140 アンドロイドは体力∞
「おい、これって、御前等の懺悔本みたいになってないか?」読み終えて、合体生物に問いただしてみる。
「小説ですからー。私達とは無関係ですからー」
言葉と裏腹に、顔が自分の事だと言っている。
「こんな事ばらしちゃって良いのかよ」
「別にー、本気にする人なんか、いないでしょう」
確かに、こんな馬鹿げた話を真に受ける奴は、そうそういるものではない。
「それより、先生は、そろそろ仕度した方がよろしくてよ」
合体女が、何の仕度かも分からない準備をしろと急かしてくれる。
どこへ行ってどうすればいいのか、指示もなければ説明もない。したがって、仕度のしようがないまま、夕方までダラダラと過ごしていると、山城の親分が「そろそろですかね、やっちゃんに挨拶でもしときますかい」と、俺を誘いに来た。
何がそろそろなのか、娘の事も手伝って、総てを知ってしまうのが空恐ろしい事だと感じているので、詳しく聞けないまま、地下都市の病院に顔を出す。
「山城さんと自分は暫くもう一層下の地下施設に行ったきりになるから、後の事を頼む」
渡された原稿を棒読みして終えると、厳戒態勢の最下層施設に案内された。
ここでは、実に嬉しい事が待っていた。
朱莉ちゃんが俺と山城さんの為に、生体エネルギーを詰め込んだカプセルで動く、本人そっくりアンドロイドを作ってくれていた。
「ヤブはすぐにでも病気が悪化しそうだし、山城の爺ちゃんはほっといたら死んじゃいそうだから、創っておいたよ」
簡単に言ってくれるが、やっている事は神への反逆に限りなく近い。
世界を不幸のどん底か幸福の絶頂、どちらへでも動かせる娘と違って、現実的で生々しい分、朱莉ちゃんの方が身近な神に思えて来た。
「ところで、そろそろって言っていたのは、この事だったのかな?」
ここでやっと、正直素直な気持ちで、疑問の解決をする気になってきた。
「なんだ、知らされていなかったんですかい?」山城親分が、意外といった表情になる。
「何を」
こっちが意外な展開で驚いているのに、先にビックリされたら、落ち着いて聞き返すしかない。
「ヤブは逃げ癖があるから、最期に知らせてねって、娘さんに言われているの」
朱莉ちゃんが、絶対に物騒な事であろう真実の告知を匂わせる。
これっきり、そろそろだからもうすぐだからと騙され続け、何一つ詳しく聞かせてもらえず一月ばかり、やっちゃんと行き会わないように、地下都市に行ったり診療所で過ごしたりしていた。
すると「今日からここは立ち入り禁止になりましたので、潔く港屋に帰ってください」と15号が迎えに来た。
港屋に行くのはいいが、帰れとは言い方に問題がある。
言語チップがいかれちまったのではなかろうか、気になったので朱莉ちゃんに問い合わせると「んー、今日からヤブの家は港屋さんだから、それでいいの」と返してきた。
みすぼらしい見かけではあるが、自作の愛着たっぷり診療所から出ていけとの御達しであるらしいが、どうして借金のかたに入っているのでもない自分の家から追い出されなければならないのか、強制退去の理由が知りたい。
それよりもっといかんのは、立ち入り禁止とした区域が広すぎる。
地下都市を中心に半径二十キロとされていて、いつも散歩している海岸から、第一病院近くの空港まで入ってしっまっている。
この結果として、俺が関わっている病院は第一から第三まで全て取り上げられた。
兄と姉は詳しい事情を聞かされたのか、金を握らされて納得したのか、港屋で待っているとメールを送ってきたきり梨の礫だ。
どうしていつも俺だけに本当の事を言ってくれないのか、嫌な事から逃げられないようにする気なら、隔離か拘束でもしてもらった方がずっといい。
それに、俺達が去った後に誰が入居するのか聞いたら「誰も住みません」との回答だった。
先住民を追い出しておいて使いもしないのは、家に対してとっても失礼だ。
どっかの国だってそんな事はしない。
持ち主の当然の権利として、立退料か引き続きの居住を主張すべく、途中まで向かった道路で百八十度方向を変え診療所に向かった。
ら……すぐに検問で引っかかった。
「あー、ヤブ先生ですかー。何か忘れ物?」
やっちゃんの逃走を手伝って、彼の警護についていた元自衛隊員だった男が親しげに話しかけてきた。
ここは適当にはぐらかせば素通りできるに違いない。
「んー、カルテを忘れちゃってさー、大事なものだろー」
よく考えれば本当に忘れてきている。
「それだったら誰かに届けさせますから、ここは素直に港屋へ向かってください」
やけにすんなり嫌な結論を出してくれた。
「嫌だ、戻る」
こう言いアクセル全開で検問を突破する。
十メートルばかり走った。
ドッカーン! グシャガラッ。
何もない道路の真ん中で、俺の車はフロントが潰れて止まった。
「だから言ったんですよー。言いましたよね、戻らないでってー」
「戻らないでとは言わなかった……」
広がったエアバックに押し潰されながらも、一応口答えしてやる。
ぶつかったショックで入ったラジオのスイッチ。
流れ出てくる音は、臨時ニュースを告げるアナウンサーの声だ。
「千葉県が全面隔離されました。理由は公開されていませんが、世界の平和を守る為との不確かな情報もあります。また、県内の報道によりますと、九十九里浜一帯の一部地域が二重隔離され、県内に残った人間も立ち入れない状態が続いている模様です」
今更こんな事をニュースで知っても、とっくに突っ込んでしまった後だ。
なんでもっと早く教えてくれなかった。
また頚椎捻挫にでもなったか、素早く首が痛いし鼻血も少し出ている。
痛い目にあってようやく気付くのが俺の正体で、この状況からして俺達は診療所はおろか、バリヤーのはられた半径二十キロ圏内から締め出された上に、隔離された千葉県に閉じ込められた形になっている。
おまけに、何も聞かされていない俺みたいな人間は別として、残っている奴らは好んでこういった状況の中にいると思われる。
俺はいつでも蚊帳の外にいるべき重要人物らしく、避難命令だか指示だかで希望を募っていたにしても、意見など聞いてはもらえず、ただ誰かの思いのままにあやつられているだけだ。
もっとも、今となっては出不精といわれる引きこもり生活に慣れて、すっかり遠出をしなくなっている。
千葉県が一つあれば、真ん中あたりがごっそり抜けていても、さして生活に不自由を感じないで生きていけるに違いない。
ただ、一つだけ問題がないわけでもない。
すこぶる元気な体をもらったおかげで、あっちもこっちも、なにもかも御盛んな現象にみまわれている。
精巧につくられたアンドロイドの体を扱いなれていないせいか、カプセルに入った俺の精神状態を素直に受け入れて、制御がきかないものに加えて体力が無限大になっているのだ。
脳だけなら一日数分の睡眠でも生きていけるところ、精神だけのエネルギー体となって、機械の体でいると疲れも何もなく、睡眠すら必要と感じない。
そのくせ痛みは一人前に有って、鼻血が出ているあたりは生きていた時と変わりない。
いや、まだ死んではいない。