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雲枕  作者: 葱と落花生
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15 偽医者 芙欄は副院長

 身内だけの細やかな第二病院リニューアルパーティー会場に、聞きなれない会社から祝電が送られてきた。

 山武砂防建設。またもや遠い親戚か?

 中庭の芝生半分雑草半分緑地に、山武砂防建設の人達が記念植樹をしていると言うので挨拶に出てみる。

 松林の住人達だった。

 気が遠くなるほど昔に借り倒されたユンボが働いている。

 ユンボの動きが止まると、祝いだからと連れて来てやったアインがキャタピラに乘ってあくびをしてた後、あおい君にスリスリしてニャーニャーゴと鳴く。

 どんな時でも平和な眺めだ。


 砂防林を不法占拠していた彼らに、県行政が林の管理を委託していた。

 破れかぶれの政策と批判されても仕方ない。

 県知事も思い切った事をしたものだ。

 そんな事情から運び出せた貴重な樹だと威張っているが、どう繕ってもかっぱらってきた樹に違いない。

 散歩で海まで行った時、アインが引っ掻いていたやつで、爪の痕がしっかりはっきり残っている。

 実に安上がりな祝いの品だ。


 砂防林で何をするのか聞いてみると「松の栽培が主だった仕事でな、松ぼっくりから苗を育てて、砂防林に植樹するんだよ」

 恐ろしく気の長い作業まで請け負っている。

 他には砂が海に流出して海岸線がなくならないように、ハマヒルガオなどの植物を守ったり、ウミガメやコアジサシ等、絶滅危惧種の保護もしている。

 たまに隠れて防災豪を作っていると言うが、どんな施設なのか一度おがんで見たいような見たくないような。

 松林のスーパースローライフが並のスローライフに変わる。

 彼らの生き方には共感できる部分があったので、生活基盤が変化していくのが少し寂しい。

 彼等がそれでいいと言うなら、排他的生活から少しだけ社会と関わって生きていくのもいだろう。

 とやかく言うべき事変ではないが、いざとなった時に逃げ場がなくなってしまうのは実に辛い。


 俺のブルーシートテントの現状を尋ねれば「枠組みに使ってたたビニールハウス用の柱もー、錆びがボロボロこぼれていっぞ。見る影もねえわ」朽果てているらしい。

 海辺の鉄が酸化する速度は、通常の予想を遙かに超えている。

 タダで診療しているのだから、直してくれても罰は当たらないと思うが、総てを自然に任せるのが彼等の生き方なのだそうだ。


 駐車場の一角を使って、工事現場から借りて来た八百キロの敷鉄板をブロックの上に乗せ、下から炭火で焼いて上に肉や野菜を放り込む。

 客が多いので、こんな方法での焼き肉もよかろうと思ってやったが、入院患者がこっちを見てヨダレをたらしている。

 病気なのだから、パーティーに参加できないのは分かっていたはずだ。

 あきらめなさい。

 その代りと言ってはなんだが、今日の病院食は正月でも出て来ないほど豪華な特別メニューだ。

 旨い不味いは別として、一生に一度おがめるかおがめないか、フォアグラとキャビアとトリュフの炊き込み御飯になっている。


 一方、パーティー会場では、鉄板の上に放り投げた肉肉野菜肉野菜を、新品のスコップで混ぜこぜ始める。

 荒っぽいが、これでも見た目に似合わず上手く食えるのは、俺が開発した特性バーベキューソースがあるからで、作り方は絶対誰にも教えてやらない。

 シャコタンにくっついてきた猫のクロが、この時とばかり拾い食いに励んでいる。

 どこから見ても、診療所の周りをうろつく奴にそっくりだ。

 確認の為、尻尾の先をスプレーで白くしてやった。


 軽く飲み食いが終われば、院内の見学会だ。

 陽の射さないロビーは、薄暗くて陰気だった。

 一部を思い切って屋上まで吹き抜けにしてやった。

 入って直ぐは、二階まで天井をあげて広くした。

 既存の病室が少し減った。

 その分は一階に作って、集中治療室と親父の念願だったERも増設したからいいだろう。


 山城の親分から、将来やっちゃんを銚子の病院でER部長にしたいからとの依頼もあって作ったが、あのオタンコナスを部長にするのは時期尚早だ。

 あの病院は、キリちゃんがいた病院から先輩に誘われて行った所で、医大にいた時一緒にバンドをやった同期が後を継いでいる。

 小さな診療所だったのを先代がドンと大きくして、地域一の病院にまでしたのはいいが、中でのドタバタが治まらないで四苦八苦している。

 病院のスタッフ募集を兼ねて、訊ねて行った時に聞かされた。


 こんな事情を説明しながら案内を続けて行けば、当院自慢の病院温泉がある。

 将来的には温浴治療などにも使う予定だ。

 御遊びは抜きにして作った方がいいとの意見もあったが、人間の病気は半分気の持ちようで治す。

 いつになく力説して、日本庭園風の豪華な岩風呂にしてやった。

 これには病院を見慣れた関係者も感激したようで、湯の張られていない浴槽に入って写真を撮っている。

 診療所の女達もアインを呼びつけ、湯船の中をゴロゴロさせて遊ぶ。


 浴室から出て、きれいになった通路を見て回っている時、籠に入った猫をみつけて「アリャー! アイン。来たんかい」

 声をかける連中は、白衣のボタンをかけずにいる。

 バミューダまでは許せるとしても、死神や髑髏が描かれたTシャツがはっきり見えている。

 デスロック禁止を言い忘れていた。

 俺の顔を見て「それではー、リクエストに御応えしてー」と言うなり、院内のBGMが大音響のデスロックに変わった。

 だから、禁止だってば。

 ひきつった顔の御年寄りを他所に、モヒカン金髪兄ちゃんが、辺りの差別的視線をものともせず、手足をバタつかせてノリノリしている。

 まずい景色だ。

 このまま放っておいたら、入院中の患者が別の病院に緊急搬送といった恥ずかしい事態になる。

「少しだけ音を小さくしてね」とお願いして、その場は他人のふりをして去った。


 病院の御披露目が終わると、それからは毎朝院内をプラプラ散歩。

 診療所でもう一度プラリしてから、砂防林へブルーシートテント作りに出かけるのが日課になった。

 急患が来れば手伝いもするが、執刀はしない。

 緊張すると手が震えるから、かえって邪魔になる。

 診療所を開いて一年もしないで立て続けに受けた二件の追突事故後、俺が執刀医として使い物にならないのは公然の秘密だ。

 あおい君が来てからは収入も安定したし、桁違いに莫大で危ない御爺ちゃんの遺産を手にして借金も完済できた。

 ユルリとダラケタ生活を満喫中だ。


 唯一の心配事は、呼び集めた医師達が院長をチクチク虐めている事くらいだ。

 院長も長く大人を続けているのだ、それらしい対応をしてもらいたい。

 毎日苦虫を噛み潰したような顔で病院に現れては、胃薬をガバスカ飲んで看護師に怒鳴り散らす。

 病気になっちゃうから早く引退すればいいのに、いつまで粘る気なんだ。 

 俺の紹介で入った医者達の悪戯レベルは、まだ小学生並のカテゴリーツーだからいいけど、エスカレートすると危ない人達だ。

 実践訓練を一番真面目に受けていた奴が、チームの音頭をとっている。

 病院内で事件が起きたら、先頭切って犯人を狙撃するタイプだ。


 あっ? 犯罪危惧検案がもう一つあった。

 忘れていた。

 チームから異例の直訴があった。

 院長にではなく、俺に。

「患者の父親で嫌な奴がいるんだけど、脳死にしちゃって良いかな」

 それは殺人だ。

 書面にするな。

 血判を押すな。

 連判状にするんじゃない。

 その行為は昔から犯罪の筈だ。

 心の中で叫んでその場はやり過ごしたが、まだ話しは燻ったままになっている。

 理事長まで話を持ち上げては却下されるだろうから、俺止まりで実行したいと言われても、責任ある立場が嫌だから今の地位を選んだのだ、トップを無視するなよ。

 何が彼等にそこまで決心させる原動力になったのか、事情だけでも聴いてあげなければ、この異様な盛り上がりは静まらない。


 患者は、あおい君と同じ多臓器機能障害で入院している。

 決定的治療法はなく、対処療法だけでの延命にも限界がある。

 臓器不全の連鎖を起こすのは時間の問題だ。

 患者の母親はこの病院で看護師をしていて、患者受け入れと同時に当院へ転職して来た。

 この看護師の旦那、つまり患者の父親が臓器移植の適合者なのだが、提供を拒否している。

 それだけなら未だしも、こいつがとんでもないゴロツキで、飲む打つ買うの不良親父。

 ノミ屋で打った博の借金がごっそり。

 娘の入院費まで使い込むカス野郎ときた。

 なるほどねー、殺してやりたくなってきた。


 俺があおい君に施した手術は、医療関係者の間では知れ渡っているが、自分自信は何をどうやったのかまったく覚えていない。

 それどころか、手術の執刀医であったのさえ、あやふやな記憶だった。

 それでも、この病院なら治せるのではと患者は期待する。

 宗教法人じゃないんだから、奇跡の安売りはしていない。

 丁重な御断りをすべきなのに、すでに芙欄の承諾は得ていると……まーたあいつかよ。

 事務員にそこまでの権限は与えていないと怒ったら「芙欄さん、副院長ですよ」

「誰が決めたの」

「理事長が抜擢したんですよ。聞いてませんか」

 悔しい思いをさせられたのに、許し過ぎだ。

 医師免許は偽造だ。

 経歴は詐称だ。

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