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雲枕  作者: 葱と落花生
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13 赤字病院を黒字にする方法

 法律は事故後の残存労働能力が十分にあると言うが、専門性の高い医療現場にあって、他者に追随できる可能性は零に限りなく近い。

 長い年月かけて養ってきた経験と知識を、生かせるだけの精神力と体力が極端に低下している。

 気力体力を伴わない医療現場での就労を望んでいた俺にとって、手元の現金は良い子にしていた神からの贈り物と思えなくもない。

 神だ仏だは都合の良い時しにか信じていないが、この現金を見る度、信じてやってもいいと思いたい気持ちが滲み出てくる予感がチョットだけする。


 現金の出所を辿って行けば、徹底的な逃げ腰だった親父から始まっている。

 詳細も聞かずに俺に送れと言ったばかりに、本来親父に渡るべき物がこうして目の前に置かれている。

 後々事情を知った親族との、醜き骨肉の争いに発展するのは火を見るより明らかだ。

 兄姉さえ良ければ、俺は逃げ場のある病院の副理事長あたりに修まり、一生満足していられる。

 病院でも建ててやか。


 医療過疎地域でのER建設なんて詐欺に引っ掛かる男だ、現金を見せつけて、この辺りに病院をと持ち掛ければ、理事長になる気満々の親父が目に浮かぶ。

 詐欺に遭って家屋敷を手放さなければならなくなって、一家に残されたのは代々受け継がれた病院だけだった。

 経営悪化が常習化している実家の病院にも、強烈なテコ入れが必要だ。


 親父、兄、姉の健常者病院生活にも終止符が打てる。 

 尋常でないほど薹が立っている姉の手料理を食べたいとは思わないが、失敗してもいいから一度くらいは結婚してもらいたい。

 失敗ばかりだから、兄にはもう結婚してほしくない。


 時々でいいから診療所にテントを張って、家族でバーベキューしながら星空を眺めたい。

 色々な物が込み上げて来た……酷い二日酔いだ。


 感謝はしないだろうが、結果として明るい未来計画をもたらしてくれたのは芙欄だ。

 親父を騙した詐欺グループの一人だが、あの頃はガキの使い走りだった。

 皆も許す気になれるだろう。


 という訳で、この計画を伝えると、早速親父が診療所に現れた。

 入院してたろ、出歩いていいのか。

 いいよな、仮病なんだから。


 親父にしてみれば、今の病院すら維持するのが困難な状況で、新たに病院を建設するなどとは思えないのだろう。

 この地域の医療崩壊は既に知っていたから、今にも患者を見捨てて夜逃げしそうな病院を数件探してきた。

 詐欺にあってからも夢を捨てきれず、あれこれ調べていたらしく、膨大な資料を芙蘭に運ばせている。

 手頃な病院にⅯ&Aをかける気でいる。

 それなら設立準備に労力を費やす必要がない。

 どうせ有る事無い事問診票に書き、入院して下調べする気だろうが、どこも人手不足だ。

 親父のような健康体が入院できるほど、ベットに空きはない。

 暫く診療所から通うようだ。


 箱は何とかなったとしても、医師の絶対数が足りない。

 この地域はどの病院も、都会と同じ賃金で労働量は二倍以上が御決りだ。

 その他にも、人の世とは思えない残酷な条件が揃っている。

 好んで勤務している医師は殆どいない。

 大学や自治体に拝み倒され、仕方なしに病院の非常勤として席を置いている。

 やる気のなさでは、ここに勝る地域はない。


 労働条件さえ良ければ、多少の苦労は我慢できるのが人間だ。

 ひと様は「御仕事ですから」と言う。

 仕事なら、辛いのは当たり前と諦められる。

 兎にも角にも、医者と看護師探しが最優先事項だ。

 過去の病院勤めが、今頃になって役立つとは思いもしなかった。

 何の拘束もない、派閥を超えた医師が必要だ。

 他の病院で煙たがれているアウトローでも、こっちは一向気にしない。

 穏やかな日常に耐えられなかったり、緊張感が常にないと生きていけない性格ならば、ER向きだ。

 大歓迎する。

 広く全国全世界に求人してみれば、きっといるだろう。


 金に物言わせた結果として集まって来るのだから、どれだけ続くかは別として、医者は集まる。

 志ある者を探すのは困難だろうが、誰彼かまわず新人扱いから始めれば、大方ふるいにかけられる。

 百人に一人残ればいい方だ。

 防衛医大の頃を思い出す。

 当時の同期に手伝ってもらおう、彼らに指導されたら、並の強者では一週間も持つまい。

 品行方正とは天地逆転しても言えない医師ばかりで、白衣の下は未だにロックンロールしている。

 聴診器に似せたイヤホンからは、デスロックが他の人にも聞こえる大音量で漏れ出している。

 よく難聴にならないものだと感心する。

 俺はこれで騒音性難聴になった。


 M&Aした病院でデスファッション&デスロックは禁止にしよう。

 死神背負ったTシャツで、医者が病院内をうろついたのでは、院長に対する嫌がらせにしか見えない。

 院長をそのままにしておいても、彼等を側近にすれば怪しげな動きは封じ込められる。

 幸運が重なれば、俺達は良い人のまま、院長に退陣していただける。

 手加減出来ればいいが、それができないようなら、俺が良い人になって手綱を緩めてやればいい。

 どの病院でも彼等の評価は高くない。

 書類上は不出来なボンクラ医師だ。

 彼等に足元をすくわれるなどありえないと思えば、過敏に警戒はしない。


 この辺り一帯は、深く掘りすぎた井戸から塩水が湧き出す。

 こいつをボイラーの蒸気で沸かせば、天然温泉の出来上がりだ。

 表向き禁止されているが、深井戸を掘るとメタンガスが出てくる。

 これも地域の特徴で、こいつを使えば燃料費が節約できる。

 温泉付きの病院ならば、バケーション気分で非常勤に誘える。


 等々と、やる事は山ほどありそうだが。

 M&Aを行うならば、何としてでも親父の病院を黒字にしなければならない。

 これが一番の難関だ。

 とっくに銀行から見放された病院の、どこをどういじったら黒字にできるか。

 単純に考えると、患者が増えればいいとなる。

 しかし、それがすぐにできるなら苦労はない。

 危険なウィルスをばら撒くのも一つの手だが、隔離病棟のない山武病院に有益な作戦ではない。

 人混みを爆弾でふっ飛ばしても、死人が出れば芙欄が冤罪で逮捕されるだけ。

 患者は増えない。


 閑古鳥が鳴くほどではないにしても、食っていくのがやっとの自転車操業だ。

 俺の手元に多額の現金はあるが、ほぼ犯罪で手に入れた後ろめたい金。

 おまけにドルの高額紙幣ばかりでは、使ったらすぐに足がつく。

 手っ取り早く病院の利益ですよと、ドル札を銀行に持って行く気になっている親父は拘束しておいて。

 早く資金洗浄しなければ、赤字がどうのどころではない。


 松林の人達に言えば、砂防林友の会に在籍している病人がいくらでも集まる。

 堂々と入院生活を満喫出来るとなれば、断る理由はないと仮定して、一つ問題が残る。

 この患者達には支払能力がない。

 いくら来てもらっても焼石にガソリンでは、下手したら火の車が全焼してしまう。

 診療所のように公費でやりくりしても、絶対に必要な医療保険証を持っていない。

 住民票さえ怪しい人達では仕方ない。

 住所を病院にしても、治療費をドルで支払うのは不自然この上ない。

 となれば、保険証不要の自由診療にするしかない。

 自由診療ならば、病院が好き勝手に治療費を設定して請求できる。

 二倍請求が相場だが、十倍でも違法ではない……と思う。

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