114 狂気と勤勉は紙一重
最初のうちは若衆だけだった組の連中が、ヘコからもらったプラチナただ食いカードで、テイクアウトしたハンバーガーやラーメンを売っている。
ここまでくると組織ぐるみの犯行は明らかだ。
こんな状態を見たら、ヘコが釣り船一艘仕立てて、こいつらを一人残らずコマセにしてしまいかねない。
常々、こんな煩わしい連中とは関わりあいたくないと願っているが、遠いとは言え親戚である上に、俺に使いきれないほどのドル札をくれた男が、ミンチへの階段を駆け上がっている。
このまま九十九里沖の魚に食わせてしまったのでは、後々俺の所に化け出てきそうで、安心して寝ていられない。
「ねえ、お前の死んだ時の姿をさ、あいつらに見せて、ヘコの物を勝手に売ったりしたら俺みたいになるから、見つかる前に止めろって忠告してやってくれないかな」
小学生のまま成長しない娘幽霊を伴って、ゲームが始まった時から観戦している獣医に、ちよっと御願いしてみる。
「何ゝ、娘はな、小学生に見えるけど、もう立派に成人だから、大丈夫だからさ、この試合見ても、逮捕されないから」
昔からそうだったが、こいつは助平に走ると、人の言っている事を右から入れず、左からも入れず、すべて跳ね返してしまう癖がある。
「死んじゃった娘を誰が逮捕するってんだよ。警察なら、ほれ、一緒に裸になって応援団長やってるよ。拳銃だけはぶら下げてるから見分けがつくだろ」
「おお、あれ、警官だったのか、随分でかいもの持ってるなーて思ってたんだ。拳銃な、納得。で、俺に何か用事でもあるの」
「だからな、有朋の連中に、ヘコの物をかっぱらって売り歩くと、お前みたいにミンチにされちまうぞって、脅してやれって言ったんだよ」
「ああ、そう。まあなー、暇だから、やってもいいけど、後で、あの姉ちゃん達を紹介してくれよな」
「元はオカマだぞ、性格は男のままだぞ。それでもいいのか」
「いいよ、どうせ手も足の出せねえし、話上手で付き合っていて飽きないだろ」
それもそうだが、こいつの趣味は死んでから一層分かり難くなってきている。
悪霊祭りで本物のゾンビがうろついても平気でいる土地柄もあって、獣医が体半分ミンチになった死亡直後の姿になって、ハンバーカーを売っている有朋の隣に立っても、客は素知らぬ顔で食っている。
おおよそこの手の人種は、火葬場で焼肉バーベキューをやっていられる神経を持っている。
もっとも、超常現象の多発地帯で生き残るには、あれしきの事で食欲がなくなったのでは、一週間で栄養失調になってしまう。
強力ではないにしろ、ペロン星人はどいつもこいつも特殊なスペックを持ち合わせている。
磯一族にしても久蔵の家族にしても、同等かそれ以上の能力者である事からすれば、超能力を微塵も発揮できない俺みたいな種の方が、希少になっているのが最近の町内会事情だ。
貫太郎がこの試合のトトカルチョを始めるとの情報が流れると、これからの試合をいじくって、自分が張った数字に持って行こうとのサイコエネルギーが会場に充満してくる。
博打好きのシャコタンが噂を聞きつけ、ビップ席に座って観戦している。
元々ルールなどない試合で、どこまで本気の博打なのか、お祭り大好きの寄り合いには、そんな細かい事はどうでもいいらしい。
不動産屋のオヤジが、この土地は将来、今回の試合を常設したスタジアムの建設予定地になっているからと、ビップ席にいる奴に不動産投資の誘いをして、シャコタンが桜をやっている。
どのように測量しても、草野球がやっとの敷地に、スタジアムが建つと謳っている。
小学生にも詐欺だと分かりそうなものだが、投資話を熱心に聞くのがいるのには驚かされる。
誰の土地かも分からなくなっていたのを、売り買いの話ができるとなると、卑弥呼が絡んでいるのは明らかだ。
下手に奴らの商売を邪魔したら、それこそ沖でスナメリの餌にされてしまう。
ここは黙っておく事にした。
「あのね、ヘコの許可は取ってあるみたいだよ」
いきなり飛躍した獣医が、ミンチ姿のまま俺に報告する。
許可が出ているなら大威張りでいられるが、シェルター事業で荒稼ぎしている連中が、今更こんなチンケなエロサッカーの会場で売り子をやる必要も意味もないだろう。
あと半年もしたら、世界中の金を独り占めできそうな勢いになっている。
狂気さえ感じる勤勉さ。
一回目の投票が締め切られると、暫く遠目に見ていた客が、異常な球の動きに気付いて近くで見物するようになる。 そうなってくると、元から目立ちたがり屋のパックがボールだから、包み隠したりはしない。
蹴られて飛んでいる最中に、サッカーボールから羽が生えて、高くまで登っていったかと思ったら、今度は急降下してきて地面に突っ込んでめり込む。
それを選手達がスコップで掘り出すと、とんがったフットボールに姿を変えている。
ここで一旦試合が中断し、選手は全員アメフトの出で立ちになって再登場する。
狭いながらも、俄かサッカーなら何とか客を入れて熟していたが、ここにきて本格的なアメフトは不可能な敷地の実態だ。
すると、ペロン星人の応援が駆けつけて、異星人の力を惜しみなく披露し始める。
いつぞやは、一日とかからずに温泉街を作り上げた技術に磨きがかかり、ハーフだかクォーターだかのショーが演じられている間に、隣近所と、やっと立ち直った有朋の事務所を蹴散らし、五万人は入れるであろう開閉式ドーム型スタジアムを完成させた。
移動できる観客席で、テニスの試合やコンサートも可能になっている優れものだ。
ついさっきぶち上げられていた、近日中スタジアム建設は実現したが、投資話に乗って、土地を買い取った連中には一銭も支払われていない。
土地所有者に理由も告げず、交渉もないまま、どこの誰とも知られずにスタジアムを建てて市に寄付してしまった。
買い手にとっては一瞬の出来事、どこまで行っても投資詐欺でしかない。
騒ぎ出したビップ席の客を、一人二人と殴り倒し、目立たない所に運んでいるのは、やっちゃんが逃走していた時に手伝っていた奴だ。
そこから先は政府機能が麻痺状態でも、何かにつけて美味しそうな現場に現れる、はぐれ自衛隊が担当している。
トラックに乗せているところを見るに、これからどこかの山奥へ捨てに行く気満々でいる。
この驚愕すべき出来事を、テレビで放送したらどうだろうと思い浮かべる。
しかし、まともに映っているかどうかも分からない放送に、金を払うスポンサーもいないだろう。
今や国営放送でさえも、一時間に五分か十分程度のニュースしか放送できない状態が続いている。
眼前の風光をありのままに知らしめるのは、今後百年あっても不可能に思われる。
トトカルチョにいたっては、サッカーの一点二点を争う試合から、アメフトのように十数点の範囲まで得点が伸びるようになって、これまで賭けていたのは誰一人として当たらず、キャリーオーバーだけでも一財産の域に達している。
普段はのほほんとした性格の連中も、この時ばかりは感情をむき出しにして、罵倒とも応援ともつく歓声を上げている。
観客の出す声が五月蠅いなどと言うのは、おそらく界隈に一人もいないだろう。
それが証拠に、ちよいと前に作った町内会地図に載っていた家は尽く撤去され、試合の真っ最中なのに駐車場として様変わりしつつある。
テレビとインターネットが使い物にならなくなって、他に楽しみがないのか。
これ以上ないと言う程人類は、科学文化文明の恩恵に預かれていると勘違いしているようだ。
たった数十人が演じた裸のサッカーから、ほんの数時間で何万人もの観客を集められるとは、いかに博打がらみの興行としても、人類が築き上げてきた英知とは、本当に必要なものだったのかどうか、なんだか分からなくなってきている。