138 淫乱妖怪・三婆ぁの「ゴニョゴニョ」
パックの話から、アクエネは久蔵が土偶の原料とした金属その物を探しているのが分かった。
地球にこの金属がある事にはまだ気付いていないが、いずれは発見されてしまうだろうと予想している。
アクエネの星は、太古に恒星が超新星爆発を起して消滅していた。
これは発生が同じだから、パックを含めエネさんの星も消滅しているとなる。
宇宙船に乗って次の移住先になる星を探していた彼等は生き延びたが、最期まで残っていた者は星と運命を共にしている。
以来、数十億年もの間、アクエネは膨大なエネルギーコントロールを可能にすると伝承された金属を探して宇宙を彷徨っている。
元々ダークエネルギーを取り入れる為に、ダークマターを使って作ってあるのが土偶であるらしい。
エネさんが地球に来る前、何度も宇宙の創始を繰り返し経験してきた超高速振動を続ける高質量知的生命体が、地球を見守り乍ら、いつか何かの役にたててほしいと地球に少しだけ置いたダークマターが原料となっている。
いずれそのうち、この超高速振動を続ける高質量知的生命体は、宇宙の始まりとされているビックバーンを起し、宇宙を始めからやり直すとされているが、それはこの世が総て消滅するのを何度も繰り返した先の話だ。
ペロン星人が乗っていた宇宙船の原料となった物質も、同じ理由でペロン星に残されていた。
とても地球人が平和的生命体とは思えないが、宇宙全体から見れば大人しい性格の部類なのだあろう、少数の平和的な星にだけ与えられる物質だと言う事になっているようだ。
アクエネのやり方が過激なのに反発して、アウトローとなり地球に辿りついたエネさん達は、地球の成長と共に過ごしているうちに、この星と共生する生物となった。
そのうちに、人類の魂と意志疎通できるようになり、この魂達が神を創り出した時に、亜種として誕生した妖怪や魂の亜種である幽霊とも仲良く暮らす世界を築き上げて来ていた。
いずれはアクエネが地球の金属に気付くと思い、久蔵に金属の総てを集めさせ、反応が拡散しない様に土偶の形にして保管していた。
ロボットに土偶を入れて保管していたが、漁に出た時嵐にあって海に放り出され、海岸に流れ着いた所を村人に埋められてしまったから、久蔵がペロン星人に頼んで掘り返してもらっていた。
この時に、一体を村の守り土偶として埋めたままにしておいたのだが、当の久蔵はその事をすっかり忘れてしまい、ペロン星人は土偶の事情を知らないから、誰もその事を伝承して来なかった。
したがって、最後に見つかった一体の土偶は完全に忘れ去られた一体となっていた。
反応を隠す為に固めておいた土偶を、朱莉ちゃんが粉々にしたから、宇宙に向ってここに希少金属が有るぞとの情報が拡散している筈だ。
しかし、土偶粉とペロンの宇宙船から作られた生体エネルギー専用カプセルは、地下施設で厳重に管理されているから問題無いと安心している。
土偶を粉々にした張本人はというと、ここ数日利根川河口に出来た噴火口周辺の調査に掛かりっきりでいるようだ。
朱莉ちゃんも、パックに似たり寄ったりのエネさんに憑りつかれているとの話がチラホラ出ているから、その真相も解明したいところだ。
いつ憑りつかれていてどんな時が本当の朱莉ちゃんかと振り返るに、二重の人格が入れ代わり立ち代わりといった場面に何度か遭遇している。
ただ、一気に知識を詰め込むと知恵熱が出て寝込みそうだから、今日はこの辺にしておこうと思う。
こんな事態になっては宿でのんびりしている気分になれない、かと言って別世界の島へ行ったのでは、変態軍団に取り囲まれるか娘や御姐さん、ひよっとしたら美津子さんの相手までしなければならなくて、これまた忙しい話になってしまう。
最重要人物の父親であるとの立場を無理やり納得させられた形になっている血縁関係で、別世界の茶室に籠っている娘に、帰り際手土産に持たされたガラケーで連絡してみる。
「御前らがやろうとしている事は何となく分かったけど、あくまでも何となくだからな。完全に理解して賛同している訳じゃないから、俺をあまり本気の世界に引き込まないようにしてくれよ」
どんな事があっても中立の立場を貫いて、危機的状況から免れてきた人生の基本姿勢を、これしきの事で捻じ曲げる気は毛頭ない。
しかし、既に加担しているとは言え、世界を敵に回すが如き悍ましき事業の片棒を担ぐ気もない。
そして、地球に溢れかえっている貧困や差別の不条理を見過ごして、自分だけ安全圏でのほほん暮らして行けるだけの図太い神経を、これより我が精神の基本構造に装備できる自信もない。
こう考えると、富の差と個別に有する能力の違いに優劣をつけ、見えない巨大ピラミッドによって成り立っている悲しき現代社会に生きる生物として、このパラドクスから抜け出す唯一の方法は、全てを捨てて社会の一員である事を拒絶するしかあるまい。
ともすれば、今の生活に満足して他人をないがしろにし、時には自分に関わりの無い事件の被害者を、可哀そうと哀れむふりをして、自分の幸せを再確認したりするのが人間だ。
本当に哀れであったり、悲しむ者と同じに痛みを感じる能力をもってして、その悲哀に浸かったれば、到底この世を生き抜く気力を奪われかねない残虐が、大手を振ってまかり通っている。
ひょっとしたら、こんな世界に見切りをつけて、どこか遠くを旅してみたいばかりの者達が、企んで千葉を宇宙船にしての和平交渉としているのかもしれない。
「できるだけ御父さんには危害が及ばないようにするけど、どうしても保護しきれなかった時は勘弁してね」
例によって幼い笑顔を浮かべながらであろう事が、容易に想像できる口調で娘が答える電話口。
これ以上、今から何を言っても変更できそうにない。
人類始まって以来の一大プロジェクトを目前に、微力な俺にできる事と言ったら、考えの及ぶ行為は幾ばくも無い。
宿の地下に作ったシェルターが、殆ど使い道のない広間になったのを気取られないようにする為、廃品捨て場から拾い集めた書籍を並べて作った図書室で、宇宙について軽く勉強するくらいのものだ。
これから完全に地球から孤立して、宇宙の塵にも匹敵する程の小粒な状態となるであろう千葉について、若干の知識を得る必要もある。
数十年前に発刊されたであろう、千葉の地理とか言うタイトルの小学生用図鑑を手に取る。
机に本とビールのジョッキを置き、パラリ一枚めくったところで「御勉強ですか」聞き覚えのある声が言う。
この言葉を聞いた途端、椅子に座ったまま我が身は凍り付いた。
声の主が何等かの能力をもってして、金縛りの術を繰り出したか、それとも、これまでの緊張が積もりに積もって、己の精神がこうさせているのか。
どちらの場合であっても、声をかけた人物にとっては誠に都合のよろしい状態であると、考えの浅い俺にも瞬時で理解できた。
「今更勉強したって、何も頭の中には残らない。千葉の未来を案じているのだ、余計な拘束は解いてくれないかな」
かろうじて意志を伝える手段だけは残されている。
「拘束とは、いったい何を根拠にそのような事をおっしやいますの?」
声の主は遠慮なく俺の膝の上に馬乗りになると、耳元で「ゴニョニョ!」と付け加える。
見た目には若く見えているが、ひょっとしたら孫娘の三人ではなく、三婆ぁのいずれかが変装しているのかもしれない。
淫乱な妖怪オーラを漲らせているあたり、ひよっとしたら美津子さんが化けていてもおかしくないのが現状だ。
「あんた……誰?」
はだけた浴衣の襟から白くて細いうなじが伸びて、そこからもっと下にしがみついている張りのある胸の膨らみ。
尻の下の敷かれた俺のヤンチャ坊主を膨らませるに足る眺めになっている。
「確かに今更だわね。小学生の読む絵本なんか引っ張り出して、どうなさろうってのかしら」
この本でプッとなった現象を解消する気はないが、人がどんな本を見ようが読もうが勝手だ。
とやかく言われる筋合いなどない。
この的外れな問答に対して怒りを表明するより以前に、こいつが誰なのかを突き止めるのが差し当たって俺に課された使命というものだ。
「もう一度聞くけど、あんた誰なのよ」
素直に答えてくそうな状況にないのは重々承知の上で質問してみる。