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雲枕  作者: 葱と落花生
116/158

116 最恐の円形競技場

「若旦那ー、いつまで幽霊でいる気なのさ、迷惑だから、さつさと成仏しちゃってくれないかなー」

 生前は、いい加減だが穏やかな性格だった。

 この場合、正直な気持ちを打ち明けても、けっして祟られたり憑りつかれたり、呪われたりしないとの自信があって意見してみる。

「んー、なんかさー、あの世もこの世もたいして変わんないし、むこうは知り合いが少なくてさ。つまんないんだよねー」

 そんな我儘で行かずに済むほど、あの世この世の境目というのは希薄なものだったのか。

 そんな世界があったとしても、いい加減を絵に描いたようなものだと思っているから今更驚きはしないが、生死の境目が重要かつ重大不可避の出来事と信じて、日々信心する人達の心情など御構い無しの現実だ。

 目に見える異常事態には敏感な観客も、見えない幽霊が三つ並んで、世界中を小馬鹿にした踊りに熱中していても気にならないらしい。

 見えない幽霊は気にしようもないが、ドームで絶対に降らない筈の粉雪が、ちらほら舞っているのには少しだけ驚いてほしい。


 近所に住み着いた連中には、都会から来ているのも少なくないのだから、ドーム球場がどんな構造かくらいは知っていそうなものだ。

 そればかりか、スタジアムのいたるところから突風が吹き、飛んでいるボールを右へ左にと流してくれる。

 それを「強風の為、少しの間試合を中断します」と、場内アナウンスするが、そんな事よりも、強風の原因を探る気にはなれないのかよ。

 風が静まり試合が再開されると、粉雪が一層強く降ってくる。

 それでも疑問を感じずに、雪見試合に興じていられる無神経が俺も欲しい。

 欲しい無神経とは神経が無いという意味だとすると、無い物ねだりと解釈出来なくもない。


 天井にへばりつき、天気の神様を小馬鹿にした踊りで、気象をいじくって歓喜する幽霊を観察しているのは俺だけだ。

 こうなってくると、騒ぎ立てて周囲の人間に不愉快な思いをさせ、ついでに拘束され鎮静剤漬けになるより、獣医が買った番号に相乗りして、ビップらしく余裕観戦していた方が得策だ。

 卑弥呼に電話して、世界経済を混乱させない程度とは、どのくらいの金額かお伺いを立て、許された十億ばかりを突っ込んでみた。

 どうせ卑弥呼も絡んでの賭博場だろうし、胴元は掛け金の一割を天引きしているので損などしない。

 もし、間違って大損をする可能性のある人物を上げるなら、急に配当がでかくなったのに期待して、会場での売り上げをそっくり使って、無難な数字で買いあさっている有朋くらいのものだ。


 異星人と元オカマの選手に、勝ちたいと思う気持ちがあるかどうかは別として、暇を持て余しているのだけは確かな景色になっている。

 されど今、我の位置する状態を勘ぐれば、さほど彼等と変わりのない時間の意識を持って過ごしている。 

 あらん限りの感覚を駆使しても、円形競技場で繰り広げられる格闘技の様相が色濃くなった球技を、娯楽以上の事変として思い浮かべられない。

 この感覚は、球場の天井へ逆さに雪を積もらせ、カマクラを作って甘酒をすすっている、常軌を逸した幽霊共によってもたらされたのではないと願いたい。

 しかも常識的眺めではないから、これが原因だとされても、これまでの経緯を誰にも教えられないし語れない。

 ある意味、心の問題であろうと決めつけられてしまうのが落ちである。

 いや、これらの現状を、いかなる方法をもって周知させるかに、己の思考を向けるべき時に来ているのではなかろうかと思えてならない。

 解決しない難問に挑戦し乍ら、しばらくゲームの観察を疎かにしていたら、いつの間にか投票した得点に限りなく双方の点数が近付いている。

 このままドンピシャリと当たったとすると、十億が一気に百億程度に膨れる勘定が成り立つ。

 僅か数万人の観客だけで、掛け金がこれ程までになっているとは驚ける。

 近所に住んでいる人達は、磯の一族には及ばないまでも、金蔵を何件も持っているらしい。

 それにしては、見かけが困った家や身成ばかりだなーと疑問符を頭上に思い浮かべていると「ネット投票は只今をもって締め切りました」と場内放送される。

 天地が引っ繰り返る災害の連続と、異星人の侵略騒ぎや暴動だテロだと、通信は殆ど絶え、試合が始まる前はインフラ整備も覚束無い状況だったと記憶している。

 ペロン星人と磯がちょっかい出して、金儲けの為にインターネットを復旧したようだ。

 やれるなら、もっと早くに直してやればいいのに、自分の利益に繋がらない事には、一円でも出し惜しみをする奴等で、他人様の事など微塵も考えていない。

 自分ファーストの典型とも言えるエゴイズムには、感心すると同時に、そこまで人間を甚振っても平常心でいられる感性は羨ましいばかりだ。


 ランダムとしてはいても点数の表示には、何らかの法則がありそうに思ってしまうのは、賭け事をする者の性であろう。

 試合はそっちのけで、次の得点表示が何点になるかの素人博打が、会場のいたるところで開催されてきた。

 こうなってくると、胴元の儲けが減ってしまう勘定になる。

 そこは、銭の亡者が主催しているから、すぐに警備員が禁止の処置をしたが、一部のエリアが無法地帯になって、そこだけに客が集中している。

 中心になって掛け金を集めているのは、このままゲームが終わると、確実に破産して卑弥呼とペロン星人の餌食になるであろう有朋だ。

 往生際が悪いのは彼の性格と勘弁しても、無駄なあがきにも限度がある。

 いい加減にして、処刑の日までのんびり過ごした方がよさそうだ。

「あそこで、いけない事しているおっさんを、ここに連れてきてくれないかなー」

 ビップの特権を最大限に利用して、警備員にお願いしてみる。

「連れてきても、その先の事は保障できかねますが、それでもよろしいでしょうか」

 見るからに危なっかしい連中を、自分が任されている警備エリアに入れるには、もしもの事があった時の責任逃れをする理由が必要だ。

 こう言った場合の逃げ口上は、しっかりマニュアルに載っているのだろう、流石に訓練された警備員だけある。

「いいよ、君が責任を取らなければならないような事態にはならないから」

 こう言って安心させてやったが、俺が責任を取るとも言っていない。

 早合点は命取りとは教わっていなかったらしい。


 五分もしないで、有朋が部屋に入ってくる。

「なんだー、先生ですかい。関係者の方がお呼びですからって言うもんで、ビビっちゃったものなー」

「関係者からの呼び出しでビビるって事は、主催者に無許可で胴元張ってたのか」

「そうじゃねえんですがね、関係者が多いもんで、始めたばかりって事もあって、仲間内でもまだ意見の食い違いってのがあるんですよ」

 確かに、始まってまだ一日も経っていない。

 そんな新興博打財団が、一気に数百億を動かしていれば、利権絡みのいざこざが絶え間なくあって当然だ。

 普通のカジノなら、日本で長らく生活している連中より、有朋の方がよほど運営に詳しい。

 ところが今回の賭場は、こいつの管理能力を超えた所で利益を生み出している。

 第一の勝負で太刀打ちできないと悟や、第二の勝負所を勝手に作り、素早く関係者に根回し承認と、動きに無駄はないものの、これまでの負けをあんなチンケな縛で取り戻せるとは思えない。

 知らない仲ではないし、遠い親戚でもある。

 幸いとすべきだろう、勝ち金が唸っている俺が、珍しく有朋を助けてやる気になってきた。

 元をただせば、こいつが持ち込んだ金が膨れ上がっただけの資産で使い道もく、生きるのに不自由しない程度有ればそれでいい。

 無条件に儲けを譲ってやってもいいが、こいつだって元金は俺と同じだった。

 それを、子供みたいに全財産なげうって、宇宙船を買ってしまった。

 あの頃は、まだアメリカのカジノが回っていたから、先の心配などしないで使ってしまった金だが、今やどこへ行ったってカジノで遊んでいる奴などいない。

 その点では、この球場の縛が成り立っているのは奇跡に近い。

 ここに目をつけて勝負に出たのは正解だが、根っから博徒の血が騒いだとみえる。

 シェルターで稼いでいればいいのに、余計な事に首を突っ込んだとしてよかろう愚行だった。

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