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雲枕  作者: 葱と落花生
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119 地下シェルターの一般開放

 皆無に等しい今回の避難命令に関する情報を、慌てて収集する必要があると強く感じる。

 いつもと違って今この場では、極めて正常だと自負する者として今後どのような態度で過ごせば良いのか、自信が持てる対応法を見出したい。

「危険があっての避難命令じゃないからだよ」

 つい今しがた、会場で元オカマ達の頭上に浮かび、一緒に浮かれていた獣医幽霊が、一瞬で俺の目前に飛んで来て答えてくれる。

「このまま千葉に居続けると、命の保証がないってだけでな、それだって、寿命が来たら死んじまうって話だ」

 自分は死んで化け出た者だからか『死んじまうってだけだ』が妙に御軽い語り草になっている。

 いい加減な言葉で誤魔化されて成るものかと、身構えている俺の心境など御構い無しに、獣医が話を進める。

「もうすぐ地下に作られたシェルターが、一般開放される予定になっているんだよ。お前は身動き出来ないんだけどな、他の連中は、あそこに避難しても良いんだ、だけども、完全に世界から孤立するから、御薦めできる施設じゃないんだよ」

 お前は身動きできないとか言っておいて、御勧めできる所じゃないとは、分かり易く引導を渡された様な気がしてならない。

「そんなー、勝手に俺の人生って決められちゃってるのか? 好ましくない所には、どうあっても居たくないんだけどなー」

 どうせ誰にも叶えてもらえない願いだが、一言いってやらなければ気が済まない。


「先生は別の組ですよ。やっちゃんが地下都市の代表として残る事になってますから、その辺はお気になさらずに」

 獣医と俺の会話を聞いていたかのタイミングで、キリちゃんが愚痴に対応してくれる。

「えっ! 話が見えてるって……事は、獣医も見えてるのかな」

 これまでこの手の知り合いについては、他言無用と信じて生きてきた。

 それが、どんな風の吹き具合か、パックや幽霊の存在を主張しても、何の御咎めが無いらしい世情に成っている。

「勿論です。港屋さんでは、若旦那や夏目さんの幽霊が評判で、幽霊目当てのお客さんが大勢。獣医さんは、あっちではあまり人気が出ないからって、こっちでデビューですって。私達にくっ付いて来ちゃったんです」

 最近は、災害や紛争が日常茶飯事となっているばかりか、幽霊や物の怪が社会の常識にまで成り上がってきているらしい。

 このまま世界が紛らわしい方向に突っ走ったら、猫の惑星だか霊の世界が当たり前になってしまいそうだ。

 この異変を緊急事態として、避難命令が出されたのではなかろうが、いつ頃からこの不可解な連中が有ってはならない世界を作っていたのか、俺には分からない。

 地下都市が解放されて、その代表がやっちゃんである理由となると、もとより分かりたくもない。

 地下都市に行かなくて、避難命令が出ている千葉には居残らなければならない理由に至っては、皆目見当もつかない。

 

 あたふたしながら居眠りをしていると、夜は白々と明けてきた。

 当分の間は、今までのように生活していれば良いとだけ教えられ、はいそうですかと素直に診療所に帰る。

 昨日まで、朽ち果てて犬小屋と祠の区別もつかなかった御稲荷さんが、一夜で綺麗に増改築され、まだ夜が明けきらないうちから人が行列をなしている。

 この行列を相手に、診療所のピザ釜を使って小商いを始めたのが有朋で、医療施設とは思えない眺めになってきた。

 これを、あおい君とキリちゃんが手伝っているからなおの事、ここがどういった施設か不明になっている。

 夕べの話では、一般開放したとはいえ、地下都市への居住権を得るには、並々ならぬ難しい筆記試験に受かってから、依怙贔屓と賄賂に塗れた面接試験を通過しなければならないらしい。

 更に、試験の前に見学会まで用意されているとかで、希望者は最寄りの神社で入場券を買うシステムになっている。

 しかし、最寄りの神社には違いないが、今まで放置されていた所に、突如現れたのでは有難味がないだろうと思う。

 ところが好奇心からか、それとも避難の二文字からくる恐怖心からか、正体不明の社に人が並び、中では体に合わない巫女装束を支給された朱莉ちゃんが、長すぎる袴を踏んで転んでいる。

 こんな時、必ず現れる卑弥呼も一緒で、祝詞を上げているのが玄武爺さんとあっては、インチキの匂いがプンプンしている。

 一人千円から二千円支払って、試験か見学会の券と御払いをと、無茶が過ぎている様子だ。


「何百年も前からの計画が、ようやく実行段階に入ったとかで、あちこち何処でも似たり寄ったりの騒ぎになってますあ」

 どういった血迷い方をしているのか、山城親分が突然現れて、俺に地域情報を垂れ流してくれる。

 誰も知らないうちにくたばって、そんじょそこら浮遊している幽霊と同じ性質の奴になったか。

 そうでなくともいきなり出没すると、干からびたゾンビと勘違いされてしまうのに、勇気ある登場だ。

「何百年も前からの計画って言うけど、誰がそんなに気の長い計画の指揮をとってたのか気になってしょうがないんですけど、親分は何者がこんな騒ぎを起こしているか知ってますか」

 久蔵と違って親分は普通の人間で、この質問に答えられるとは思えないが、ひょっとしたらと薄い期待から聞いてみる。

 すると、今更知られたからと言って慌てる必要のない超常生物のパックが、山城親分の足元でアタフタと落ち着きない動きをしている。


「何だ、知らないんですかい。いやね、あっしはこのちっこいのに、診療所に来いって呼び出されたんで来てみたら、道々どこも大騒ぎになってるもんで、てっきり先生が詳しく知ってると思っていやしたが、どうもあてが外れちまったようですねー」

 親分がパックをツンツンしているとなると、誰彼かまわず正体をさらけ出しても良くなったのか、それとも誰でも見えるようになったのか。

 基本的に、見えてはならない幽霊がうろついて、適当に生きてる人間と挨拶を交わしている風景から推し量るに、世の中総てが、今まで俺の悩んでいた事を解決してくれる方向に向っている事だけは確かだ。

 このままエネルギーだけの生物が、誰の目にも見えるようになってくれれば、これまで気遣って小声でしか吐けなかったパックへの怒りに満ちた発言も、堂々と怒鳴って拘束されない時代になる。

 嬉しい変化ではあるが、何故に山城親分を診療所に連れて来たのか、今一パックのやる事は辻褄が合わなくて理解し難い。


「災害の予想情報が流れてるだろ、あれが何百年も前から今日まで準備できた基本的な資料だよ。実体の無いエネルギーと会話できる御前等なら、ペロンと俺達の科学が非常識なのは分かるだろ。平気に俺や幽霊共の存在を認めているのは千葉だけだ」

 始めて遭った時から常識とは無縁のパックが、恐ろしく強気になって発言しているが、子猫並みにチッコイので著しく迫力に欠けている。

 いつからか、このやり取りを見ていたあおい君が、今回の避難指示については詳細を知らされていなかったらしく、パックに食って掛かる。

「いきなり何してくれるのよ、面食らっちゃったでしょ!」

「そんなに怒った顔で見たって、何も出て来ないぞ。診療所には、飛行計画の第一責任者がいるから、知らせなくても良いって事になってるぞ」

 パック自信も誰かからの指示で動いているのだとは、随分と前から聞かされていたので驚きもしないが、この騒ぎの仕掛け人が診療所にいるとなると、いささが興味の方向が違って来る。

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