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雲枕  作者: 葱と落花生
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12 メリークリスマス&ハッピーニューマフィア

 危ない新人の教育と師走の忙しさにかまけ、マフィア対策をするでもなく、故意に忘れたふりをして恐怖から逃れていた。

 狂喜に満ちたオーナー御一行様が到着したのは、クリスマスイブの夜。

 患者・松林の住人・刑事さん・近所の人達まで一緒に、クリスチャンでない人ばかりが集まったクリスマスパーティー。

 この席に乱入して来たカジノのオーナーは、にっこりチラッと芙欄の顔を見たが、殴りかかる様子はない。

 トナカイの格好をしたボディーガードと、サンタ衣装のオーナー。

 本当に逃走中か?

 この季節はこの変装が一番目立たないと自信を持って語っているが、日本のとことん田舎まで来てそれは通用しない。

 もっと文化習慣を知った土地に逃げるべきだ。


 逃走ついでにアジアの船旅をしていたからこんな季節になってしまったと、緊張感がないのは近年犯罪者のトレンドか。

「メリークリスマス」

 大きな袋からマシンガンでも出すかと思えば、ここにいる全員への土産が入っていた。

 箱には名前まで書いてあって、最近出来上がった人格の芙欄まで知っている。

「暫く世話になるから、宜しくねっ」

 下宿代は木箱の現金だと言うから、既に支払い済みになっているが、多過ぎる。

 どうやって、診療所どころか患者の名前から顔まで知っている。

 ガードの固い松林の住人は、名前まで知られなかったが、人数は正確に把握されていた。

 なぜ芙欄こと元田増はホッタラカシなのか。

 一億ドル盗られて、能天気でいられる精神構造。

 とても尋常とは思えない。

 危ない薬でもやってるのか。

 こいつ、完全に行っちゃってるよ。 


 追っ手が来ない不自然さにも納得のいく説明がない。

 謎が多すぎる。

 このサンタが何物か、刑事は知らない方がいい。

 気を使ってやろうと思っている矢先、刑事さん達と仲良くしているし名のっている。

 Ufo.Atomn? ボディーガードはEndeavor.Cassisで、もう一人はボディーガードではなくて通訳らしいが、日本語を知らない。

 ボディーランゲージのみで発する言語は、富士山・寿司・ラーメン・カラオケの繰り返し。

 Lucky.Borsalinoと、本名ではなさそうだ。

 かなりいい加減なネーミングだ。

 刑事の御二人さんはというと、国際手配犯の顔に気付かないでいる。

 間違いなくここは日本だ。

 平和だ。

 自首しているのに、冗談だと思って笑っている。

 これで二人の昇進は、永久になくなったな。


 日本の警察に安心したのか、Ufo.Atomnが、診療所の近くに組事務所を開くのに、木箱の金を少し貸してくれと言い出した。

「元々貴方の御金ですから、どうぞ御自由に御使い下さい」と差し出した。

 しかし、日本のヤクザをなめきっている。 

 確かにUfo.Atomnは日本語が上手だが、日本語が堪能だからといっても、特殊政治形態の非合法広域武装組織と渡り合うのは自殺行為だ。

 日系アメリカ人で、生まれも育ちもアメリカ合衆国。

 曽祖父が日本人で、代々日本の文化を重んじた生活をしてきたと言っている。

 祖父が軍人で父は医師。

 恵まれた家庭の五男坊は有り余る小遣いで豪遊し、学校をサボりすぎてまともな米語が話せない。

 通訳はこいつのいい加減な米語を、誤解のないよう正しい言語にして相手に伝える為だった。


 よくも、生き馬の目を抜く裏社会で成功したものだ。

 見境なく商売敵を潰したか。

 強力なバックアップがあったのか。

 一つだけ確かな事実として、こいつは底なしのロクデナシだ。

 金に無頓着なのもうなずける。

 芙欄に引っ掛けられた理由が見えて来た。


 FBIの追跡を逃れたUfo.Atomnが組織を再建すべく、道路を隔てた真正面に組事務所を建てる気でいる。

 詳しく聞けば、これから地主に連絡して土地を買う予定だと余裕を見せている。

 大胆な不法占拠と建築基準法違反だ。

 組事務所と言うからには、さぞや御立派な建物が出来るだろうと思っていたら、建築現場から盗んできた中古のプレハブ。

 錆び穴が目立つ建物は、年明け早々の事務所開きに相応しくない。

 前に止めた自動車は、四駆の軽トラと錆たトラクター。

 これでは、御近所農家の倉庫と同じだ。

 参考にしたのか、進むべき道を見失ったか。

 ヤクザは見かけで勝負する職業だ。

 ハッタリ第一戦闘能力二の次三の次。

 張りぼてでもいい、正面入り口くらいは重厚に見せてほしかった。


 所内に並ぶ銃火器は、兵器博物館と見紛う豪華さだが、日本では違法だ。

 アメリカでも違法だったろ。

 たいそうな額に収まった極道の書は、明らかに国家権力に対する挑発だ。

 本当の意味を分かって飾っているのか。

 いくら中身を充実しても、外見が低予算の工事現場では誰もビビらない。

 事務所開きにかかった費用は例の一億ドルからなのに、日本名を有朋亜斗夢にした組長は、俺に借用書を書いた。

 年利三割六分五厘は純然たる高利だ。

 俺に一億ドルを託して良いことなどないと気付くべきだ。

 闇雲に有朋が繰り返す。

「貴方ノ御金デス~」

 何で俺の金なんだ。

 説明がない。


 出席する気はなかったが、事務所開きのパーティーを診療所の庭でやっている。

 分厚い牛の死肉が派手に焼き上がれば、参加しないのは人道に反する。

 パーティーの席、芙欄が「実は、内緒話をしたいんだけど」俺に寄ってきた。

 芙欄曰く「有朋と先生は遠い親戚だそうですよ」

 どこまで遠い親戚なのか、ジュラ紀まで遡れば猿だって親戚だ。

「先生の曽祖父と、有朋の曽祖父が再従兄弟なんだよね」

 言われれば親戚と聞えなくもないが、再従兄弟のそのまた曾孫同士の関係を、世間様では赤の他人と言う。

 代々医者の家系だった俺の爺ちゃんが、大恐慌で世界中がキナ臭かった時期に色々とやってくれていた。

 太平洋戦争勃発前に、父親の再従兄弟の子である有朋の祖父に、財産の半分を預けたのだ。

 戦争のドサクサで財産が総てなくならないように、戦禍がどうあれ、半分は残る勘定をした。

 戦時中のことで、敵国に親戚がいるとは誰にも言えずに終戦。

 有朋の祖父は、預かった財産の一部で子供達を医者にした。

 常識の備わっている人間だから、当然承諾を得た上での教育費。

 爺ちゃんは、親戚に医者が増えるのを大層歓迎したそうだ。

 戦後の混乱期になると、連絡も取れずにいた。

 暫くして日本との行き来が自由になると、有朋の祖父が医療事業への投資を持ちかけて来た。

 資産を託した爺ちゃんは、アメリカにある病院の大株主になった。

 爺ちゃんが親父へ第一病院の経営権を移行した時、運転資金として割り当てるつもりで、アメリカの病院株を譲渡現金化している。

 運転資金を日本に送った事にして横領したのが、ここにいる有朋。

 そんな事情が日本に伝わる前に、爺ちゃんは他界。

 金は日本に届いていると信じたまま、有朋の祖父も他界。

 有朋にとって実に都合の良いタイミングで、両祖父が他界している。

 本当はコイツが殺したんじゃないのか、とも思える偶然が重なった。


 放蕩息子の行方など気にも留めていなかった有朋の父親は、そんな事情を知る術もなく年月は流れた。

 悪運に恵まれ続け、この資金を元手に大博打を繰り返した有朋は、負け知らずの快進撃で現在の莫大な資産を手にした。

 ここらあたり、どこかの誰かにも似たサクセスストーリー。

 有朋の父親が息子の暴挙と諸事情を知り、俺の親父に詫びを入れたが、その父親も必ず日本に金を届けるよう言い残して他界した。

 本当に殺ってるんじゃないのかと思える出来事の連続は、小説並に都合よくなっている。

 有朋は遺言に従い、悪事塗れで増え続けた超汚い金の半分を、洗浄もしないで送りたいと俺の親父に申し出た。

 それを聞いた親父は、つまらない事件に巻き込まれたくはないと、俺に届けてくれるように手配していた。

 これを聞きつけたのが芙欄で、俺の夢物語りを基に、あることないことでっち上げ、病院船の資金として大金を引き出した。

 詰まる所、少々目減りしてはいるが、この一億ドルは俺の物と説明された。

 理解が中途半端だから、もやもやしている。


 自分に刺客を仕向けたのは昔の仲間で、分け前をよこせと有朋の名を騙って仕掛けてきていた。

 他人の名を騙ったばかりに、ヒットマンとして送り込まれた東郷に拷問されたのは自業自得としても、このまましらばっくれる訳にはいかない。

 善良なる自分の為に、一億ドルの中から、昔の仲間に医者代くらいは払ってやってくれないかという事での内緒話。

 なるほど、収入証明不要無審査金利零返済期間無期限で、金を貸してくれの所だけは分かった。

 事の真意を有朋に問質すれば「そのとおりだよ」とする。

「どうしてもっと早く言ってくれなかったかなー」

「言葉に自信がなくてね。誤解されると困るから、言い出せなかったのよ。ユーには分からない悩みね」

 自信がないのは言葉だけか。

 もっと大事な物が欠品している。

 誤解もなにも、十二分に怪しいし信用していない。

 芙欄を仲間に差し出し資金を独り占めするか、仲間に過少申告して少額示談とするか。

 俺はとっても良い人だから、後者を選んでやった。

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