139 嬉し恥かし読書会
このまま、あれこれいけないチョメチョメに発展しかねない絵面ではあるが、完全に否定する気もない自分が厭らしい。
「えっ? なーにー」
やはり、真面な答えを出す気はなさそうだ。
「誰なんだよ!」
「そうですね。実は私にも良く分らないの」
「そんなハグラカシで納得すると思うなよ」
「本当なのー。先生はもう御歳で、何かと体力的に大変なのではと、みんなの意見が一致しまして、美津子と瞳と文恵と美絵が合体しましたの。まだ名前も決めていませんわ」
こいつらの生態は、分裂ばかりでなかったようだ。
それに、合体の内容を分析するに、要注意人物が一名ばかり混じっている。
美津子さんに、瞳と美絵までなら分からなくもないコラボだが、一応は霊の女房という事になっている文恵まで入って来て良いものやら。
「合体って、そんな事まで出来るのか……やるなとは言わないけど、文恵はまずいんじゃないかな」
「何故いけないのかしら、あいつは絵画列島に入り浸りで、もう赤の他人と同じよ」
合体したとはいえ、個々の意志は残っているらしい。
混乱しないのか……こんな心配よりも、更なる気になる言葉が出て来た。
「絵画列島って何?」
「エロ狼が作り出している異次元世界の事を、皆はそう呼んでいるの」
つい昨日まで居た世界が、絵画列島との呼称であるとの解説は素直に受け入れてやるとしても、これまた気になる言葉が入っている。
「エロ狼って何者」
「あっちに行ってすぐに、客にレイをかけている女がいたでしょ。あいつ、元は狼だったのよ」
狼イコールあの世界の創造主と教わっている身としては、獣より人間に近い形の生物で良かったと感じなくもないが、女の所に言ったきり帰って来ない夫のイメージが、南国の理想郷と重なって、誰が聞いても霊はとってもいけない亭主になっている。
「世界征服にやってくる宇宙人との会談に備え、身骨を砕いて準備しているとは考えられないかな?」
「あれがそんな風にみえて」
「いや、結構と楽しくやっていた」
ここで下手に逆らっては、彼女の頭の中に同席している連中まで俺に攻撃を仕掛けて来かねない。
適当に誤魔化して、どこか逃げ場所はないかと思案する。
ところが、いくら考えても妙案など浮かばない。
「本でも読まないか、そうすれば少しは気分が紛れるだろう。第一にだ、文恵ばかりの身体ではないとなると、苛立った精神状態は他の者にも迷惑だろう」
共同生活なのか分裂前の状態に戻っただけなのか、俺にはとんと理解できない生態だが、相手が人間であった場合を想定して一つ意見してみる。
「先生が読んでくださいな」
「俺が? 何で御前等の為に老眼を酷使して読み聞かせをやらなきゃならないんだよ」
「良いじゃないですか」
人の意見など聞く耳をもっていないから、こう言いながら本の山を物色している。
「まあ、これが良いわ。ねえ先生ー、これを読んでくださいな」
差し出された本の表紙には、艶めかしく婦女子の裸体が描かれてある。
「『あの手この手でいけない所を、擦ってあげると姉が言い、妹はそっと目を閉じて体をまかせる、ある春の夜に御父さんも御母さんもいない二人きりの家で、感じ合う淫乱姉妹の床上手』って随分と長いタイトルだなー……それより、表題を読んだだけで内容まで完全に分かったろ。読んでやる意味がないよね」
何気なくこいつらと言うか、この人とすべきか分からん合体女が、これから俺に何をやらせたいのか、薄っすら思い浮かんで来たら、とてもではないが読む気になれない。
ただ個人的な興味として、ちょっとだけなら読んでやっても良いかなといった気分にもなっている。
呆れた助兵衛心は、本来有るべき俺の正体ではないが、狭い空間に四人の好きもの女が合体した生物と一緒にいると、それだけでこちらの精神が厭らしい変態に成って行くと思われる。
即ちこれも何かの縁と諦め、俺は女の言いなりになってひとまず本を読んでやる事にした。
この結果については、はなから予想出来ていたとみえて、
合体女は俺の膝上から目前の椅子に座りなおして、読み聞かせが始まるのを静かに待っている。
タイトルと違って幾分血生臭く始まっている。
『あの手この手でいけない所を、擦ってあげると姉が言い、妹はそっと目を閉じて体をまかせる、ある春の夜に御父さんも御母さんもいない二人きりの家で、感じ合う淫乱姉妹の床上手』
第一章 【血の池に沈みし醜きもの達】
幾筋もの血流が、深く掘られた穴の中に作られて行く。
穴を囲む原生林の樹上に据えられたカメラを通して、一人の男が立ち尽くす姿が、壁に埋め込まれた液晶画面に映し出されている。
暖炉の灯だけに薄暗い部屋で、移り変わる映像の色を白く長いドレスに滲ませ、穴の持ち主であろう姉妹が、嬉しいばかりの表情でシャンパンの栓を飛ばす。
穴の淵で血の滴る日本刀を握った男は、自分が仕出かした所業が理解できぬままである。
こわばって刀を握りしめた右手の指を、少しばかりなら己の意思をもって動かせる左手で、一本二本と開いてゆく。
俄かに振り出した雨と、辺り一帯に響き渡る雷鳴に慄いているのではない。
ただ眼界にある景色が恐ろしいばかりで、ブルブル震える左の手が硬く握った右の人差し指を、ボキッ! と折っても男は痛みを感じない。
全ての指が解ける。
激しさを増した雨に血のりを洗われた刀が手から滑り落ちると、雨水を吸い込んでドロドロの掘り返した土に飲まれていく。
切っ先が天を向いたと同時に、激しい稲光が男の大罪を戒めるかの如く、穴底で泥水に体半分が沈んだ女の顔を一瞬浮かび上がらせる。
絶命しているとしか思われない姿だが、なます切りの挙句放り込まれたであろう体からは、まだ血が流れ出ている。
「ひゃー、俺じゃねえ、俺じゃねえよー」
悲鳴にも似た声が、豪雨にかき消される。
男は、手に持ったスコップで、刀を包み込んだ盛り土を穴の中に落とす。
底に横たわる女の体が泥水に浸かって、すっかり見えなくなると、男はようやく冷静さを取り戻してきた。
「俺じゃねえ、俺じゃねえ、俺じゃねえ」
嵐が通り過ぎ、何度も繰り返す自分への言い聞かせが、深夜の闇に染み入る。
強い雨脚に掘り返した土が流されたせいで、埋め戻した穴は周りの地より低く、枝葉で陽の射さない森林にあっては、いつまでも底なし沼のように膿んだままである。
いずれ、埋められた死体は体内より腐敗し、溜まったガスによって膿んだ泥を押し退け、地表に悍ましい姿を晒すに違いない。
一度でも、雨の日に砂地でない穴を埋め戻した経験のある者なら、容易に予想できた事だが、この時の男には、そこまで考えを及ばすだけの余裕はなかった。
激しく降った雨が、犯罪の証拠全てを綺麗に洗い流してくれると、自分なりの自信を持って、スコップと刀を駐車場に向かう途中のダム湖に捨てた。
嵐の夜に繰り広げられた殺人及び死体遺棄の一部始終は、ダム湖の畔に住まう姉妹が設置した暗視カメラによって録画されていた。
しかし、この事件を、姉妹が警察に通報する事はなかった。
――― ――― いやらしすぎる場面がいっぱいあるのでまとめてカット ――― ―――