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雲枕  作者: 葱と落花生
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118 三つ子の三和音

 町の様子がどうなっているのか、この時とばかりに張り切って、テレビのアナウンサーが画面から飛び出す勢いで中継している。

 やはりこの会場と同じに、説明会を中途半端に聞いた慌て者が車に積めるだけの荷を乗せて、不慣れな道を行くから事故が多発している。

 そんな影響もあり県内のいたるところで、蟻の行進は手に負えない渋滞になっている。

 慌てるなと言っている側からこれでは、これから先が思いやられる。

「騒ぎになるのは分かっていたのに、どうして俺の所に何の連絡もなかったんだろう」

 つい、いつもの癖で大声の独り言が部屋に響く。

「そうだよねー、生きてる人間の中では御飾りでも、あんたがトップって事になってるらしいからさ、もっと詳しい裏事情を知ってるんじゃないかと思って近場にうろついてたんだけど、あてが外れちゃったものなー」

 獣医と夏目に若旦那まで、三つの悪霊が俺を取り囲んでうらめしやーとやっている。

「知ってると思う方が間違ってると初めから悟れよ。ここで俺がやらなければならないのは、診療所を宿舎替わりに貸してやって、適当にあいつらの相手をしてやるってだけだから」


 どこへでも出入り自由の幽霊なら、今回の避難についてなにがしかの情報を持っているかと思っていたが、百年以上前から幽霊をやっているといばり散らしている夏目でさえ、詳細について知らない。

 さっきの話ぶりからするに、大観衆の前で一席ぶったあおい君でも、この先の事についてはあやふやでいた。

 地球規模の計画に参加して代表を長くやっていたのに、彼女でさえ知らされていない事がある。

 こうなると、手段に伴う活動を一か所に集約せず、目的の為バラバラに物事が勧められていると理解した方がよさそうだ。

 この期に及んで、もう一度災害の始まりに立ち返ってみると、ちょっと撮った動画に宇宙船らしき物体が映っていた。

 後に、そいつは地球の鉱物資源を調査する為に、アクエネと称した知的エネルギー生命体が送り込んだ探査船だと判明した。

 ついでに、タコ似の異星人を地球で暴れさせ、貴重な体験知を得て、尚且つ防衛に関するデーターまで入手している。

 これらの事から、いつかはアクエネとの戦闘状態に入るのが裂けられないとした地球の組織が、シェルターを作ったり、元オカマとシャコタンが飼っているクロを宇宙に送っていた。


 人類の存亡をかけた戦いが、いつ起こっても不思議でない状況下で、いつのまにか俺はこの地球防衛軍とか言う不真面目な機構に関わってしまっている。

 だいぶ深い所まで引きずり込まれて、もう足抜けはできないと覚悟しているものの、いよいよ決戦なのかと勘ぐってみると、一連の動きは合点のいく事ばかりだ。

 若い者に戦に行けと言うのは辛いし、人類の将来を思えば不合理な依頼だ。

 ここは、山城の親分を筆頭に、近所の昭和会のように元気な年寄りに、敵の宇宙船へ特攻でも仕掛けてやってねと御願いしたいところだが、そうなってくると、安心してはいられないのが俺の年齢になってくる。

 このまま戦が長引けば、いずれ俺より年上がこの世から消えてしまうのが目に見えている。

 つまるところ、そのうち俺にも赤紙が届いて、千人針に必勝鉢巻と、懐に国旗を携えての出陣が待っている。

 急ぎで作った鈍らの日本刀を持たされ、帰りの燃料をけちったエコ戦闘機が棺桶代わりになるのも、遠い未来ではない。

 困ったなんてもんじゃない。


 何の気なしに入口の方を見ると、カーテンを引いて開け放った幅三尺の空間をちらり、奇麗なのだろうと思い浮かべるに足る色付きの影が通った。

 はてな。

 視線を転じて、いかにもビップルームを主張しているバーカウンターを見ると、診療所の連中が揃ってカクテルを飲んでいる。

 カウンターの中には、瞳と文恵と美絵。

 三人揃ってシェーカーを振っている。

 いつからいた。

 事態の進行が早すぎるぞ。

 物事を一割も理解していないのに、別の話になってしまう勢いは、誰かにどうにかしてもらいたい。

 一分と経たぬ間に、バーには続々知った者が座って注文をする。 

 急に現れたビップルームではあるが、それでもプライバシーは保護されるべき空間である。 

 しかしながら今の俺は、個人情報保護法の適応外人物に指定されているらしい。

「ねえ、俺達って、どこへ避難すればいいんだ」

 簡単な質問だから、誰かが答えてくれるだろうと思って、カウンターに向かって聞いてみる。

 ある程度の事情を知っていて呑気に構えているのだろう、それでも、何も知らされていない身としては今後の対処が気になっている。

「先生は避難できません!」

 全員が一斉に、怒り顔で言い返してくる。

 そこまでマジに言ってほしくなかった。

 当然の疑問だったのに、理由も何も知らない人間に対して頭ごなしの返答は、誰だって少しばかり心に傷を負うものだ。

 それでも、避難できない人間だとまでは無理やり分からせてもらえた。

 次いで浮かび上がるハテナは、なぜに避難できない者であるのかとなってくる。


「どうして、俺は避難できないんだ」

 これも、思考能力が微量でも残存している生物なら、疑ってかかる当然の事柄だと思っていた。

「先生が避難しちゃったら、誰が千葉の責任者になるんですか。知事はとっくに東京が本宅みたいに過ごしてますよ。政治も経済も、派閥も学閥も関係なしに生きていて、尚且つ地下施設の秘密を知っていて、パックに憑りつかれても、外見だけは我慢すればとりあえず真面に見える人なんて、先生以外にそうそういないですよ」

 これまで、数々の異常事態に動じずとも、深く関わっていたとは思えないキリちゃんが、思いがけず皆を代表しているかの発言をする。

 そして、俺がビップルームから逃げ出そうとするのを、勢いよくけん制する。

「だってー、これから何かとんでもない事が起こるから避難命令が出てるんだろ。それに乗っからないでこのままここにいたら酷い目に遭うのは俺だよ。お前らだって、危険は感じてるんだろー?」

 なにはさておきこの場は、俺が千葉県外に避難する事が正当であると主張し、ついでに同調する者を増殖するべく?を付けつつ共感を呼び掛けてみる。


「残ったからって、すぐには死んだりしません事よ」

 カウンターの中から、三つ子が三和音で俺を諭そうと努力してくれる。

 好天のドームは開け放たれ、広範囲に危険が予測されているとは思えない青空が、卵型に大きく切り取られている。

 元オカマの女達は、もとより俺に説明する気などない。

 山間部に広がる棚田のように、無計画に区切って小分けされたブースで脇目も振らず、縁もゆかりもない来場者に、事態の詳細を語って聞かせている。

 この模様と違って、こっちは誰も親切の一語を教わっていない様子で、適当にビップルームの雰囲気を味わってダラダラ始めている。

 本来なら、今後の身の振りについて語り合うべき席である筈なのに、おのずから目的はぼかされ、無駄な時だけが流れる空間に幽閉されている。


 次第に空は朱の色が滲んで、切り取られた天空に一つ浮かぶ月の横には、はっきりくっきり金星が輝いている。

 この星から少しだけ目を上にずらすと、さらには火星が申し訳ありませんといった顔をして光っているのが良く見える。

 月と金星と火星の大接近と言う、一大天体ショー等どこ吹く風。

 会場では誰も空など見上げていない。

 責任者の任を押し付けられ、意味なく部屋に待機する事十時間。

 すっかり夜は更け、ざわざわうじゃうじゃしていた観衆がまばらになってくると、手すきとなった連中は南米のカーニバルの如き衣装を身に纏い、手に手に花火を持って踊り始めた。

 もはや、この世の終わりが近過ぎて、自棄になった祭りとした方が良さそうな眺めになってきた。

「どうして、あんなに能天気でいられるんだ」

 この期に及んでジタバタする気はないが、あそこまで平和でいる気にもなれない。

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