156 落としたのは金〇の鉞か、チ〇コの先っちょか
なんの因果もこの因果もない。
ずっとずっとそのまた昔、純粋無垢なこの俺のチ〇コを、好き放題に使い倒し、子供をもうけておきながら数十年、どこかに雲隠れしていた美津子さんのせいで、神にも似た娘の父親になったばかりに、あんな事やこんな事で右往左往した挙句がこのざまだ。
結局のところ千葉型宇宙船で、広大な宇宙に出たというのに、狭い無人島もどきでサバイバル生活のはて、痛い恥ずかしい思いで〇〇の〇〇が膨れ上がっているとしか言いようのないのが実情だ。
なんだか考えがまとまらない。
揺すられて酒がまわってきたか、血が噴き出し過ぎて血液が不足してきたか、どっちにしても命の危機を感じる。
「おーい、いい加減に降ろしてくれよー、このままじゃ死んじまうよー」
素直に正直な気持ちを、神輿にへばりついている連中に告げる。
「あーら、もうギブー? だらしないわねー」
軍団の中で音頭をとっていたのが、膨らんだ俺のチ〇コをペシペシとたたいて不満げにする。
「ふくれっ面したってどうにもならねえよ、死んじまったらどうすんだよ。早く降ろしてよ」
「死んじゃったら埋めたげるわよ。風葬でもいいけど、グロいのあたし嫌いだーから」
「そういった話じゃないよ。うっ、気持ち悪い」
どうやら、船酔いならぬ神輿酔いらしい。
気分が……うっ!
ひょっとしたらツワリかも……。
およその原因が分かって、それに対する対処法もあらかた出来上がっているにも関わらず、どういった因果か神輿は揺れ続ける。
「うっげーーー」
好ましからざる発声とともに、彼女達と俺の間に一筋の液流が発生した瞬間、神輿の激しい揺れは止まり、高みにあったのがはっとする間もなく地上に突き落とされた。
神として奉ったのではなかったのか、それとも、単に甚振りたくて担ぎ上げただけか、現状を分析するに、この事態は明らかに後者である。
なんとか神輿酔いの恐怖からは逃れたものの、遠巻きにこちらを観察している連中が、バケツリレーで池の水を運んでいるのは、この身を御神水と称した泥水で清めるふりをして洗い流し、再び甚振り神輿の餌食にする算段であろう。
否応なしにくくりつけられて、気持ちが悪いと言っても信じてもらえず、究極の抗議姿勢を示しても更なる攻撃をしかけようとする輩からは、なんとしても逃げ出さなければ命が危険で危ない御祭りドンチャンになってしまう。
しかし、助けてと頼んでもがいても、簡単に解放してもらうわけにはいかないようだ。
そうする事が無駄であるのも知っている。
そこで、何とかして我が身の自由を奪っている縄を切れないものか思案する。
半壊している神輿の上から、すぐ側を流れる小川に目をやる。
するとどうだろう、川の上流からドンブラコドンブラコと、川幅いっぱいの大きな梨が流れてくるではないか。
よく見なくても、はっきりとこの目に入ってくる梨の真上には、丸金印の鉞がこれ見よがしに突き刺さっている。
梨の隣には、ぴったり寄り添って、絶対に開けるなとの札がついた雀の箱と書かれた玉手箱が流れてきている。
はてさて、今日は何の日か、やけに日本昔話的な絵面になっている。
さて、くだらない洒落はこの辺にして、今の俺に必要なのは、梨にしっかり食い込んで、今にも真っ二つにしそうな勢いの鉞だ。
キラリと光る鋭い刃、梨はふざけているとしか思えないほどゆっくり流れてくる。
左右の岸にいっぱいゝで、ゴツゴツゴンゴン揺れて傾いて、とうとう鉞の柄が岸に生えている山桜の幹に引っかかって止まってしまった。
あと少しだけ、ほんの少しこっちに傾いてくれ。
この願いが届いたか、頭上から白い灰が降ってきたかと思ったら、幹から新緑の葉をつけた枝がにょきにょきと伸びてきた。
いくらもしないでパッパッと桜の花が咲き始める。
この小枝に押され、ゆっくりと梨が起き上がると、パカッと割れて中から出てきた裸のガキ。
なにしてくれるかなー!
せっかくの鉞が川の中に消えてしまった。
どうしようもない無念にやる気をそがれていると、川から一人の老人が浮かんできた。
頭からは血を流し、白目をむいているところを見るに、鉞が当たって意識不明の重体であるらしい。
しかーし、医師であっても、今の俺にはどうしてやる事もできない。
「もし、そこの誤診……いや、失礼。そこの御仁、私を助けてはくれまいか、ごらんのとおり、体の自由がきかなくなってしまった」
意識を取り戻した老人が、俺に対して言っているらしいが立場は似たり寄ったりだ、御互いどうにもならん。
「縛られていては助けようがない」
「ところで、貴方が落としたのは金の鉞か? 銀の鉞か?」
妙な質問だ、俺のものでもなければ、どう見ても半分錆びた鉄の鉞だった。
下手に答えて、業務上過失傷害罪に問われたり損害賠償を迫られてもつまらない。
「俺は鉞なんか持っていない。それに縛られてるんだから、落としようもなーい。ボゲ!」
「なるほど、正直でよろしい」
「よろしいじゃねえよ、そっちこそ俺を助けろ。そうしたらその傷、応急処置くらいしてやらないでもないぞ」
どこの誰が聞いても対等の取引を持ち掛けてみる。
「それはあまり利口な提案とは言えんな。わしは気絶した後に体の自由を奪われておる。なのにどうやっておぬしを縄の呪縛から解放できるのかの」
「こうやって会話してるんだから、何とかなるよ。四の五の億劫がってねえで、ちょいと起きて縄を切ってくれよ」
頭を鉞でかち割った程度の軽い怪我だ、けっして無茶な提案とは思えない。
「良かろう、起きてやるとするか……」
老人が疲れた風によっこらしょと起き上がり、鉞を担いでこっちに歩いてくる。
やればできるじゃねえか。
のは良いが、フラフラと不安定で、よろける度に傾いた先の草木をばっさり切り倒しながらだ。
危なっかしくて見ていられない。
そのままの勢いでふらり持ち上げた鉞が、バサッと音をたてて背中の縄を切る。
生きた心地がしなかった一瞬である。
「あーらー、先生が逃げるわよー」
ここまでの動きを、見張りに気付かれなかったのが奇跡と言うものだ。
慌てて爺と鉞を抱えて森の中に逃げ込む。
抱えられた爺は失血死でもしてくれたのか、すっかり体の力が抜けて、俺に任せっきりになっている。
「爺! 起きろ。自力で走れー。追い付かれるぞ」
こう叫んだその時、フッと目の前が明るくなって広い野原に出た。
「早くー、治せー」
意識を戻した爺さんが、薬も器具もないのを知っていて我儘を言い出した。
「治したくても、道具も薬も包帯もないんだぞ、どうやれってんだよ」
いたって真面な回答を出してやる。
「それなら、ほれ、その家の中に揃っている」と、爺さんは笑いながら、すぐ近くにあるあばら家を指し示す。
よほど強く鉞で頭を打ったようだ。とうとういかれちまった。
「俺もだいぶ行っちまってる方だが、あんたの頭は完全に
別世界いに行ったまま帰って来そうにないようだな」
「そりゃまた随分な言われ方じゃのー、まあいいから入ってみなさい。御前さんの診療所よりはよほど良い設備が整っとるぞい」
「なんで俺の診療所の事を知ってるんだよ。爺、プロットも見境もなく登場したんじゃねえみてえだな」
こんな辺鄙な別世界にまで来て、俺に医者をやれと言うのか、宇宙に飛び出した時点で、病気の驚異など殆ど皆無に近い状態だった筈だ。
「無理にとは言わん、御前さんが正直に鉞など持っていないと答えた褒美じゃ、とっておけ。それより、とりあえずでも間違いでも良いから、目の前の患者を治療する気には、まだならんかいのー」
相手が何者であろうとも、たとえ親の仇でも、目の前で苦しんでいれば治療するのが医者の我儘と言うものだ。
我儘放題に生きてきた俺としては、ここでこの爺さんを放り出す行動に対して人道的と世間が許してくれても、自分の気分が悪くなるから嫌だ。
「治すのはいいが、あんた、いったい何者?」
極めて自然且つ常識的質問をしてみる。
するとどういった仕草か、今までかろうじて開けていた目を閉じて、口からは白い泡を吹きだした。
仮病にしては巧妙に出来上がっている。
ひょっとしたら本当に具合が悪くて、このままくたばってしまうかもしれない。
「おい、爺、しっかりしろ、きっと助けてやる……気持ちはあるが保証はできない」
とかなんとか誤魔化しながら、何とか家の中まで運び込んで横にしてみる。
脈はあるし息もしている。
まずは一安心だが、頭の傷は相変わらず血を滴らせている。
グルっと家内を見回すと、すぐ手の届く所に包帯やら消毒液が置いてある。
糸に針まであるから、ちよっとした怪我の処置くらいならば何時でも出来るようだ。
「おい、爺さん、本当にお前さんは何者なんだよ」
この世界が石城の中で、俺が作り出した場所であるならば、俺自信が知っていてしかるべき人物である筈なのに、こんな爺には今の今まで一度も御目にかかった事がない。