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雲枕  作者: 葱と落花生
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129 不死鳥の燻製

 地下道を行き着くと、いつもと様子が違う。

 宇宙船が無いトンネルの先は海底で、バリアーが有る御かげで海水は入って来ないものの、こちらの灯りに烏賊が集まってバリアー壁にへばりついている。

「行き止まりである。ここからいったいどこへ行くと言うのだ」

 アインの疑問は、そのまま貧乏神の疑問でもあった。

「おお、猫の言うとおりでえ。海の真ん中から地底探検でもやろうってんじゃねえだろ。いくらおっ外れをホッくり返したって、その先はねえんだよ」

「まあ、ついておいでなさいよ」

 俺に憑りついた疫病神が、偉そうに語る。

 しかし、何だか頼っても良い風に感じるから不思議だ。

 自信が無いのか有るのか、本当の事を知っているのか知らないのか。

 疫病神が、壁になっている海水に俺の手を突っ込んでチャプチャプとやる。

 まったく人の体だと思って、危なっかしい事を平気でやってくれる。

 バリアーが張られているから手など出せないのが本当なのに、突っ込んで戻してきた手は、濡れていないばかりか木の葉を一枚握っている。

「つまんねえ手品やってんじゃねえよ。そんな事なら人間だってやってるじゃねえか。ほら、壁からハンバーガー出すやつよ。裏に棚かなんかあるんだろ。どれ、俺にもやらせてみろ」

 貧乏神が、海に超特急の勢いで手を突っ込むと、バリアーに阻まれ、バキッと過激な音をたてて突き指をした。 

 突き指だけで済んでいれば良いが、ひょっとしたら骨が砕けているかもしれない。

 もっとも久蔵なら、これくらいは蚊に刺された程でもなかろうと見ていたが、やはり痛いものは痛いと正直だ。

「いってー! どうなってんだよ」

「とりあえず、こいつを食ってみなよ」

 疫病神がいつ仕込んだのか、白衣のポケットから肉の燻製を差し出す。

「なんだよ変な物出しやがって。まともな食い物なんだろうな」

「まともかどうか、私には何とも言えないねー。この世には無い物だから、まともとは言えないかねー」

「何なんだよ、こいつは」

「不死鳥の燻製って聞いたけど、本当の事は分からないのさあー」

 そんな物があるのか。

 いつか朱莉ちゃんが、不死鳥を狼が食ったなどと言っていた。

 ひっとしたら、あれは俺の幻聴ではなかったのかもしれない。

「それならば知っておるぞ。確かに不死鳥は存在する」

 アインが猫のくせに、俺の知らない事まで知っている。

 この悔しい気持ちは何だろう。

「これを食ったら不死身になれるって、あれかよ」

 久蔵も貧乏神も知識と性格が似通っているので、今がどちらなのか分からなくなってきた。

「それは人魚じゃボゲ! 無駄に長生きしおって、今時幼稚園児でも知っとる」

「だったら、何に効くんだよ」

 この展開にアインが海へ五本指手袋の手を突っ込み、引き戻してきたその先には、白い砂がごっそり付いている。

 貧乏神の前で、ホレホレとやって見せる。

「およっ? オメエも手品使いになったってか」

「違うよー、この猫はもうあっち側への手形を持ってるのさー。随分と手回しの良い猫だね。どうして行けるようになったんだい」

 アインの準備などどうでもいい。

 それより、なんで俺が知らない所で疫病神が色々とやっちゃってくれてるのだ。

 一言相談してほしかった。

「話すと長くなるから詳細は端折るが、奴に勧められて、以前一緒に不死鳥の生を食った事が有るからじゃい」

 奴とは誰なんだ。

「成る程ねー」

「成る程ねーじゃねえよ、理屈を説明しろよ」

 俺にも分かり易く解説してほしい。

「いいから、閑念して食っちまいなよ。ほーら」

 疫病神が俺の手を使って、貧乏神の口の中に、無理矢理不死鳥の燻製を押し込む。そのまま壁になっている海に放り込んだら、貧乏神が消えた。

 ちょいとすると、海壁からニョキッと貧乏神の手が出て来て手招きをする。

 アインは既に手形を持った者で容易く入場できるし、事情を分かっている俺と相南も入れるが、他の者は不死鳥の燻製を食ってからでなければ海中に入れないときた。

 他の者達は、この先に何が有るのか興味が沸騰しているからか、燻製の食い方が忙しい。

 餓死寸前の遭難者が食いっぷりだ。

 俺は壁の向こうをまったく知らない。

 早く中を見たくてうずうずしているのに、今は疫病神が体を操っていて、自由に動かせないのがもどかしい。


 後の方になって入ると、頭の中に居る俺はびっくり失神寸前なのに、疫病神が当たり前と言った表情を作ってくれる。

 これでは随分と前から俺が、このからくりを知っていたように周りの人間から思われてしまう。

 目の前では「久蔵の婆から話だけは聞いていたが、ここまでやってくれるとは、驚いたね」貧乏神がしきりに感激している。

 どれだけ冷めた家族関係なんだ。

 いくら憑りついた貧乏神でも、婆とは数百年来の付き合いだろ。

 久蔵まで、今まで一度もこの世界に来た事が無いとは、その事実の方が驚きに値する。

「君達には、家族と言う概念がないのかねー」

 疫病神も不思議がっている。

「久蔵には少しばっかり自覚があるみてえだがな、俺にはあかの他人だー、まったくねえよ。家族なんてのは余計に骨が折れるだけで、鬱陶しいばかりじゃねえか」

 人が抱く家族愛などとは、根っから無縁なのだろう。

 その点では、天涯孤独のアインやクロと同じだが、いかんせん宿主の久蔵まで筋金入りのへそ曲りだ。

 文明科学がいかに進もうとも、久蔵に対して他人の為働けと言う方が間違っている。

 それはそれで納得のいく所だが、何故かこいつは他の貧乏神と違って、義賊の真似事を趣味としていると教えられた。

 口では強がりを吐き回っているが、いつも疫病神や死神の居所を探してはつるんでいるとなると、三柱の中では一番孤独に耐えられない性格と見た。

 死神と疫病神が、これから先どこへ行こうとしているのかは分からないが、強がって寂しい思いをしないよう、無理矢理誘っている風に感じられる。

 ここまでは、俺の理解しうる所だが、さて、ここはどういった施設なのかが今もって不明だ。

 ぐるっと辺りを見回せば、白い砂の海岸にはヤシの木が、でかい実を来客めがけてボッタンボッタン落としている。

 その隣では南国パラダイスが如く、訪れた客に片っ端からレイをかけている。

 スタイルの良い綺麗な御姉ちゃんが、ホっぺにチューまでしてくれる。

 無条件に、歓迎されていると解釈できる絵面だ。

 どこまでも透き通って深海魚が見える海は、一歩間違ったら惨劇の場に変貌するだろう。

 浅瀬を歩いていける程の近くに点在する小島にはロッジが建てられていて、銚子の海底から瞬時で移動してきた所とは思えない。

 見かけだけなら理想郷だ。

 これに相反し、いけない葉っぱを盗んで黒岩と北山に追われた逃走ついでに、文恵が妖怪化け物の類と知って南の島に隠れ住んだ波乱万丈の人生をひた走る霊が、いかにも悪そうな二人組とつるんで接客に大忙ししている。


「何で御前がここに居るんだよ」

 酷く気が動転して、思わず声をかけてしまった。

 本来なら依り代とされている影響で、自分の意思と連動しない身体の筈だ。

 どうやら疫病神は、ここまでが自分の仕事と決め、俺への憑依を解いたらしい。

「おや、先生。随分と遅い御出座しじゃねえのー。忙しいんだから、手伝って行きなよ」

 そんな事を言われても、自分がここに居る理由も知らされていないのに、簡単に危険な奴らの手伝いなんかやれる訳がない。

「いやだ!」正直な気持ちを吐く。

「まあ良いや、先生の事を待ってる連中がいるから、とりあえず顔出してやってよ」

 こう言うと、霊が極悪顔のでかい男に、俺を案内してやってくれと指示する。

「こいつ、警官殺しで指名手配されてるけど、冤罪ってやつだから。本当は殺してないから、安心して付いて行って」

 聞いてもいない危険な事を、スラッと語っておいて大丈夫とされても、でかい男の面構えと風体からして、冤罪との発言を真実として受け取り難いのが分からないか。

 それに、俺を待っている連中と言われても、こんなところに親戚が住んでいる心当たりはない。

 最近、引っ越しましたと連絡もないし、そんな事より前に、俺は殆ど親戚付き合いをしていない。

 俺がどこに住んでいるか、知っているのは兄と姉くらいのもので、何事があてもむこうから俺に連絡のしようがないのが現実だ。

 してみるに、待っているのは血筋にあたる者でないのは確実で、気が遠くなる遠縁の有朋と同居していた連中は、宇宙船で一緒にここまでやってきた。

 ペロン星人は先に来ていたらしく、若干名がロビーでへべれけになって裸踊りに興じていた。

 ……裸踊り。

 そう言えば、この手の遊興では先頭切って風紀を乱す裸踊りの家元だか本家の一団が居ない。

 居候しているべき診療所が妙に静かで、気を許せない空気に満ちていた。

 その原因が、驚愕の変態・元オカマの美女軍団、突如消滅事件の影響だと気づいてしまったがもう遅い。

「先生はー、あのー、超が百個も付く美人の団体さんと、どんな関係なんだー。俺よー、中でもとびっきりの別嬪を、嫁さんにしてやっても良いかなって思ってるんだけども、一つ口きいてやってくんねえかな」

 ひっとしたら見た目は理想的な面体なのに、性格が地球を崩壊に導きかねない程デンジャラスな一団が待っているとされている島に向かう小舟の中で、霊からデカオと呼ばれていた男が顔を赤くして俺に聞いてくる。

 あいつらの素性を知らない人間が、誰にどんな感情を抱こうとそれは個人の自由で、俺がどうこう教えなければならない義理などない。

 しかし、真下にシュモクザメがわんさか泳いでいる海域にまで来てから、こんな願い事を言い出すのは、島流しの刑に処せられている俺に対する脅迫以外の何ものでもない。

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