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雲枕  作者: 葱と落花生
17/158

17 ブランコ婆ぁは蟒蛇の化身か

 危ないからしっかり鍵を閉めてから外を眺めると、今度はロクちゃんの上からロープをかけて窓の外でぶらぶらしている。

 ちんちくりんのくせに元気な婆ぁだ。

 このままでは気持がち悪くてゆっくり寝られそうにない。

 それに間違って死なれでもしたら、俺が殺したと思われかねない状況だ。

 凶暴ではなさそうだから、仕方なく中に入れて事情を聴いてやる。

「俺に用って何?」

「んー、わしにはビールないの? ゴニョ」

 質問に答えるようすはない。

 初対面の人間に対して、あつかましくもビールを催促するあたり、病院で威張っている誰かに性格が似ている。

「ビール出してもいいけど、ろくでもない用事とか強請り集りだったら、引き回して打ち首獄門にするぞ」

「ろくでもないかあるかは、おまえの取り方しだいだ。早くビールを出せー。ゴニョ」

 口惜しいが、どこから湧いて出たか分からない婆ぁに、用事があると言われて放っておけるほど奔放な人間ではない。


 一番小さい缶ビールを出すと、ゴックンと缶ごと口に放り込んで、缶だけ吐き出す。

 呑み切っておかわりを欲している。

 始めからでかいのを出しておけば良かったと思いつつ、一番でかいのを差し出したら、これも一気にゴックンゴックンと呑み切ってもう一本。

 酔えよ。満足しろよ。

 ウワバミ婆ぁに憑りつかれ、呑ませること十五本。

「やっと喉の渇きがいえたかね、それじゃあ本格的に呑むよー。ゴニョ」

 とっても付き合いきれないから、漬けていたパイン酒の瓶をそっくり預けて呑ませた。とんだ出費だ。

 この悲劇を知ってか知らずか、警戒心など微塵も見せず、アインはベットで腹を出して大いびきをかいている。

 さっきまでのビビリはどこに行った。

 立ち直りの早い奴だ。


「婆ぁ、いい加減にして、用事ってのを話す気にならないかなー。追い出すよ」

「聞きたいなら頭の上にチョロチョロしているのに聞きなよ。ゴニョ」

「それだけかよ」

 婆ぁはそれだけ言うと、パイン酒ありがとうと瓶を抱え、闇の中へ吸い込まれるように去って行った。

 三十秒ほどして、ガシャーンとガラス瓶の割れる音がした。

 何が割れたにしても、もはや俺には関わりのないこってござんす。

 聞こえないふりをしてそのまま寝た。


 寝たには寝たが、頭の上にチョロチョロとか言われると気になって仕方ない。

 直ぐに目が覚めて、夜中に鏡を見てやる。

 すると、頭の上に陽炎のような揺らぎが、弱い光を出してフワフワしている。

 他の景色はしっかりしたものだから、気にしなければ何のことはない。

 鏡も滅多に覗かない人間だし、びびって医者に行って入院となってもつまらないばかりだ。 

 誰にも言う必要のない症状と自己診断して、もう一度しっかり寝た。

 すると、今度は朝までぐっすり寝られた。

 特に問題視する状態でもなかろう。

 

 今度は、この症状を婆ぁが知っていた事が気になってきた。

 医者だと言っていたくらいだから、俺の精神状態を勘ぐれる何等かの症状が外から見て分かったのか……不思議だ。

 あれこれ考えながら渋滞に巻き込まれ、ノタノタとロクちゃんを転がしていると、ついつい「緊急車両だぞー」とサイレンを鳴らして走りたくなる。から、鳴らしてやった。

 大型トラックなみのサイズだ。

 通れる道を作るのは容易ではないが、やればできるもの。

 順繰り端に避けてくれるから、ズンズン進める。

 やれやれ、ようやく渋滞の先頭だ。


 辿り着いた先にバスが横転している。

 オレンジ色の服を着た兄ちゃん達が、せっせとバスから怪我人を運び出している。

 御苦労様と一言挨拶して、この場は行き過ぎようとしている目の前に、警官が出て来てロクちゃんを誘導する。

 救急車じゃないから……じゃない、救急車だった。

 ノックもしないでドアを開けたレスキュー隊員が、許可もとらずに、中へ怪我人を運び込んでベットの上に寝かせる。

 白衣を着ていた俺を見るなり「後はよろしくお願いします」と言ったと思ったら、患者を置き去りにして出て行く。

 無責任な奴だなー。俺は医者じゃないし……じゃない医者だった。


「早くしなよ、患者が死んじゃうよ。ゴニョ」

 どこにいたのか、婆ぁがいきなり湧き出て、俺にああせいこうせい指図する。

「血の色苦手なんだよ。臭いもダメなんだよー」

「余計な御託並べてないで、手伝いなさい。後がつかえてんだよゴニョ」

 一人だけかと思っていたら、外には何人も怪我人が連れて来られている。

「救急車来ないの?」

「この村には一台しかないよ。重症患者を乗せて隣り町まで行ってるから、暫く帰ってこんわ。ヘリもさっき出て行ったばかりだから、一時間は帰ってこないよ。ゴニョ」

「他からの応援はないのか」

「ない。ヘリだけじゃ。車は出払ってる。ゴニョ」

 はっきりした婆ぁだ。

 サイレンを鳴らして走ってきた手前、このまま患者を放り出して逃げるのはちと気が引けるが、事故からずっとまともな手術はやっていないし、できない。

「俺、手術できないよ」

「あたしがやるからいい! それより頭の上の奴に頼んでみろ。直ぐに手術ができるようになる。ゴニョ」

「頭の上って」

 鏡を見ると、白衣を着た小さな鼠が「まかせろ」威張っている。

 それをアインがチャイチャイとからかっている。

 猫にも見えている白衣の鼠。いよいよ危ない兆候だ。

「頭の上って、これ?」

「そうだよ、ボケナス。早く御願いして手伝えゴニョ」

 超自然現象に御願いも何も、どうすればいいのか方法も分からない。

「助けろ」

 端的且つ丁寧に御願いしてみた。

「助けてやる」

 簡単に承知してくれた。軽い奴だ。


 満員だった観光バスの横転事故は、運転手を含めて五人が死亡、重傷者のうち四人は救急車とヘリで病院に運ばれたが、あとの六人と軽症の患者までロクちゃんが面倒見る事になった。

 瀕死の重傷患者まで運んでくるのだから、婆ぁだけでは到底間に合わない。

 あたふたしているうち、俺も昔の勘を取り戻したか、何人かの応急処置を熟した。 

 応援が来たのは粗方処置が終わった頃で、重傷患者をヘリに乗せると、軽症の者は警察の車が病院まで乗せて行った。

 ロクちゃんに乘せたままで動かせない患者は、このまま近くの病院まで運ぶしかない。


 せっかく渋滞を抜けて次の目的地に向かっていたのに、朝出た病院に逆戻りだ。

 この病院は婆ぁのホームグランドみたいだし、あまり長居したくない。

「ああ、良いい気分ちだ。御かげで助かったよ。ゴニョ」

 患者を下ろして逃げようとしていると、婆ぁがロクちゃんに乗り込んできて勝手にビールを呑み始めた。

「御かげで助かったとか言う前に、ビールの一ケースも持って来いよ。せめて自分が吞んだ分くらい補充しろ。婆ぁ」 

 正直な気持ちを打ち明けて見た。

「考えておくわ、ゴニョ」

 それっきり音沙汰がない。フザケタ奴だ。


 緊急事態から解放され、夜の国道を走る。

「あれが天狗岩だよ。ゴニョ」

 いつ乗った。

 突然横に現れた婆ぁが、海に飛び出た卑猥な形の岩を指す。

「何であれが天狗岩なんだよ。どうみたってあれだろ」

「天狗の鼻に似ているじゃろ。昔から天狗岩だ。ゴニョ」

 ぜったいに間違っている。

 鼻の形ではない絶対にあれだ。

 ぶっとばしてやろうと思い婆ぁを見直すともういない。 

 いかん! 幻覚だー。

 婆ぁの悍ましさが完全にトラウマになっている。

 今日は近場のドライブインに停めて、早く寝た方がよさそうだ。

 天狗岩が見える海辺のドライブインに、ロクちゃんを停める。

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