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雲枕  作者: 葱と落花生
122/158

122 見学会で一稼ぎ

「信じきれないが、その答えを聞かせてみろ」

「なんでもー、パックさんが強い引力を繰り出していてー、離れられなくなっているんですってー」

 人の経験を娯楽にしているエネさんなら、他の人間より、神が戯れで憑りついている者と同じ体験の方が面白いのは、おおよそ経験からして予想がつく。

 だからと言って、人の体を占拠して、あんな事やこんな事、どんな事かも知れない色んな事を、無意識の中でやられたのでは俺の信用に関わってくる。

 さっきから元オカマの美女軍団に混じり、一連の会話を聞いていながら聞こえないふりをして、七面倒くさい遊びにふけっている奴は、姿形こそいつものではないが、挙動からして明らかにパックだ。

 今まで何年か何億年か、限られた生物にしか認識してもらえていなかったのが、ここにきて突然、誰の目にも見える妖精になり、ちやほやされ有頂天でいる。

「おいこら! パック。どういった了見で、疫病神なんていけすかねえ危険因子満載の奴を、俺の一部にして喜んでんだよ。理由を言えよ。場合によっちゃ、他のエネさん募集しちゃうぞ」

 あまり強気に出て、うっかり家出をされたりしたら、せっかくの命がなくなってしまうかもしれないのは重々承知しているものの、人の体をやりたい放題使いたい放題されたのでは、穏便な俺でも気分が悪い。

「憑りついた奴の経験が、俺の疑似体験として記憶されると、それが生体エネルギーになって増えるのは知ってるだろ。お前は元来平凡な人間でな、それだけだとエネルギーが足りなくなっちゃうんだよ。だから、居候を増やしているんだ、アホンダラ。お前が生きていられるのは、疫病神の御かげでもあるんだぞ、感謝しろ」

 この上なく高飛車な語り草だが、生きている理由が疫病神にあるとまで言われると、それ以上の抗議文が浮かんでこない。

「ああ、そうだったんですか、どうも、ありがとうございます」

 まずは、このまま気分を損ねて、御二方同時の外泊といつた事態を回避すべく、一言、礼を言わせてもらって、今後この件に関しては、一切触れないようにしようと心に強く誓った私です……。


 競技会としているが実態は八百長博打の興奮も冷め、避難命令から始まった説明会が終わると、突然始まった見学会の受付はじりじり料金を釣り上げ、今では御一人様三千円になっている。

 流石に、由緒正しき神に仕える詐欺師一族の末柄だ。


 何日もしないで、千葉県内にだけ発令された避難命令の結果として、地下都市を取り囲む様に設置されていたシェルター周辺のコロニーから、これ以上避難生活はしたくないと希望する者が集まって来た。

 あそこは、いざアクエネとの戦闘となった時の最前線になる事を誰も知らないからか、地下都市に入れば、これからずっと安心して暮らして行けると思っているようだ。


 世界規模の災害が発生し、暴動や内戦を経て不安定な国際情勢になる以前、最初のきっかけとも言える災害の発生がこの村だった。

 それからあっという間に総ての状況が悪化して、県民の大半は安全とされている県外地域に避難した。

 今、県内に残っているのは、元々地下都市建設に関わっていた者と、反政府運動をやって捕まり、ペロン星人の収容施設で改心した者が大半を占めている。

 他には、あちこち逃げ回るのが面倒だと言った理由だったり、代々住んでいる地を離れたくない等と、我儘になっている者も多く残っている。

 一番の外れくじを引いたのは、世界中どこへ行っても同じだからと、最近になつて千葉に移住して来た者達で、踏んだり蹴ったりの避難命令だ。 

 

 避難命令の事情を知り慌てて避難しなかった者が、一目地下都市の様子を見てから避難しても遅くはないと集まっている。

 朝から診療所周辺は、観光客で大騒ぎだ。

 久しぶりに人口が激増したのを良い事に、有朋組の連中が屋台を並べて商売を始めた。

「五つ買うってったってよう、銭が足りねえって言ってんだよ。まけて二つなら売れるよ」

「だって、これって駅前のハンバーガー屋で売ってるの、そのままでしょう。三倍値ってあんまりじゃない」

「だったら、駅まで行って買ってくりゃいいだろ。無理に買ってくれなんて頼んでないよ。運び代の上乗せなら、山小屋でだってやってるべ」

「駅から四キロ、ここまでまっ平でしょう」

 順番待ち列の客相手に、相変わらずあこぎな商売だ。

 駅前のハンバーガー屋なら、ヘコが関わっているだろうと眺めていたら、店のスクーターで組の連中に商品を配達している。


 見学会や移住審査の受付と同時に、地下都市で暮らしていた者と、この地域で開拓をしていた者達の中から、別地域への移住希望者も募っている。

 これで、今まで地下の施設に関わっていた者達が、残ると去るに分かれるのだと報告されている。

 去る者は地下都市近辺から離れ、避難命令の出されている千葉県全域の警備監視官として各地に散って行く。

 山間部では、未だに山賊が徘徊している。

 極めて危険な任務に志願して行く者達だ。

 残る者と避難する者は、一斉に指定された地域への移動を始めている。  

 それでなくとも、道路や線路の寸断で移動が困難な中、一大事と慌てて避難する者達によって、何処も彼処も渋滞で身動き取れない状態だ。

 県警の発表では、避難期間は十分にあるから慌てないでねと言った感じだが、慌てるなと言われれば尚更慌てたがるのが人間。


「凄いねー。あそこまで行くと芸術だよ。残りたいような気もするけど、いくら広いって言ったって限られてるものね。息苦しくなっちゃうよね」

 地下都市を見学して、これから県外へ避難する者達は、皆同じ意見を述べる。

 確かに、地下の一階二階あたりをチヨロッと見学しただけでは、あんな感想を持っても仕方ない。

 地下都市への移住希望者も、審査前に見学をすると取りやめて、半数ばかりが避難組へと意見を変えている。

 裏で画策した希望者を減らすという流れ。

 人間の心変わりを、上手く利用している。

 隣の芝は緑に見えるの例えが有るように、それほど長くはない一生を、どこで暮らそうとたいして変わるものではない。

 今の所より良い暮らしができるかもなどと、軽い希望から移住を選択する者には、残ってもらっては困る施設だ。 

 こんな人間の右往左往を見ていると、些か滑稽にも感じられる見学会になっている。


 ここまでやっても、自分の目で確かめなければ気が済まない人は大勢いるもので、人の列がいつになっても絶えない。

 隣近所は再開発の波に飲まれ見る影もなく、突如出現した巨大ドームは、競技の行われない時間帯に臨時の休憩所として開放されている。

 この景色に比べ当診療所は、傾きながら相変わらずの寂れぶりで、まだ陽があるうちから随分と冷えてきている。 

 ペロン星人の乱開発にもめげず、幸いにも家庭温泉は健在。

 ペンキを塗って修理をしてとやり乍ら、徐々に広げた風呂場は、営業しても良い位に御立派な変貌ぶりだ。

 寒いのを押しての人間観察は、体に悪いし詰まらない。

 いつもの様に過ごしていて良いのなら、慌てず騒がず考えず、ノンべンダラダラ風呂に浸かっていた方が良さそうだ。

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