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雲枕  作者: 葱と落花生
135/158

135 お話しちゃったりして……いいのか?

「ハイブリットまでは納得してやるとしても、どうして俺やこの子を祀り上げたがるのかが分からない」

 この先を聞くには何かを犠牲にしなければならないだろうから、信じていない事でも納得したふりをして聞いてみる。

「神と人間とエネさんとアウン一族で、地球の生命体系総てをカバーできますの。御嬢様を介して世界中のあらゆるエネルギーが、瞬時交信できるようになりましたの」

 今日まで何度も信じたくない現実に直面し、その都度、真剣に考えるのが馬鹿らしくなる事実がこの世には有るのだと思い知らされてきた。

 万歩譲って瞬時交信を可能にした個体が俺の娘だったにしても、ネット社会になった現代ではたいして重宝されるとは思えない。

「ネット使えば世界中に一瞬で情報流せるだろう」

「それは流すのではなくて、無責任な垂れ流しと言いますの。知るべき者に知らせ、知ってはならない者には気取られもしない事が要求されますの」

 いつぞやは災害の事前情報を入手し、良からぬ企みを実行した連中がいた。

 その計画を阻止しようとして、友人の獣医が殺されている。

 こんな過去の経験を振り返ってみると、彼女が言っている事もまんざら出鱈目な話しでもなく聞ける。

「まあ、言いたい事は分からないでもないんだけどね、知らせたいんだけど知られたくない情報っての何?」

「先生が聞いたら逃げちゃうから言えなかったのですけど、もう宜しいでしょう」

 御姐さんが、御嬢様と呼んでいる俺の娘らしい人物に質問のような言葉がけをする。

 すると御嬢様が「……」何も言わず軽く頷くと、にっこり俺の顔を見る。

 どうやら俺が気ままな家出旅に出たくなるような極秘事項を、語ってしまっても良いとの御許しが出たらしい。

 それなら実の娘と主張して譲らない本人が、諸事情を説明してくれても良さそうなものだ。

 初めて会った時から今の今まで、一言も彼女の口から発せられる音を耳にしていない。

 発声の機能に何某かの障害でもあるのか、ならばペロン星人の治療器にぶち込んで、二三時間揺すってやれば簡単に治せる。

「この娘、話せないのかな? 俺の実子だって言うなら、父ちゃんとか、パパとか、おとっつぁんとか、ちゃんとか、出会った時に感動的な一言が有っても良いんじゃなかったのかな」

 いくら数十年ほったらかしにしていたからと、不可抗力だったのだ、知らなかったのだ、信じられなかったのだー、よ。

 会話したくないほど嫌ってくれなくても良いと思う。「御嬢様は、言語を発する事を自ら禁じておりますの」

「そりゃまた、どうして」

 全ての生命体と瞬時に交信できる生物となると、語る必要がないのだろうが、こんな時にも話してはいけないと自分で決めているのが不可思議だ。

 もっと凄いのは、個人的な決め事に反せず自然に生活していられる精神力だ。

 俺はここ数年、ダイエットの為に飲み食いを控えるんだと毎年元旦になれば神様に誓って、数時間後にはベロベロになっている。

 性格だとして解釈するとそれまでの事だが、八百万の神はもとより、ありとあらゆる神と自称他称する輩が信用できない。

 できれば全知全能品行方正で、万物に対して平等に接している神の存在を確認したいものだ。

 もしそんな奴が居たなら、ひょっとしてダイエットに成功するかもしれない。

 ところが俺がちょっとだけ信じられるに至った神は、憑りついてくれている疫病神と、身近で悪魔と神が表裏一体であると証明するのに労を惜しまない貧乏神と死神だけだ。

「どの言語で話そうとも、言葉として発しますと意思の伝達を仕分けできなくなってしまうのです」

 薄っすらぼんやり言葉にした時点で、全ての生物に発言が知れ渡ってしまうと受け取れる指摘らしい。

「それってつまり、知られたくない連中にも会話ダダ漏れって、超不便な能力って理解すべきなのかな」

「はい、そのとうりで御座います」

 自ら個人情報をネットに流出させて喜ぶ者も少なくない昨今、世界規模の異変が起こった御かげとすべき効果として、インターネットが崩壊し情報漏洩はなくなった。

 こんな危機的状況下でも、一声発するだけで通訳いらずの緊急告知ができる能力は貴重だ。

 しかし、本人にしてみれば実に厄介なのだとされると、確かにそのとうりでもある。

 この能力のせいで今まで隠れるように暮して来たのなら、不憫に思えなくもない。

 俺が与えたのではないし、正体は有っても実態のない疫病神やエネルギー生命体の仕業でもない。

 まして、アウン一族と出会ってしまったばかり、いたしてしまったばかりに誕生した奇跡の娘には何の責務もない。

 なのに、何がこの娘を突き動かしているのだろう。

 瞬時で通信できる生物全ての考えを統合した後に、その時その場に最適の方法で対応できるのか?

 もし、そこまで逸脱した者であるならば、この娘は神以外の何物でもないと結論するしかない。

 ではないとすると、数十年もの間、間違いだらけの地球に在りながら、沸騰する怒りを一言も発する事なく生きて来られた理由が出てこない。

 思い込みほど自分にも他人にも危険な思想はない。

 全てを零にリセットし何度考えても、この場の脳内混乱を真面な理由で治める手立てが浮かんでこない。

 この際だから思い切って、この子と俺の関係について一から出直して考察してみよう。

「どうしても俺の子だって言い張り続ける気なら、言葉じゃなくても、その意思表示ってのができるんじゃないのかな。見かけと違って随分行っちゃってるおばさんだから、その辺の所はとっても冷徹と言うか落ち着き過ぎちゃってるのかもしれないけど、その、何だ、どうしても実感ってのがさ、伴ってこないのさ。数十年間も生き別れだった父娘が涙の再会だよ。この眺め、違うでしょう」

 表現の自由を無制限に認められている国でも、文章にして残したら即座に逮捕され、データーもろとも書いた人間も焼却処分されるであろう痴態が目前で展開されている。

 昼間から飲んでもいないのに異常な高揚一団は、夜になって酒が入り、その勢力を急速に増している。

 どうあってもこの様な恥ずべき惨劇の現場から逃避して、静かな環境で考えたい。

 その為なら九割がた嘘でも信じて、この娘を自分の子として認知しても良い気分になってきた。

「……」

 俺の娘とされていて子供に見えるおばさんらしき生物が、にっこり無言で画用紙にクレヨンで描いた絵を見せる。

 そこには恐ろしく昔に美津子さんと三人で行った、動物園が描かれてある。

 真ん中に、やっと歩き始めたばかりの娘が、今と同じ笑顔で立っている。

 振り返ってみると、産まれた時からこの娘が泣いたのを一度も聞いた覚えがない。

 それでも美津子さんは平気にしていたので、たいして重大な問題でもなかろうと思い特別気にしなかった。

 誕生した瞬間から、ある程度の知識と判断力を持っていたと過程すれば、今頃になって納得のいく数年だ。

 三人並んだ絵には美津子さんの横におっかあ、俺の横におっとう、自分の下にとっても可愛いひーちゃんと署名してある。

 ひょっとしたらテレビや映画の一場面ではこの絵を見た父親が、ひしと娘を抱き寄せて号泣する筋書きになるのだろうが、なんとなくそんな気分になれない。

 しかし、ここは邪見に否定して、死ぬより辛い世界へ送り込まれないようにした方が良いだろう。

 唯一絶対神と恐れられても良い程の超能力を持った娘から、嫌なおっとうだと思われたくない。

「分かった。御前、俺の娘なんだな。うん、分かったから、おっとうじゃなくて、お父さんて書き換えてくれるかな」

「……」

 無言の娘は、御姐さんから渡されたクレヨンを巧に操り、素早く絵画の記名を書き換える。

「お父さん」

 しゃべったよ。

 突然現れた女性にお父さんと言われたのは、これで二度目だ。

 天はどうあっても俺を前後見境のない助兵衛な種蒔き爺にしたいらしい。

 こんな憶測より、しゃべっちやって良いのかよ。

「今、お父さんって言ったよね。言っちゃったよね。良いのかな、しゃべっちゃって良いのかよ」

「……」

 再び無言の業に戻ったらしい。

「今のは誰が感じても意味不明ですので、宜しいと判断したので御座いましょう」

 御姐さんが代わりに答えてくれる。

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