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雲枕  作者: 葱と落花生
134/158

134 娘はスーパーハイブリット……でいいのか?

「先生がすねてるー」

 元釜美女中の一人が気付いて大声で俺を指さした途端、予想していたとうり真っ暗になって何も見えない。

 慌てて懐中電灯を点ける。

 さっきの大声に向って見れば、家の中だけは電気の灯りが煌々として暖かそうな家庭を演出している。

 すねているつもりは全く無くとも、この絵図を見る限りどう繕っても俺の僻み根性だけが浮き彫りになっている。

 何だかとっても悔しい気持ちが心に充満してきて、ついうっかりポロリと涙が出てきた。

 いかん、歳をとると涙腺がだらしなく緩んで、意味ない事にも涙を流したりしてしまう。

 ここは素直に泣いている場面ではない。

 幸い火の元は、町内会全家屋放火しても余る程たんまり抱えて来ている。

 ここは一発大逆転を狙い、手に触れるものを片っ端から焚き火に放り込んで、どでかいキャンプファイヤーを作ってやろう。

 南国の夜には炎の宴が良く似合う筈だ。


 威勢よく火の手をあげてやると、火の神と楽しく過ごしたいと言う感性は俺ばかりに留まらず、集まった者に共通するものであったらしい。

 こちらから呼ばずとも、寒がりながら一人二人外に出て来る。

 雪の中では湿気って燃えない薪を、熱帯側に放って火に焼べる。

 全島焼き尽くさんばかりの巨大焚火に集まったのは人ばかりではない。

 話すリスに話す鳥。

 連中が勢い余って片っ端から火を点けて回ったせいで、焼け出された風に見えなくもない。

 羽毛が焼け焦げしてみすぼらしくなった極楽鳥を、思い切って焼き鳥にしてやろうかとも思ったが、

「鳥を食べるなんて野蛮人ー!」と言われて気力が萎えた。

 ただ、野豚は生意気にも俺のバーベキューを「不味い」と言ってくれたので、お姉さんに御願いして丸焼きにしてもらった。


 どんな時でも無差別に淫乱な軍団も、キャンプファイアーの炎には何某か感じる所があるのか、妙に穏やかな時間が過ぎている。

「ねえー、先生はー、娘さんにー、今日ー、初めて会ったんでしょー」

 どうしてもこの娘を俺の子供にしたいらしい連中が、僅かばかりの時間をもって吾記憶を書き換えようと、星も月も無い真っ暗夜空で余計な言葉を飛ばしてくれる。

「随分と昔に俺の子共だって美津子さんに言われたけど、実感ないよね」

「そりゃそうよねー、あたし達もー、聞いた時は耳を疑ったもの。本人なら尚更よねー」

 同情したふりをして、俺の心を開かせる作戦に出たか?

 それとも、これから途轍もない与太話を引っ張り出して、有無を言わせず我が子と納得させる気か。

 どちらにしても、狂気が正気と同義語の連中にかかればDNA鑑定の結果に関係なく、この娘は間違いなく俺の子にされて終わりだ。

「先生の娘さんはー、スーパーハイブリットなんでしょう?」

「そうよー、凄いのよー」

「どう、凄いの?」

「だってー、神様と人間とエネさんとー、アウン一族がー、一体になってるのよー」

 大人しく低俗な宴会芸を披露し乍ら、語ってくれている話の内容が今一つ理解できないでいるのは俺だけか。

「この娘が俺の子だと仮定して、疫病神に憑りつかれているので神は分かるよ、そんでもって、人間てのは俺だわな。ついでにエネさんてのが助平のパックだとして、その後のアウン一族ってのが分かんないんだけど、何者よ」

 この場で会話に関する情報で知らない部分を持っているのは俺だけの様子に、聞いてはいけないような雰囲気になっている。

 こっそり教えてくれそうな御姐さんに、それとなく耳打ちしてみた。

「私達の事ですわ。日本では病院の初代院長であらせられます婆ぁ様が、最初のアウン人とされていますの」

「初代院長?」

「ええ、先生が以前、御隠れになった病院の初代です」

 御隠れになったのが死んじまったとの意味でないとなると、暗殺指令が出された時に保護された病院の事だろう。

「初代が分かってるんだー」

 ひよっとしたら人類より歴史の長い連中であるだろうに、太古の記録が何処かに残されていたのだろう。

「はい、世界で最初の方は、港屋で頭に丼を被っていらっしゃいます」

 ひよっとして、あの酋長が目視できる地球内知的生命体の第一番目に誕生した生物であるとの発言ではなかろうか。

 何千年か何万年か、もしかして数億の桁なのか、化石になっているアンモナイトと御友達だったと語られても信じられる長生きだ。

「初代婆さんて、まだ生きてるの?」

 極めて自然な疑問を投げかけてみる。

「あー、あの婆さんなー、狼に食われちまったって皆が言ってたよ」

 おっ立てた〇〇ちょから生命の危機さえ臭わせていたデカオが奇跡でしかない復活を遂げ、いつの間にか娘の横に座っている。

 皆とは誰と誰の事か、こいつは小学生と一緒で、数十人しかない知人の二三人から同じ事を言われたら、人類の総意と勘違いするタイプだ。

 うっかり真に受けて信じたら、とんでもない事件に巻き込まれかねない。

 ここはしっかり情報源を突き止める必要がある。

「皆って、誰と誰が言ってたんだ」

「兄貴と、霊ちゃん」

「馬鹿野郎、二人だけじゃねえかよ」

「俺、友達少ないんだよ。全部合わせても二人なんだ」

 悲しい現実を突き付けて同情を買いたいなら御門違いだ。

 人一人が絶滅した筈の狼に食われたと言う極めて不可解な事件の情報源が、自分の世界しか見ようとしない霊と、御前に対して何の責任も持ち合わせていない兄貴の発言しかないのに、それを真実だと他人に吹聴するのは止めろ。

「初代は健在でございますわよ」

 側で話を聞いていた御姐さんが、親切にも真実らしい助言をしてくれる。

「あー! 会った時はカペカペのカサカサでー、殆どミイラみたいだったでー。兄貴がよ、ゾンビじゃねえのかって言ってたくらいだで。狼に食われなくてよ、とっくに死んじまってるべ」

 一々こいつの話に付き合っていたら、明日の朝までかかっても有益な情報は得られそうにない。

 御姐さんや、不本意ながら元オカマの美女達から事情聴取すべきと悟った。

「お前、本当に初代に会ったのかよ。適当に飲んで食って騒いで、それが終わったら夜の内に初夜ってのに突入してくれないかな」

「んー、そう言われるとなー、人形だったような気もするんだよな。とりあえず、夜だからやる事は決まってるべ。ほれ、今からむっくりだべよ」

 意識がなかったので責められないが、今からどころではない、来た時からずっとむっくりさせっぱなしだ。

「一族は不死身ですから、食べられても再生しますの」

 時として神や妖怪でさえ死する事があると伝承されているのに、自信を持って自分達が不死身と言うあたり、痺れを切らしてドンチャン始めた連中の毒気に当てられ、御姐さんのお頭もあっちの世界に言っちまったらしい。

「不死身も何も、初代はガビガビのミイラ状態だったって、こいつの言う事を信じている訳じゃないけどね」

 少しでも現実に近い考えに戻ってもらおうとする俺の努力は、ここでこんな連中とチヤカポコやっていたのでは一生報われないような感じだが、一応言ってみる。

「はい、死にはしませんが、老いと病には勝てませんの。人族の百二十年がアウン族の一年に相当すのですが、ある程度までの成長は個体によって違いますの」

 なる程そう来たか。

 確かに屁理屈は通っている。

 地上の現実的世界でも朱莉ちゃんとあおい君が、狼が不死鳥を食ったと喚いていた。

 満更、虚偽や噂話で解決できるものでもなさそうだし、ありとあらゆる不条理に出くわしてきて、天下を取れる指輪や魔法使い専門学校があっても驚かない精神鍛錬はできている。

 そんな俺でも、この娘が俺の御子様で、神様と人間とエネさんとアウン一族にまたがったスーパーハイブリットだとか、俺の保護存在理由が娘の父親だからと言った内容には付いて行けない。

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