151 虹の彼方に
このまますぐに果てるかと思えたが、続ければ幾度となく登り詰め、果て無き饗宴に二人で酔いしれた。
「ハーッ! 〇っ〇っ〇っ〇ー!」
「〇ー、〇っ、〇ー」
何度も何度も行ったり来たりを繰り返していると、いつしか松明の火は絶えて、月もない暗闇になった。
それでも終えずに更なる激しさで〇わり続けていると、夜は白々と明けて来た。
さすがにこの頃になると、機械の体が、らしからぬ疲れた感をもたげてきた。
彼女の〇に〇ったまま、スーッと意識が消えていく。
気付いた時には彼女の姿はもうない。
一枚の、一〇だけ拡大スケッチが残されているだけだ。
聞いた事も無い鳥がさえずる中、森から一旦、枯れ草色の草原に出て大きく息を吸い込むと、随分と朝の空気が冷たく感じ取れる。
もと来た道をのんびり引き返す。
ひょっとしたら、途中でベレー帽女に出くわすかとも考えたが、まったくそんな気配はない。
しかし、あの女は何者だったのだろうか。
またどこかで遇えるだろうか、えらく具合が良かった。
あれはもしかして、この体にした影響で感覚が鋭くなっていたから得られた感覚なのかもしれない。
この仮説を証明するには比較対象するしかないが、他に目ぼしい相手がいない。
確かに、女は他にも赤い腰巻の少女が居たが、危険な石ッコロを玩具にする危なっかしい奴である上に、子供とまではいかないにしても、まだ見掛けが若すぎるようだ。
あの物騒な少女によって生きながらえている水月の御かげで、俺もこの島で随分と落な思いをさせてもらっている。
今では、垣根代わりに埋けた木の枝から芽が出て根が出て、しっかりと生垣になろうとしている光景まで見られる家が建っている。
そろそろ引っ越し頃とは思っているが、あの立派な家を捨てて次へ移動するというのも、何だか心残りだ。
「そろそろ別の所に引っ越そうと思っているんだが、どうしたものかなー」
特に苦労して家を作ったのは水月だ。
正直に転居について今の状況を言ってみる。
最近では何でも正直に話し合える間柄になってきた。
「その事だけど、狭い島だし、帰りたかったらいつでも帰って来られるからね。そろそろ移動しても良い頃だと思っていたんだ。それをチョイと話したらね、あの娘が住みたいってよ。家がないんだそうだ」
指差す先には、樹の天辺で赤い腰巻をちらちらさせた少女が見える。
「いつ話したの、あいつは危ないやつで怖いから近寄らないって言ってたの、御前さんだよね」
「それを言われるとみもふたもない。つい出来心で、その何が何だか手持無沙汰だったもので、ちょっとだけお願いしてみたら、その……」
船から降りて島で暮らすようになってからは、ずっと外仕事ばかりしていた彼の顔はすっかり日焼けで黒く、二三秒の間を空けて〇間を指さすし、白い歯がはっきり浮き出る笑い方で、大凡あの少女との顛末について、皆まで説明されたくない気持ちになってきた。
〇行とはこいつが仕出かした、この刹那の有り様そのものを形容した言葉であるに違いない。
あどけなくもあり妖艶でもあり、はては恐ろしい石つぶて爆弾を操る妖怪変化とも思える少女を、こいつはいつの間にか自分の身方につけて、大変良い気持ちの思いまでしていた。
両者の縁が、見えない赤い糸で結ばれていたなどとは言いたくない。
それより以前に、なんで見えない糸が赤いのか、その説明さえない世界感は、疑いこそすれ信心の対象ではあり得ない。
あいつらの動向が、かくのごとく一般社会では否定的に見られるにも関わらず、この世界では何でも有りで、俺の精神は実に微妙な所でぐらついている。
今、素直に引っ越したなら、この家はあいつと赤腰巻少女の二人が、イングリモングリ厭らしい事の限りを尽くす場所となるに違いない。
そんなこんなの一人だけ良い思いは、羨ましいばかりで祝福する気になれない。
「そのうちに引っ越しの話が出てくると思いまして、両隣の地域には新居を建ててあります。どちらでも御好きな方に住まわれてはどうでしょうか」
なんと準備怠りない事か、数か月の間に、こことは別に二件の家を建てながら、あっちも立てっぱなしの馬鹿野郎でいたとは、並々ならぬ体力を有している。
ある意味、こいつもしっかり妖怪の部類に仕分けしても良いような生態をしているではないか。
背丈はモデルとまではいかないが、それに近い程度に伸び、筋骨隆々、肌は見事に健康的な褐色になっている。
そこそこ勉学もできるし、社会一般の常識やマナーもわきまえているとなれば、どこへ出て行っても女がほおっておかない。
それが、何の因果かこんな世界に閉じこめられていたばかりに、今のいままであんな事のなんだかんだを経験していなかったと言うわりには、やる事が跳びぬけている。
せっかく作ってくれた家を、ぶっきらぼうに要らないと答えたのでは、俺がこいつに何等かの嫉妬心を抱き、劣等感を漲らせていると錯覚されてしまいかねない。
ここはとりあえずでも、いったんは新居に移動して、それからこの先について考えた方が未来将来のためになりそうだ。
「そうだなー、これから春になるってところの方が良いかな。食い物の事は少々不安があるけど、蓄えを持っていけば、そんなに不自由しないだろう」
「なーに、大丈夫ですよ。あっちには絵描きの御嬢さんがいますんで、俺が必要な物は届けますし、御世話は彼女が見てくれますよ」
随分が過ぎる手回しの良さ、ついでと言うには大きなおまけとして絵描きの姉ちゃんとは驚ける。
「これから秋の地域だったら、俺はどうなってたのかな」
ちょいと興味本位で別を選択した時の結果についても聞いてみた。
「あっちは完全に自力ですわ。なんてったって、一度経験している季節回りですからね。先生だって助けは鬱陶しいばかりでしょう」
そんな事はないが、ここで正直な答えを告げると、いつになっても自活できない根性無しと思われて、きっぱりすっきり捨てられてしまうかもしれない。
「そうだねー、あんまり面倒みられ過ぎても、なんだか息苦しい感じがするよね」
心にもない事を言ってしまった。
こうして俺と水月は連絡を取り合いながらも、別の家に住む事となった。
ここに飛ばされてから半年近く、いつも近くでサポートしてくれていた人間がいなくなるのは寂しい気がしないでもない。
ただ、いつまでもあいつを頼り切った生活をしている訳にもいかないとも思っていた。
そこで、今回幸いにも絵描きのお姉ちゃんが一緒に住んでくれるらしいので、あっちもこっちも色々と面倒みてもらって御世話になる気たっぷりで、そろそろ春になるであろう地域に来てみたが、まだ雪が残っていていささか寒さが期待を上回っている。
寒いって言ってるのに、暖炉の前で今日もモデルにされている。
どうしてこの娘は、裸の男を描くのが好きなのか。
あんな事やこんな事が好きならば、何も描かなくともどうにかなれそうなものだが、描いて行く事で自分の感情を高ぶらせているらしく、最後まで描き終える事は滅多にない。
あったにしても、それは事を終えた後の余韻に浸りながらで、うっとりゆったりした筆使いで仕上げている。
そろそろ彼女の気分があっちの方に傾き始めたであろう頃、タイミング悪く水月と赤腰巻が訪ねてきた。
数少ない御近所さんで、これから良い所だから帰ってくれとも言えない。
「何しに来たの。これからなにだったんだけど」
決して上機嫌ではないが、ごく普通に二人の宅内侵入を許可してやる。
「いやね、良い酒ができたもんで、一緒にどうかと思って」
そう言われてみれば、ここにきてから飲んでいる酒は、海賊船だか難破船からの御恵みとして流れ着いてくる樽入りのラム酒しかなかった。
「自分で作ったのか? 酒って、何で作ったんだよ」
「秋に採って貯めた果物だよ。猿酒って言うんだ。放っておくだけだから誰でも作れるんだ」
度数は高くないが甘くてフルーツの香りが心地よく、ついつい飲み過ぎてしまう。
絵描きと赤腰巻は正面にてゴロンゴロンと酔っているし、それを見ている我等もまた視点が合わずにフラフラしている。
原住民と新住民が互いに笑い飛ばし、もう支離滅裂だ。
小便だと言って家から飛び出した水月が、前の雑木林まで行ってこっちを振り向く。
「虹ー!」と大声で叫ぶなり、陽の光りに向かって勢いよく放尿すると、アーチ型になった尿しぶきから本当に虹が浮かび上がった。