126 ハイブリッドベイビー
「あずけてくれれば良いのよ」
いつかどこかで聞いた事のある台詞が、淡いルージュの口元から出て、聞こえていない筈の右耳をくすぐる。
彼女のぼったくりバーで大人の修行中には、何も考えずに只管奉仕する毎日だった。
何故、人は理性も羞恥もかなぐり捨てて、このように野性的な行為にのめり込む。
のみならず、いかような誘惑にも勝る一連の出来事は、人が人として生きて行く為に不可欠なのか否か。
この答が出ないまま数年が過ぎ、質問をする間も回答を得る間もなく、彼女達は俺の目前より消えた。
清く正しい美少年を、やりたい放題使い倒し、何も言わず去って行く時、少しも罪悪感はなかったのだろうか。
数十年思い悩んできた事件に、ようやく終止符を打てると言うのに、既に忘却していると錯覚していた過去の身体的活動が俄かに蘇って、思いもよらないやんちゃになってきた。
「大きくなったわねー」
赤子の頃に生き別れた我が子に再会でもしたか、懐かしそうにする目から涙が一滴。
頬を伝って湯船に落ちると、勢いよく立ち上がり、俺の短い足に自分の長い脚を絡める。
驚き直ちに座り込む。
今でも相手の都合など御構い無く何所までも進んで、勢いに任せる性格は変わっていないようだ。
「ペロン星人と、御友達なんですか?」
ひたすら繰り広げられている共同作業には、同意していないと言う意思を強く全面に押し出す。
恥じらいの壁を飛び越え零れ出る大声が、防音をしていない風呂場から世間に惜し気なく響き渡る。
これから頂上に向かって登って行くのを、近所に吹聴して回る音をどうにかしなければ、安心して彼女の身動きに同調できない。
案ずる心と裏腹、技巧を超越した触感がこの身に伝わってくる。
「どこでこんな事覚えたの?」
「昔から出来たわよ。貴方は、まだ未熟だったから、一瞬でいっちゃうと可哀想でしょ。だーかーらー、やらなかっただけ」
「やらなかったって、このキュッてやつだよね」
「そうじゃなくてー、ふにゅふにゅっての。分かるでしょ」
言い終えると、触手のようにウゴウゴしていた動きが急に早くなる。
「うっわっ!」
「まだー、だめよー」
これまで有った動きは、とても人間が意識して出来る芸当とは思えない。
ひょっとしたら、こんな所までペロン星人に改造してもらっているかもしれない。
「ペロンに改造してもらったのかなー……うっ!」
「あーっ!」
なにもかも若返り、一瞬で全身に行き渡った歓喜が、暫く脳と体を支配すると、放心はやがて徐々に薄れて行く。
「ペロンさんは、ただの友達よ。あの方達にも、私の体は作れないわ」
一度目は成功と気分を良くした美津子さんが、こっ酷く自信に満ちた返答とも自慢とも取れる発言をして、御湯に肩まで浸かる。
宇宙レベルの最先端技術でも不可能な改造を、数十年より以前に完結していたとなると、最も有力に久蔵の親戚説が浮上してくる。
「久蔵って男を知ってるかな」
「ああ、あれね。私の甥っ子よ。変な奴でしょう。親戚の中でも変わり者に分類されているわね。あの子が何かやらかしちゃったのかしら」
何かをやらかしてくれたのは、数十年前のあんただよ。
これ以上の深入りは、今後の寿命を縮めるに違いない。
危うい所には、首を突っ込まないでやり過ごした方が良いに決まっている。
このまましらばっくれて、半世紀近くに及んだ異性格闘技は、引き分けだったと記憶に植え付ける努力をするとしよう。
「ところで、写真はもう見てくれたかしら。貴方の子供の写真」
体表の感覚が生み出すドーパミンが異常に増え、快楽中枢側坐核へ猛突撃している余韻を、一気に崩壊させる言葉が何気なく出てくる。
「それって、本当の事だったのか」
「大事な話でしょ。冗談なんかで言わないわ」
人生の端から端まで洒落で生きているのが久蔵だ。
その一族として一翼を担っているとなると、一言ゝが虚偽の上塗りに受け取れてしまう。
「いつから俺の子になった」
「生まれた時からに決まってるでしょう。あんた、それでも医者なのー」
「最近は、医師としての自覚がない」
なんとか理由をつけ、この謂われなき言掛りから逃れる手立てとして、正直に今の心境を告げる。
すると、美津子さんは湯舟から手を伸ばし、俺をツンツンする。
「あのね、あの頃に関わったのは貴方だけなの、分かる。他に相手がいないのに、貴方以外の子を授かる方がおかしいでしょ」
「おかしいって言うけどさ、あの写真は何時のよ。ひょっとしたら、最近のとか言う気じゃないのかな」
「そうよ、三年前のよ。それがなによ」
「君達一族の長寿は分かっているから驚かないけど、俺は常識的な寿命に縛られた人間だからね。この俺の子が、どうやったら何十年も小学生のままでいられるんだよ」
「ペロン星人が、ハイブリッドって言ってたわよ」
「無茶苦茶だなー」
「それがね、満更出鱈目でもないのよ。私達って、基本は自己繁殖でしょ。だから、妊娠とかしないのよ」
でしょと言われても、そんな生態を知っている人類が、この世に存在しているとは思えない。
「おまけにね、付いてるのよ。これと同じのが一つ」
語り乍ら物欲しそうに、いじくりまわしている。
おまけに付いている同じのとは、深刻になるであろう会話と理解している頭脳に逆らって、又もやふしだらな行為に走ろうとしている、俺と別人格を持ったヤドリギのような棒の事だろうか。
「写真では、七五三の振袖を着ていたようだが、自分の子供まで着せ替え人形遊びに使っているのか」
「違うわよ、赤ちゃんの頃は出ていなかったの。貴方だって知ってるでしょ。おむつ交換していたんだから」
そのとうりだ、美津子さんが産んだ子供を世話したこともあった。
あれがそのまま成長したら、紛れもなく女性になるべき見掛けで、それ以外の持ち物は備えていなかった。
「途中から生えて来たって、言いたいのかな」
「そう、両性具有なの。可愛いでしょ」
そんな生態はどうでもよろしい、事は俺の子かそうでないのかだけの問題だ。
「そんな事で、俺の子になっちゃうのか」
「違うってば。貴方の頭の上でチョロチョロしているのがね、地下都市の病院に子供を連れて来いって言うから、検査してもらったの。そうしたらね、私と貴方とパックと疫病神が絡んだ、超ハイブリッドだってー。感激でしょ」
ある意味、この、感激でしょとの問い掛けは間違っていない。
俺の感情は過激に揺れ動き、このままでは前後見境なく脳細胞が暴走してしまいそうだ。
しかし、美津子さんには、俺の精神を気にかけてくれる余裕がないらしい。
止めを刺す為とも思える言葉が、後に続いて出てくる。
「貴方が、代表だとか責任者だって持ち上げられているのはね、あの子が、これからの未来を左右する存在だからなんですってー。知らなかったでしょう」
今頃になって、知りたくもなかった事実を突きつけられ、平穏な気持ちで過ごせる自信がなくなって来た。
「じゃあ何か、俺が重要人物の父親だからって、能力も才能も知識も感情も体型も体脂肪率や体重から身長に性格まで無視して、適当にいい加減いい塩梅やってくれてるって事かな」
「気にしない気にしないー、着せ替え人形になってた頃から、人任せの人生は見えていたでしょ」
見えていたなら、こんな人間になったりはしない。
少なからず俺の置かれている立場の訳が、見えて来たのは歓迎されるべき事であろうが、予告もない人世の一大転機をこんな形で知ろうとは、不真面目な生き様がそのまま家族計画にまで繁栄されている。