157 火縄の種子島・・・じゃねえな
「あーに、医療の神じゃーよ」
寸前まで気絶しているふりをしていたのに、突如むっくり起き上がってたわごとを吐き出す。
「馬鹿野郎。あんたが医療の神なら、こんな傷は自分で何とかできたろう。出鱈目ほざいてんじゃないよ」
「そりゃ、神だって病気もすれば怪我もしますって。全能の不死身じゃないんだから」
これまでの神話を根底から覆す発言だ。
「なに、神様って、そんなに貧弱なのかよ」
「そりゃそうですよ。人間が神の理想像を勝手に作り上げただけで、実際は人とたいして変わらないよ。貧乏神とか、ほれ、あんたにとりついている疫病なんかを見れば一目瞭然じゃろ。皆そんなもんよ」
言われてみれば、そんなこんなで神とはろくでなしとの結論をかなり以前にだしていた。
で、思い出したが、疫病もパックも、ここに来てから現れていないような気がする。
今頃どこでどうしているやら。
神と自称した爺さんが、頭に巻かれた包帯を撫でながら向こうを向く。
池から海に流れる川べりにはいつか、大地とすれすれまで水が増していて、見渡す田は全面が苗で埋め尽くされている。
鮮やかな緑に陽ざしは眩しく、田の水が鏡の様に青空を映している。
鴨のつがいが一生懸命に田の草をすき取っている。
蛙の声が耳奥に浸透してくる。
「治療してもらった礼と言ってはなんだがの、御前さんが退治しようとしている海賊な、わしが代わりにひっくくって刑務所に送ってやるわ」
「そりゃまた、随分と親切な礼のしかただな。助かりまくっちゃうけど、こんな時は何か条件があるんだよな、絶対に」
「ない訳ではないが、ここを診療所にして、医者をやってくれればそれでいいだけだ。簡単な事じゃろ」
確かに、実に簡単な事だ。
患者になりうるであろう連中といったら、いたって丈夫な者ばかりで、たいして苦労しそうにない。
「そんなんでいいのか?」
「ああ、それでいい」
縛り付けられ痛い目に遭って、あそこまでしてやった海賊退治の準備は何だったのか。
この、神とか言っているボケが、本当に狂暴な海賊を退治してくれるなら、それに越した事はない。
一旦こいつに総てを任せてみるのも、悪くない気がしてきた。
「診療所の医師ったって、ここじゃ特にやる事はないんだけど、それでも良いのかな」
「暇な時はな、海岸にある天狗岩に行って、海苔でも採っていれば良い。わしゃな、あれが大好物で」
天狗岩? いつかどこかで聞いた事のある響きだ。
絶対に近くに卑猥な格好の岩があって、あれ岩にしか見えなくて、別のと合わせて夫婦岩なんて言うに違いない。
そこに生えている海苔と言ったら、身体の一部として表現すると毛しか思い浮かばない。
毛海苔とでもしてやろうか、随分とエゲツナイ物が好きな神だ。
どちらかと言えば、この爺は仙人に近いのかもしれない。
「天狗岩って、どの辺にあるの。見た事ないけど」
「今時だと春と夏の境目辺りに、濃い青に見える洞窟があるじゃろ」
「あの中とか言うのか?」
「良い勘してるね、あの中で陽の光がよくあたる所があってな、その真ん中に、天狗岩と玉岩と鮑岩があってな、玉岩と鮑岩に海苔が生えとる。特に鮑岩に付いとる海苔は絶品だでの」
ただの変態爺かもしれない。
海賊を退治できずにおめおめ帰ってきたら、沖を徘徊する鱶の餌にしてやろう。
診療所と看板を出してから一週間。
未だに爺さんはでかけない。
俺の身体は正常な状態に戻り、ここが石城の中だと感じる事が無くなってきた。
またもやこんな状況に慣れて、石城と俺が作り出す世界から抜け出せなくなってしまうのだろうかと懸念しなかったのではないが、爺さんに案内された道を行けば城の居間に出られる事を覚えた。
この事から、俺は石城と絵画列島を自由に行き来できる人間に成れたと知らしめられた。
何の事はない、何時でも自由に好き放題できると気付いたら、特別何がしかに夢中したいとも思わなくなってしまう。
人間、気の持ち様で、欲が出たり無欲になったりと、自由な様でも不便なものだ。
爺さんは診療所の椅子に座って外を眺めていたかと思ったら、いきなり居眠りを始める。
いつもの事で、一時うつらうつらとやった後は、窓から遠くの海を眺めて一日を終える。
「まだ届かないみたいだな」
顎を突き出して、肘をテーブルについた両手に乗せたまま、じっと沖を見て呟く。
「爺、いつになったら海賊退治に出るんだ」
時折やってくる美女軍団と宴会騒ぎをするだけで、一向に進まない作戦に思えて来た。
「なに言っちゃってくれるかな、とっくに作戦は始まってるがね」
ひがな一日海を眺めているだけの、どこが作戦なのだろう。
神と自称する爺の、お手軽な手品に騙されているのではないかと勘ぐっても罰は当たらないだろう。
「若いうちはもっと早かったんじゃがの、どうも歳には勝てんとみえる」
右手を伸ばしてずっと沖を指すと、ようやく小さな帆船の影を見る事ができるようになっていた。
「なんだよ、こっちから行くんじゃなくて、むこうから来ちゃったじゃないか」
「こっちから少しばかりの兵隊と兵器を積んだ船で出て行っても、あいつ等の島へついた途端に砲台の餌食じゃ、それより、しっかり造り込んだ要塞で待ち構えた方が、勝ち目はあるってものだろう、ボゲ」
ボゲは余計な気がしないでもないが、言っている事には一理ありそうだ。
とりあえず、事の成行を見守るとしよう。
海賊船は一昼夜かけて、ようやく丘上に据えた砲台の射程距離まで入ってきた。
風を一杯にはらんだ帆に【御盛んなー!】の文字が見える。
何をもってして御盛んなー! としているのか、きっとあれこれそれの事だろうが、御前等にそんなマル秘事項をとやかく書かれたくない。
「早く、大砲一発で沈めちゃいなよ」
「まだまだ」
爺がこう言うと、海賊がやって来た方角で、ピカッと光ったかと思ったら、大きなキノコ雲が上ってきた。
「何したの?」
危険な予想をするのは簡単だが、確認の為に聞いてみる。
「あいつ等が拠点にしている島に、核ミサイルを打ち込んでやった」
「オマエ、医療の神とか言ってなかったか、それじゃまるで軍神じゃねえかよ」
「まあ、その辺はグレーゾーンちゅう事にしとけ」
帰る島を吹き飛ばしても、きっとあいつ等なら、すぐに別の島を占拠するに違いない。
ひょっとしたら、この島がその第一候補になったのではないかと強く感じるのは俺だけか、先行きが心配だ。
「で、これからどうするの」
「まあ見とれ」
爺さんが古風な火縄銃を持ち出し、沖に停まっている船に照準を合わせる。
「爺、その種子島銃な、精々飛んでも二三百メートルだぞ、どうやったってとどかないから」
「だーかーらー、見とれって言ったよねー」
爺は、いささか気分を害したようだ。
爺がフ―っと大きく息を吐く。
吐き切った所で止めると一秒、ゆっくり引き金を引いた。
ズッド――ン!
大砲にも似た大きな音がしたかと思ったら、爺が其の場から部屋の端まで飛ばされた。
撃たれた弾の行方はと、船の方を見る。
メインマストが傾き、倒れかけている。
「何―――何だその鉄砲」
「だから、見とれと言ったんじゃい」
単発銃の不便さで、一発撃ったら火薬を詰めて、弾を込めては同じなのに、その破壊力たるや対艦砲に匹敵するのだから恐ろしい。
「爺さん、どこでそんな銃を手に入れたの?」
「自分で作ったの。こんなもの売ってる訳ないじゃろ」
言われて初めて気づく自分がオマヌケだ。
二発三発と打ち込んでいくと、帆はなくなり船体にも穴が開きと、船はすっかり使い物にならなくなってしまった。
船を捨てて、持てるだけの武器を持ったか海賊達が小舟に乗り込むと、一目散に島へと漕ぎ出す。
海賊達が上陸した海岸には、小さな小屋が建ててある。
何が入っているのかは聞かなかったが、どうせ漁をするのに使う番屋だと思っていた。
この島に数少ない歴史的建造物に、爺の銃は照準を合わせた。
おおかたの海賊が上陸を終えると、一発の銃弾がこの小屋めがけて飛んでいく。
当たったその瞬間、小屋は大きな爆音とともに粉微塵に吹き飛び、辺りにいた海賊も何人か飛ばされた。
この攻撃に驚いて身構えるが、海賊たちの眼中には、一キロも離れたこの診療所はなく、とんでもない方を指さして騒ぎ始めた。
指し示す方には、いつもここでチャンチキやっている美女軍団と久蔵の姿がある。
「あとはあいつらに任せておけば、すっかり取り押さえてくれるわ」
簡単に言ってくれるが、海賊連中だって百戦錬磨の兵揃いだ。
そうそう簡単に事は運ばないだろうと見ていると、軍団の連中がガスマスクを装着。
久蔵がニコニコしながら、滅多矢鱈にガス弾を海賊めがけて打ち込む。
世界的に禁止されている毒ガス攻撃ではあるまいか。
催涙弾程度ではひるまないと思うが……。
すると、ガスを吸ったのだろう、一人二人、パタリパタリと砂浜に倒れていく。
「何使ってんの? 檻に戻す前に死んじゃうよね、あれ毒ガスだろうよ」
「うんにゃ、催眠ガス。死にやせんから、心配しなさんな」
こうして逮捕された海賊達を一旦、絵画列島の囚人島に送ると数日して、あいつらを現実世界の刑務所に移送したとの連絡が入ってきた。
徹底的に俺と距離をおくつもりらしいが、そうなってくると、俺が現実世界に行く時に七めんどくさい事になる。
いっそ死刑にと提案したら、幽霊になって出てこられると、生死混在となった千葉県型宇宙船では、余計厄介な事になると指摘された。
まあ、現実の世界で戦闘態勢に入って、年がら年中緊張しているのも馬鹿らしい。
今回は恐ろしく厳重な施設へ送られたらしいし、時々、ちょっとだけ行ければ、俺としてもたいして現実世界にこだわっているのでもない。
それはそれ、これはこれで良しとしておこう。