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雲枕  作者: 葱と落花生
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147 赤い腰巻

 この性格を理解しないまま闇雲に密林へ入り込むならば命が幾つあっても足りない。

 いつか霊は絵画列島でサバイバル生活をした事があると話してくれたが、奴が言っているのは家や機械も船から太陽光発電まで整った、いわば快適な南国の別荘ライフだ。

 真のサバイバルとは、今まさに俺が置かれた立場を言う。

 水も食料もなく地図はおろかナイフ一本さえ持たずに、無人島らしき島に放り出されたのだ。

 いかに暇している身の上とは言え、ここまで余暇の面倒をみてくれなどと願った覚えはない。

 これからアクエネとの決戦だか話し合いだかに向かうのに、何年何十年かかるか分からないとされているとなると、尋常でない時間余りの現象に見舞われるのは分かっている。

 この異常事態の打開策として、サバイバル体験ツアーを組むのなら勝手にやってくれればいいのに、俺に試験的体験をさせて成果を見極めようとしているに違いない。

 大切な人と持ち上げるだけ持ち上げておいて、いつも適当に甚振って遊ぶのが俺の周りに他屯している連中の性格だ。

 実験動物並みに俺を扱うのが彼等の卑しき趣味と心得てはいても、その心根はきっと良い人なのだろうと信じて今日まで来たが、中には悪魔の化身も混じっている事からして、そんな不埒な者に洗脳されて行動する場合も無いとは言い切れない。

 それにしても、何の装備も持たせずにこの仕打ちは許し難い。

 霊が遭難生活を過ごした島には、異性以外のありとあらゆるものがそろっていたと聞く。

 俺が考えるに、あいつが行った島は、この世界の入り口でエロ狼がレイを客にかけていた島だろう。

 すっかり観光地化が進み、綺麗な自然を背にした海岸にはピンク色の巨大ホテルが建っていた。

 なんと悪趣味の色使い、自然の迷惑顧みない連中は、客が求める観光気分を理解していない。

 まさに妖怪変化が好みそうな建物であった。

 あの島を管理する者達には、自然美の何たるかを知った者が一人もいないと見た。

 自然は誠に美しく、そして壮絶なほどに残酷である。

 ただ眺めているだけでは実体を解し難いものだが、自然そのものを体し得るために、自らおもって遭難するというのは滑稽な話になってくる。

 あいつらは、俺がここで大自然の驚異と威力を味わい、音をあげて助けをこうのを心待ちにしているに違いない。

 たとえ正当な事情のもとに、この島に放り込んだにしても、その趣向はいかにも劣等であるから、あえてこんな世界にいる理由がないと俺は主張する。

 俺は医師だ。

 医師であるからこそ、悪趣味の挙句に無人島に放置された人間の精神状態が、幾日程度で崩壊するか知っている。

 それより以前に、男として、この恥辱的扱いは、同じ人間に対して行なって良い行為ではないと皆に訴えねばならない立場にある。

 医師でないにしても、博愛の精神を微塵でも持ち合わせた人間ならば、これらの主張を理解してくれよう。

 義理人情の世界にある山城親分あたりなら、自然は正であり義であると唱えるだろう。

 正と義をもって一家を率いる山城の親分は、人の上に立つ者の手本ともいえる。

 義理人情から縁遠い俺よりは、やっちゃんの方がこの手の道を歩むに適している。

 なんであいつじゃにくて俺なんだ!

 怒りが沸々してきたが、ここで焦っては折角の宇宙旅行がつまらなくなってくる。

 とするより以前に宇宙へ飛び出しているのに、いまだもって広大なる空間に浮遊している実感がない。

 いたって現実的に浜をうろつく蟹は食えるのか、毒をもっていたりはしないだろうかと、至極平凡かつ平和的悩みにふけっている。

 ここにいる以上、自らは社会の一員としての責任をなんら果たしていない。

 それでいいのか、そうして欲しいのか、目的は定かでないが、結果として完全なる世捨て人となって、幸せが少しで不安が殆ど。

 さて、これからどうやって無人島らしき南海の孤島……だと思える島で生き延びて行くか。

 純然たる医師ではあるが、いかに医学知識を持って頑張ってみても、ここでは一文の稼ぎにもならないし、金があってもナイフを作る材料程度の使い道しかない。

 まず何が最優先事項であるか、困惑する頭の中で整理する必要がある。

 古代人類は如何にして文明を築いたか、火があったからとか二足歩行を可能にして手を道具として使うようになったからとか所説はっきり記憶していないが、何といっても火がないと夜の暗闇は不安が一杯だ。

 まず第一に炎の確保を必須事項と決めて行動する事にした。ところが、火をおこすには労力が必要だと気づき、力の源、食料の確保が先決に思えてきた。

 そうこう思案していると、食い物よりも大切なものが人類はおろか生命体にはあったと悟った。

 水だよ、水。

 目の前の川に飲み水を求めて一歩踏み入るものの、堆積した川底の泥が川面にブワーっと広がって飲んではいけないと訴えかけてくる。

 ここまで強烈に俺の口に入るのを拒絶されては、いかに生きる為の行動とはいえ、そのまま飲み込むのを諦めなければならないのは致し方ない。

 ならば、いま少し平地から奥へと進み傾斜のある山裾まで行って、泥の体積していない川水を求めるとしよう。

 遭難して、こんな島に漂着した場合、決して海岸から奥で生活してはいけないとの鉄則がある。

 いつ船が通るかも分からない海域で、救済の確率を極端に下げてしまうからである。

 しかし、どうせあいつらに放り込まれた孤島では、救助などまったく期待できない。

 それはそうだが、森の奥ではいかなる害獣にでくわさないとも限らない。

 ここは水を確保したら、速やかに海岸へ戻ってきた方が無難な得策、安全有利というものだ。

 水を確保するとしてはみたが、器がない。

 常識的世界ならば、最果ての離れ小島にも、ペットボトルの一本や二本流れ着いているものだが、ここは地球でも現実世界でもない、妖怪のような生態をした妙な生物の体内ときたもんだ。

 何もねえよ! 


 十メートルほど傾斜地を上ると、急にジャングルが開けた草原に出た。

 さらに先へ目をやれば、たいして広くない草原の先は、切り立った崖の岩山で、小さな滝がこれまた小規模の滝壺をつくっている。

 俺が来る前に誰かが住んでいたのか、それとも原住民がいるのか、草原の真ん中を突っ切るように一本の道があり、滝壺を囲うようにしてから崖に沿って左右へと二股になって分かれている。

 崖を左手に見て進み角を折れると、上から小石がポチポチ振ってきた。

 慌てて上を見上げると、赤い腰巻をした小娘が急な岩肌をよじ登っている。

 一昔二昔の出で立ちではあるが、原住民とするには近代的な姿だ。

 一歩上に足を上げると着物の裾がグイッと持ち上がって、白い足の太ももあたりまではだける。

 そうしてから次の一歩を大きく開くから、ももの奥まではっきり見えてしまう。

 着物と腰巻からしてとの期待どうり、素肌には何もつけていない。

 見えてはいけないものまで、眩しい陽の光と一緒にこの目の中に飛び込んできた。

「うっほっ!」

 思わずこぼれ出た歓喜の声に、はっとしてぱっと手を放してしまった小娘が、俺をめがけて振り落ちてくる。

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