128 頭蓋骨を失くした酋長
俺だけなら車で一時間だが、キリちゃんと朱莉ちゃんまでとなると乗り切れない。
かと言って、ペロン星人の宇宙船を借りたのでは、あいつ等までオマケに付いてくるから先が思いやられる。
どうしたものかちょいと考えたら、隣りに停まっている有朋組の宇宙船が目に入った。
借金を完済したから返してもらえたのだが、今はシェルターの仕事も無く、これといった使い道がないまま放置されている。
自動車のように車検だの税金だのがないので、放置しておいても宜しいが、ここで使ってやらねば宇宙船が可哀想だ。
こんな考えを巡らせているとアインが、御近所のよしみでちょっくら貸しては貰えぬかと、事務所を覗き込んでいる。
中には、以前久蔵を訪ねてやって来たネイティブアメリカンの酋長さんが、まったり煙草をふかしている。
久蔵が診療所にいるのに、ここでくつろいでいるのだから有朋の客として来たのだろうがどんな用事か、何か悪企みあっての事だろうか。
同じアメリカ育ちの者だ、有朋との親交が有って当然とは言え、こんな時期に遥々日本までやって来ているのは些か不思議に思える。
この疑問は猫にも浮かんだらしい。
「インド人でないインディアンの酋長がこんな所で何をしておるのじゃ。好からぬ相談をぶちこいているのではあるまいな」
「いやー猫、久しぶりだね。相変わらず猫をやっているのか。飽きないかよ、毎日ゝ猫ばかりやっていて」
「余計な御世話だ、好きで猫に生まれたのではないが、猫が嫌いな者でもない。いつまで猫をやっていようが、吾輩の勝手じゃ。それより、頭の羽根飾りは無駄にでかいだけで邪魔臭い。部屋の中で帽子は脱ぐものだと教わらんかったか。それともナンダ、すっかりハゲておるから恥ずかしいのか」
「ハゲではないが、これを脱ぐと脳ミソが剥き出しになってしまうから脱げないんだよ、分かれよ猫。何かの拍子に吹き飛んだ頭蓋の上の方を、何時もは軽く乗っけていたんだけどな。百年ばかり前にどこかへ置き忘れたっきり見つからないんだ。気にするな」
「頭蓋を失くしたって……御前が気にしろよ」
「よく言われるよ」
「何しに来たんじゃ」
「久蔵が一緒に温泉に行こうって誘ってくれたのよ」
「久蔵なら貧乏神に乗っ取られて診療所じゃ、ここは有朋の事務所だぞ」
「有朋君も一緒に行くんだってー」
「聞いておらんぞ」
「ペロン星人はもう彼方で宴会始めているよ」
貧乏神の知らない所で、久蔵が今回の温泉旅行を主催していると結論付けるしかない発言だ。
猫と神ばかりか酋長も宇宙人も、気付けばパックまで一緒に行く気満々でフワついている。
ペロン星人が行っているならば、当然朱莉ちゃんも行っている。
診療所から便乗する人間が一人減ったとは言え、全体の数はずっと増えている。
ひょっとしたら、卑弥呼と遙も行っている。
久蔵にはどうって事無い相手でも、貧乏神にとって苦手な相手がいるかもしれないとなれば、内緒にしておいて連れて行くしか手はなかったようだ。
以前、やっちゃんを港屋に連れていったのと同じ作戦で、貧乏神を連れて行く算段をしたのだろうが、そこまでして貧乏の根源を温泉に連れて行く必要があるのか、訳の分からん連中ばかりだ。
俺としては、有朋の大型船で一斉にわいわいと行くのに異論ない。
宇宙船なら、目一杯ゆっくり飛んでも四・五分で温泉に着く。
何かを忘れてもアインに任せれば、猫用飛行艇に乗って行ったり来たりをやってくれる。
あおい君が用意してくれた温泉セットを持って、御軽い雰囲気を漲らせ船に乗ってやった。
貧乏神以外は今回の企み内容を知っているものの、俺は急に憑依を解かれ、どんな対応をすれば良いのか。
知っているのに知らないふりの、妙な数分間を船で過ごして宿に着いた。
「いよいよ着いたね」貧乏神が言うと「久蔵ならしょっちゅう来ているけど、貧さんは始めてって事になるのかね」と、憑りつき直した疫病神が聞く。
なんだか、自分がややこしい人間になっている。
挙動で入れ替わりが分かるものの、自分が自分でないのは変な感じのものだ。
「言われて見りゃそうかも知れねえ。久蔵は人間じゃねえから、記憶の遣り取りができる分、始めてって気はしねえけどな」
「それって混乱しませんか? 僕なんか二日酔いが酷いと、たまに記憶が混じって、すんごく混乱する時がありますよ」
「相南は人間だからねー、神とは相いれない所があるんじゃないのかい」疫病神が、医者らしく死神の症状を分析する。
宴会場では、とっくに出来上がったペロン星人が、人間の姿になったクロと一緒になって裸踊りではしゃいでいる。
服など着た事のない猫がいきなり人間の姿になって、慣れない恰好をしていたのでは、酔ったら脱ぎたくなるのが分からなくもない。
しかし、ちょろちょろっと隠し盾になっている御盆からはみ出して見えるのは、ペロン星人もクロも人間の何と幾分違った形に成っている。
異星人であるペロンのを今させらどうこうしろとは言わないが、機械で作ったクロのは、それなり人間らしく出来ただろう。
朱莉ちゃんも性質が悪い。
早くの宴会に溶け込んだ酋長は、頭の被り物を取って、脳ミソが人体模型の様にハッキリ見えている。
それに丼を被せて隠してはいるが、少しはみ出ている様子が、ハロウィンの仮装と同じだ。
先に来た者は、既に到着してから随分と時間が経っていると見える酔い方だが、朱莉ちゃんや卑弥呼と遙の姿が見えない。
アインがあおい君に「他の者はいかがした」と尋ねると、これから一緒に行こうと誘われた。
あいつ等に会いたくて来たのではないが、三柱の神も一緒だと言うから、俺の意思とは無関係に付いて行く。
本当は、ここで飲んで、温泉に浸かってのんびりしたいのに、温泉宿に来てまだ先どこへ行こうとしている。
宿のロビーからシェルターのエスカレーターを降り、いつも海底にペロン星人が宇宙船を停めている方に向かう。
今回、ペロン星人の宇宙船は駐車場に降りていた。
ここまで世の中が混乱して来ると、宇宙船の一機や二機地上に降りて来ても、問題にならないから停めているのだろうと思ったが、宿に入ってから宴会場まで、馬鹿騒ぎしているペロン星人以外に人がいなかった。
客ばかりではない、女将や中居に板長も、客さえ居ないでヘコもいなかった。
酋長を筆頭として、宿に着くなり宴会に参加して急性酔っ払いになった奴等は置いてきたが、二十人からの行列が隧道を進む。