124 嬉し恥ずかし想い出の彼女
うっかり強く握ると、ポキッと折れてしまうのではないかと思う程の異常現象。
張りつめた朝採り胡瓜と同じに固くなって痛い。
これを両手でそっと押さえてやると、少しだけ鼓動が治まって、痛みが和らいだ。
自分の体に起っている変化が、どういった現象なのかは理解できていないが、プールサイドで繰り広げられている光景から自分の視線は逃げられない。
窓越しの俺を虚ろな目で見る美津子さんが、何かを求めるように両腕を此方に向けて真っ直ぐ伸ばし「こっちにおいでよ」と手招きする。
ついさっきまで、ベットで寝返り打つのも一苦労だったのに、この仕草に招かれ夢心地でガウンを羽織り、フラッと隣のビルに吸い込まれた。
最初のエネさんが離れて行った後に、入退院を繰り返していた俺を監察していたパックが、この時から憑りついたのだと白状している。
今も俺に憑りつきっぱなしの未確認生命体が、助兵衛であるのは間違いない。
店とは別に宅内への玄関があって、その前に立つと直ぐに扉が開けられた。
出迎えてくれたのは、屋上から降りて来た御姐さん。「いらっしゃいませ」
深く御辞儀をする。
直ぐに手を取られ、奥のバスルームへ案内された。
不思議な熱に浮ついた体を任せると掌に作った石鹸の泡で体の隅々まで洗ってくれる。
病院の窓からプールサイドを見ていた時と同じ感覚が蘇り、さっきより強烈な変化が俺を支配した。
「あら、可愛い」
御姐さんはクスッと微笑み、泡を洗い流す。
「あっ!」
思わず漏れ出た声が浴室に響く。
「まだだめよ」御姐さんが耳元で囁くと「御嬢様が御待ちですわよ」言葉を繋げた。
分厚いタオルで濡れた体を拭いて「二階に御行きなさい」階段まで案内してくれた。
「御姐さんは?」
何だか不安になってきて、この先まで一緒に行ってほしいと願う気持ちで尋ねる。
「また、別の時にね。今は、御嬢様の所へ行ってあげて」
こう告げると、階段の手前で立ち往生する俺の肩をそっと押してくれた。
二階に上ると、部屋のカーテンが閉められている。
夏の日差しはそれを超え、細い光の帯が室内を薄明かるくしていた。
広い部屋の真ん中には、天蓋付ベットが置かれてある。
レースに囲われたベットには、美津子さんが薄布をかけて横になり、こちらに向いている。
「ここへいらっしゃい」自分の隣に手を置く。
言われるままベットに乘ると、彼女が自分の掛けている薄布の一方を被せ、柔らかく暖かな腕の中へ包み込んでくれた。
「預けていれば良いのよ」
言葉の意味が分からなかったが、彼女の手が緊張している俺の体を解す動きを始めると、なされるまま動かずにいた。
俺の意識は次第に薄れ、心地いい痺れが全身に行き渡る。
「もう少し我慢してね」
過剰な膨張感が和らぎ、程好く高ぶった感情が全身を浮遊の世界へと誘う。
熱く強烈に、電気のような衝撃が体に湧き上がってきた。
美津子さんが、意味不明の言葉を何度も繰り返す。
膨張していたものが一気に爆発して、あらゆる感覚が一点に集中する。
ビクンビクンと痙攣のように体が暴れ、身も心も一瞬でとろけてしまいそうな感覚に襲われる。
薄れた意識が次第に戻ると、美津子さんが俺にふんわり覆いかぶさって来た。
「少しだけ、このままでいて」
彼女の言葉に従うと、ふいに襲った睡魔のせいで、俺はすんなり寝入ってしまった。
一時間近く寝ていただろうか、起きてぼんやり辺りを見回す。
「起きたのね」
ここに来て直ぐに案内してくれた御姐さんが、枕元でタオルを洗濯籠の中に入れる。
「すっかり寝ていたので御風呂はやめて、そのまま御体を拭かせていただきました。御父様には伝えてありますから、今日はここへ御泊りなさい」
どんな伝え方をしたのか、いささか恐怖を感じなかったではないが、このまま帰ってしまうのは心持寂しい気がしないでもなかった。
「泊ってもいいけど、着替えがないよ」
大人ばかりの家に、子供服が、それも男物など無いと思えた。
「御用意しておきました。御気に召すかどうかは分かりませんが、どうぞ、これを御召しになって下さい」
ベットのサイドテーブルには、何としてでも女性が着るべき衣服が、下着まで揃えて一式置いてある。
「これ? 着なさいって……」
「はい、着付けは私が教えて差し上げます。御化粧は御嬢様が、張りきっていますわ」
こう言うなり、御姉さんがベットの中に潜り込んで来る。
「服を着る前に、御嬢様とは違った事も教えて差し上げますわ」
アッとする間もなく、御姐さんが仰向けになった。
「いらしてくださいませ」
この人と一緒に時の流れを感じる時は、俺が好きに動く事で、より深く分かり合えると本能が感じとる。
どう動けば良いのかは、考えなくとも自然に体が成ってくれた。
「こうですか」
「そうですわ。そのまま、今度はもっと早く」
「はい、こんな感じで良いですか」
「はい、良いわよ」
俺の息遣いと彼女の声が部屋一杯に充満する頃、遠くの空が薄っすら朱くなってきていた。
御姐さんが、ベットの中で俺を抱擁し「お風呂、入りなさい」頭を撫でてから立ち上がると、俺の手を引いて二階のバスルームへと入る。
「御化粧するから、綺麗にしましょうね」
御姉さんが、来た時と同じく俺を磨きあげる。
総てが強張りブルブルっときた。
「あっ! ごめんなさい」
訳が分からないまま、何だかとっても悪い事をしてしまったような気かして、考える前に言葉が出てしまった。
「いいのでよ、望んでこうしていただいたのですから」
少時の間、儀式にも似た密事を終えた御姐さんが、先ほどの服について説明しながら着せてくれる。
何でも、有名なデザイナーが作っているとかで、露出度はかなりのものだ。
こうして俺は、この館の着せ替え人形にされた。
この事件から、大人の仕事について飛び切り詳しく、御姐さん達に教わる日々が数年続いた。
着せ替え人形遊びは留まる所が無く、抑えも効かないまま勢いに任せ、暇さえあれば抽選で俺を連れて御出掛けするのが流行りになった。
この行事について隠す気もなく出歩いていたからか、高校の学園祭で、ロックコンサートに化粧して出演するまでは、車屋のシャコタンや不動産屋のオヤジは、俺に女の双子がいると思い込んでいたらしい。