127 破廉恥大好き疫病神
「嫌っだー、一回戦が終わったばかりなのにー、インターバルなしで二回戦に突入する勢いよー」
いつから覗いていた。
居候の元オカマ連中が、無くなった股間の何を懐かしがる動きを見せ、横一列に並んでいる。
「きゃー、先生のってー、すんごくないー」
「そうよねー、朝起立の時とは別物ー」
しきりに感心する目線の先には、一本真っ直ぐ伸びたヤドリギが大人気なく、すっかり昔の勘を取り戻している。
「暇人がー、覗いてんじゃねえよー」
ほんの一週間前は、球場から地下都市へ向かう順番の列に、有朋救済の為としてバーベキューを御高く売りつけていた。
あおい君は、雑炊を売っていた。
朝になれば、久蔵の店から運んだモーニングも売った。
朱莉ちゃんが一週間と言ったから、黙って従った忍耐の七日間。
元々の破天荒人生に、磨きと拍車がかかって制御不能になった。
床暖房より良い事なんか、何一つ起こっていない。
元オカマ達は我が物顔で俺の大事にしている体の一部を、朝昼晩三度ばかり悪戯するのを習慣にしている。
この変態に美津子さんまで加わってくると、疫病神でも良いから俺の正体を入れ替わって欲しいと願ってしまう。
と……願えば敵う此の世の理不尽。
正当なる要求は一切認めず跳ね返す神が、あっさり出て来て挨拶する。
初対面ではあるが同じ体にいると、何だか初めてと言った感じがしない。
例によって風呂場では、破廉恥の限りを尽くすのを潔しとする族が、放送できない言葉ばかりで会話し、画像や筆舌に尽くし難い行為によって、我が目を汚してくれる。
頭の中では疫病神と自分が、これまで理解し合えていなかった共同生活について、長びきそうな対談を始める。
「何時頃から俺に憑りついていたんだ」
「そうさなー、正確には覚えていないねー、そうそう、磯の大祭で大火事があったよねー、あの頃だったかなー」
「それじゃあ、パックが来た頃と同じかな」
「いいや、それよりもっと後だねー。こいつに捕まって逃げられなくなっちゃったと言うのが本当の所でね、好きで憑りついたままでいるんじゃないのさー」
「んー、時間の感覚がズレまくってるようだなー。辻褄が合わなくなってるぞ」
「しかたないさー、プロット作って生きてる訳じゃないからねー。長い間には、記憶もあやふやになってくるさー」
確かに、言わんとする事は身に染みて実感している。
さて、もっと詳しく聞き出そうとするならば、風呂に浸かったままでは窮屈だ。
それよりも、そんなに触りたいなら、元から有った自分の何を、蛙の尻尾と同じに吸収しなければ良かったと思える連中と、美津子さんが交代で仕掛けてくる甚振りに、まともな会話が成立しなくなってきている。
なにはともあれ、この地獄絵図から抜け出すのが先決だ。 風呂に蠢く変態共を蹴散らし、遅くなった夕飯を済ませると、自室に籠りジッと朝を待った。
夜中に頭の中で会話していたりすると、何時かの様に婆ぁが突然現れて、愚にも付かない理由で俺を死刑台に送りかねない。
美津子さんの発言を整理すれば、久蔵は彼女の甥であるから、ブランコか釣竿か院長か、いずれ三婆ぁのどれかに繋がった娘となる。
さらには、自己繁殖だとの証言からして、元々は婆ぁのどれかから分裂した同一体だ。
もっと元まで辿ると、分裂を繰り返す前は久蔵も婆ぁも美津子さんも、三つ子までが同じ体から分かれ出た生物という理屈になっている。
悍ましい限りだ。
後先考えないで、欲望のままに振る舞った結果が今だと反省しないでもないが、よりによって、何でどうしてと思う。
久し振りに張りきったヤドリギは、今朝になってようやく元気を逸してくれたらしい。
グテッとだらしなくぶら下ったのを確認して、朝陽を顔へ照らすのにウッドデッキに出ると、あおい君が珍しく一人で本を読んでいる。
そこへ、久蔵と相南が診療所の元オカマを目当てにやって来た。
しかし、残念な事に彼女達は、夜が開けると同時に港屋に向って出立したばかりだ。
何が面白くなったのか、ここ数日で、近所に住んでいる連中が挙って港屋に行くと出て行った。
久蔵の貧乏神と、相南の死神にも事情を聞き出したかったので、この参上は丁度いい具合だ。
もしかしたら、俺の寝ている間に疫病神が手配していた寄合かもしれない。
ここは一先ず疫病神に立場を譲り、俺は意識だけを明瞭にして、会議だか与太話に参加させてもらう。
「よう、俺達も行くのかい、一緒に。何か不安だなー」
「良いじゃないか、このままいたって上の神に消されるのが落ちさ、だったら思い切って出て行くのも策ってものじゃないかい」
「僕は良いんですけどね、A+の二乗ですから。貧乏さんの事を心配して言ってあげてるんですよ。素直に受け入れた方が良いと思いますよ」
「偉そうに言ってくれるじゃねえかよ。上まで一緒に付いて来たら、それこそ逃げ場が無くなっちまうぜ」
「それなら大丈夫だよ、確認してあるから。この体は何かと情報を得るのに役立つね、私達クラス以上の神は数も少ないし、一緒に出たからって役に立たないから残った方が良いって結論だよ。心配する事ないから決心しなよ」
「そうですよー、貧乏さんがいないと寂しいですから」
「だからー、神つけろよ。貧乏じゃねえって言ってるだろ。神つけろって、神つけたって罰あたらねえよ」
「まあ、時間もある事だし、温泉にでも浸かってじっくり考えるんだね」
「温泉かー。良いけどよ、掛かりは誰が持つんだよ」
「当然、貧乏神様ですよね。この場合」
「また俺かよ」
「貧乏じゃないんだろう。この中で一番の金持ちは、貧乏神だからねえ」
「御前等だって知ってるだろ、あの温泉がおっ外れで、そこから先が無いのを想像してみなよ。狭っ苦しいばかりじゃねえか」
「狭いかどうかは、行って見なけりゃ分からないだろ。兎に角行こうよ。今回は、私がおごるからさー」
「またー、随分と気前の良い話しになってるじゃねえか。温泉に連れて行ってやったんだから残れったって、そう簡単に気は変わらねえよ」
「良いから、これから行こうよ」
どうやら、こいつ等も港屋に行くらしい。
これからどうなるか、暫く静観しておこうと決める。
すると、「私も行くわよ」あおい君が、神々の会話を盗み聞きしていたのを悪びれもせず、いきなり温泉ツアー参加表明をする。
「ああ、あんたか。卑弥呼でなれりゃいいよ。あいつは怖くていけねえ。上級神だって気に入らなきゃ簡単に消しちまうんだから」
何か、話しが拗れて来た様な。
よくよく考えれば俺でも知り得た神達を、巫女の大将とも言えるあおい君なら知っていて当然だ。
誰でも知っているだろうが、神とか言う生き物は宴会が大好きだ。
神の名誉の為に個神名は伏せておくが、日本においては太陽神が姉弟喧嘩の挙句に臍を曲げ、洞窟へ引き籠り昼間がなくなってしまった過去がある。
あわや氷河期の再来か、放置していたら殆どの生物が絶滅してしまう危機的状況下にあっても、他の神々は焚き火を囲んでストリップ宴会をやっていたというのだから、危機感が無いとするかおおらかと言うべきか。
かなり端折って分かり易くしたが、大凡こんな事件だったと聞かされてる神々の宴会好きも、ここまでくると病気の域だ。
更には事もあろうか、ちゃんちき騒ぎが気になって、引き籠っていた太陽神までもが洞窟から出て来たと伝えられている。
驚ける話しだ。
宴会は神を喜ばすのに、うってつけの行事と太古より決められている。
何かと理由を付けてはいるが、行きつく所は年がら年中酒が飲みたいだけの祭で、それに付き合っている神もたいしたものだ。
いい加減、神も飽きていようとも思える。
今回も同じように、適当な理由をこじつけて温泉に行きたいだけとしか思えないが、港屋がおっ外れでその先が無いとかかんとかは、チンプンカンプンの話になっている。
あおい君の側で聞いているアインも、妙な話になっているのに気づいているようで、暗くもないのに目をまん丸にして俺を見ている。
他の生物から嫌われている神とはいえ、曲がりなりにも今は神としてここにいる。
いい加減な奴に見えても猫にしてみれば、実は何か深い意味が有って行動している三柱と思っているかもしれないが、俺の勘によれば、いつらは適当に事を運ぶ事しか知らない連中だ。
この際、アインが何をやろうと事態は変わらない。
したがって、これより猫も連れて温泉に行く事にした。