を最近治療した。

 俺をもぐりの無免許医と勘違いしたらしく、ケツに打ち込まれた銃弾の摘出を頼まれたのだ。

 取った痕には塩をたっぷり擦り込んで、丁寧に消毒してやった。


 奴は詐欺事件の時の俺を覚えていなか気付かなかったのだが、感染症だナンダラカンダと思い浮かぶ限りの脅しをかけて治療費を吹っ掛けてやった。

 今もこの男は俺を良き闇医者と思っているようで、何かにつけ面倒見がいい。

 徹底的に利用したら捨てやる。

 御間抜け野郎。

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