115 勝組投票券
「そんなラインがあるかよー!」
観客の猛烈なブーイングに、またもや試合は中断する。
ボールを持ってどちらに向かっても得点できるように、誰かがスペックを使ったのだ。
大きな円形のラインに囲まれた中で、ボールを持った選手が外に向かってひた走るだけになっている。
もはやどちらのゴールだか分からない。
審判も判断できないまま、得点が不規則に変化する。
ここまでくると何をもって点数とするか、最重要であるべきルールさえ曖昧になってきた。
既に会場の仕組みに細工する程度では客を誤魔化せないと判断したか、ペロン星人チームが整列し、天に向かい祈りとも戦闘前とも取れる踊りを始める。
大きな影を落とす鳥の大群が、ブーイングする観客に向けて糞攻撃を仕掛けだした。
一瞬で会場が静まり返って試合再開である。
つまらないところで説得力のある異星人だ。
ある特別な動きを悟られず、己が目指したるゴールに雪崩込むのが、この種の競技の主なる決め事だ。
目前で彼等が繰り広げる試合は、明瞭に違反が正当なる行為であるのを前提として繰り広げられている。
只中、この一部始終を画像として記録している者がある。
放送機能が麻痺した状態では、どこの誰に伝えるとの目的があっての事とは思えない。
後々の語り草にするのか。
それとも、動画サイトが復活したら、そこに投稿するつもりでもいるのか。
どうするにしても、現在の審判状況では画像による審議など行われよう筈もない。
ただ楽しむだけなら、カメラを通した画像で観戦するより、直に見て直に感じた方が宜しかろうと思えてならない。
もっとも始めたばかりの頃は、見かけが美女の元オカマの一団が、素っ裸で走り回っているのを自分の記憶だけに留めていたのでは、いずれ風化して男だか女だか分からなくなってしまう。
それを予防する手立てとして鮮明なる画像に記録し、近い将来に売り出す気でいるなら、下手な貴金属より確実なお宝になる。
この為に録画しているとなると、金にうるさいペロン星人が黙っているのが不思議だ。
これらの思考から広く会場全体を見渡せば、得点版のテロップで試合の撮影禁止としておきながら、大型の撮影機材が所々に配置されている。
これに加え、ドローンが数機飛び回って上空からの映像を、新に設置された大画面に流している。
この画像からするに、円形になっているラインの四か所に小さなフラッグが立てられてある。
四分割されたラインの外に電光掲示板が設えてあり、現在ここはペロンズ得点ゴールとなっている。
ペロン星人のチームだからだろうが、手抜きのネーミングであるのは見えゝだ。
また別の掲示板には、こっちに入ると御姉様軍団の得点だよー、との表示が出ている。
この得点を得られるチームの表示が、ひっきりなし入れ替わるので、向かっていった方向が突如として相手ゴールに急変し形勢が逆転する。
四方の掲示板が示す得点獲得チームにボールが入れば、加算されるルールになっているのだと、この時になって観客も納得したようだ。
おまけに、ゴールして初めて、その時の得点がランダム表示される。
一度のゴールで何点獲得するかは、運任せになっている。
一見、先の見えないルールになっているが、掲示板の操作をしているペロン星人が思うままに得点できる仕組みで、ちょっと考えただけでも、客をなめ切った如何様試合でしかない。
「どうやっても勝てそうにねえなー」
この仕組みに気づいたか、獣医が投票券を破いて捨てる。
御近所優待とかで、むりやりビップルームに閉じ込められたが、たいして興味もないので賭けないでいたら、せっかくだからと獣医が勝手に俺の名をつかって縛に走っている。
「如何様なんだから勝てる訳ねえだろー。俺の金だと思って好き放題やっちゃってくれるなよ」
「半分になったって一生使いきれない金だものー、いいじゃないか、適当に遊んでやれよ」
「俺が自分の意志で遊んでするんなら納得だけどね、他人に博打で使われるって、あり得ない話になってるよね。第一にだ、幽霊のお前が金をどうこうする意味があるのか」
「それ言うかなー、今言うかなー。純粋に娯楽だよ。幽霊ってのは意外と暇なんだよ」
どうせ使い道のない金だし、やるなら適当に浪費してくれてもいいが、胴元がインチキをやっているのを知っていながら、それに注ぎ込んで私財を減らすのではつまらない。
このままズルズルとやられたのでは、試合が面白くないし理不尽だ
「おい、お前も幽霊をやってるなら、なにがしかの力を持っているだろ、適当にいじくって、奴らの稼ぎをごっそり剥ぎ取ってやるって気にならないか」
成って間もない幽霊で、特別凄まじい能力があるとは思えないが、ここで一つ提案してみる。
「言われてみりゃそうだよな。あいつらがそれなりにやってくるなら、こっちだって反撃していいって話だよな」
こう言うなり獣医がヒョッと消えて、会場の真ん中に現れる。
ドームの天井辺りにフワついているから客が気づいていないのか、それとも、他の連中には見えていないのか。
場内は、試合の動き以外に興味を示さない。
「おー、何をやらかそうってんだかね」
どんな見世物になるのか、獣医が買って来た投票券には、並みの球技では出る筈のない、四桁の得点が記載されている。
とんでもない試合にするのか、得点版をいじって帳尻を合わせる気か……。
「いやいやいや、呼ばれちゃったものなー。暇つぶしにはうってつけだものねー、やっちゃうもんねー」
妙なおっさんが、俺の横で独り言を唱える。
「あんた、誰。どこかで会ってますかね」
個人の家以上に、厳重な警備で守られているべきビップルーム。
入り込んでサービスドリンクを飲んでいるからには、確実に俺の関係者でなければならないのに、思い当たらない人相だ。
しかし、いつかどこかで会った事があるような気もする。
「おお、自己紹介を忘れていたかな、吾輩は夏目金之助である。他に子規君より、漱石の名も頂戴している。知っているだろう。有名だから」
「金之助? 金太郎? 足柄山から来たのか」
正直、こんな奴は知らない。
「三四郎とか、心とかー、猫に坊ちゃん……知らんのか」
「知らねえよ」
しつこいので、少しばかり苛立って答えてやる。
「幽霊だよ!」
超、怒った風だが、知らん者は知らん。
ただし、幽霊という風変わりな輩なら知らないでもない。
「それなら知ってるよ。ほら、真ん中に浮かんでいる奴。知り合いだ」
中空でふざけたダンスを踊っている獣医を指さしてやる。
「吾輩の弟子である。色々と力の使い方を伝授してやった」
夏目が偉そうに言うと、音も無くドームの天井に獣医と並んで一緒に踊りだす。
どうあがいても、これから先のゲーム展開を、四桁の数字にまで引き上げてしまっては、観客の顰蹙を買ってノーゲームになりかねない。
無効試合になれば、掛け金はそっくり返金されるのが博打競技の通例だ。
それでいいなら、彼等の努力は適当に報われるのだろうが、はたして、幽霊という生物だか死物が、どこまで単純なのか複雑なのかが分からない現状で、これから起こるのがどんなものかが予測できない。
「おー、やってるー。参加しちゃおうかなー」
これまた、鍵をかけて誰も入れないようにしている個室に、いてはならない港屋の若旦那がウロチョロしている。
こいつは既に死んで久しく、つい最近では、殺した主犯の男を公開処刑したばかりだ。
完全に遺恨の類はこの世になくなって、とっくに成仏していると思っていたのに、思慮のなさは死んでも変わっていない。