113 スッポンポンサッカー
とりあえず、目前の絶景に混乱した脳の動きを落ち着かせ、どれをとっても危ないばかりの中に有って、若干真面そうに見受けられる釜の一人に聞いてみる。
「ペロンは、お前らも何やら知っている風な事を言っていたけど、これから何を始める気なんだ」
「あいつら、どうせ説明会の会場で桜の役だからー、適当に酔っぱらっていた方が、下手に棒読みの台詞を並べ立てるより良いのよー」
「説明会って、ここでやるのか」
「違うわよー、おバカー。これから皆してー、あっちゃこっちゃらの集会場とか、飲み屋に散らばってねー。これからの相談会みたいなー。もー、めんどくさいわね。ねーねー、先生には今回の説明会の連絡来てないみたいよー」
「だってー、パックさんが先生への連絡係なんでしょー。だからよーん」
「あーら、そうでしたのー、それはゝ、悪い事しちゃったかしらーん」
宇宙に飛び出して帰ってきたら、妙な能力でも見につけたか、元釜達がパックを捕まえて、蹴ったり投げたりして遊んでいる。
見えてはいるが、エネルギーだけで体のない生物を、どんな手法でとっ捕まえ裸にして、マジックで白黒サッカーボール模様にできるんだよ。
宇宙の神秘、美女軍団恐るべし。
「ちょっとー、家の中じゃ狭いわねー。御外でやりません事ー」
「青空貫通式ー、良いわねー。ペロン星人VS女子部隊で一戦交えましょー」
サッカー試合の話と思いたいが、腰を振りゝするその手は淫らな動きをしている。
俺は体力も気力もないのでサッカーに興味はないが、こいつらの試合とは裸のままでやるものなのか、服を羽織る様子もなく、そのまま外に飛び出して行く。
海の温泉には、警官も無条件で浸かっている地域だ。
この先あいつらの行為が、事件になって連行されるような気はしないものの、三十人からの裸がここから発進していったとなると、この先診療所に誰も寄り付かなくなるのは確実だ。
とかなんとか危惧してみたが、とっくに診療所としての機能をあてにされていない施設に成り下がっている。
地下都市に関わっている連中ばかりが住民では、健康管理が完璧だ。
まかり間違って病気や怪我となっても、地下の病院に行くのが決まりになっている。
いかなる先端機器を持ってしても、更には朱莉ちゃんの知識を借りても、地下病院に敵う筈などない。
そんな無謀な挑戦をする気はない。
無理して我儘放題の爺婆を集めても、集会場代わりに使い倒されるのが落ちだ。
ここまで世の中が変わってくると、もはや俺が医師でいる必要もない。
悩むより前に、あおい君が診療所にやってきた時から、既に医師としての価値などなくなった事に気づいていた。
あのまま引退して、のんびり過ごすべきだったのに、芙蘭が余計な金を持ち込んだ。
そのまま第二病院だ第三病院だとやっているうちに、恐ろしくも過剰な災害の頻発に翻弄し、ペロン星人やヘコだの朱莉ちゃんに使いまわされたている。
この人生が公のものになってから、自分が何者なのかも分からなくなってきた。
強いて己の何たるかを説明しろと言われたら、思考回路は常春のまま働いている人間であると言いたい。
おつむが春めいているのは俺ばかりではない。
いかなる始末に負えない非常識に見舞われても、とりあえず生きていればそのうち良い事がある。
こんな風に思えるようになっている。
どんな時でも呑気に構え、波乱に満ちた世界になっても、食い物に困る事もなく過ごしている。
俺には縁の無い話だが、ありとあらゆる災いに右往左往している人々は、これからいったいどこに向かって進めばいいのだろう。
説明会までの暇つぶしとして始めたパックサッカーだろうが、今日に限ってどんなつもりでボールになっているのやら。
全てが整った者達ばかりなら、まだ少しは救われる景色も、ペロン星人が加わって妙な形の一物をプラプラさせている。
破廉恥を素通りした醜態をものともせず、有史以来記録に無い異常気象の刹那にありながら、すでに診療所前の空き地は地球崩壊を黙示しているようである。
刺激的であればある程、おつむの中は快感で満ち溢れる性質の者達であろう事は、服を着ていても挙動からして推測は容易な連中だ。
それが、一キロ離れた難聴の患者にもはっきり聞こえる大声で、卑猥すぎて放送禁止用語にされている言葉が連呼されている。
近所迷惑な恥の下塗り二度塗り上塗り重ね塗りに、羞恥から犯罪にまで膨れ上がった一団を、見物する客が集まってきた。
もはやこの世の景色とは到底思われぬ。
あそこまで大胆な動きをもって手足を使っていると、隠すべき物など思考の片隅にもない。
ひょっとしたら、目に見えぬ衣でも羽織っているのかと錯覚してしまいそうな賑わいになってきた。
わずか数分、数十分の間に、客は加速度的に増えている。
どんな時でも人だかりには、必ず小物を売る輩が現れる。 今回のスッポンポンサッカーも例外ではない。
弁当に茶菓子やビールにジュースは可愛い方で、有朋組の若衆は、選手の脱ぎたて御パンツを恥じらいもなく売り子している。
暗黒の時代に入った世界をよそに、ここだけ活気に満ち溢れている。
しかし、この地には何もない事になっているのに、何でもある。
人類すべてが敵となった抗議活動を起こされても、何ら不思議でないだけの条件がそろっている。
人類ばかりか、おおよそこの世もあの世も含めた、周囲の意思ある者達が困窮している時に、こんな事をしていていいのだろうか。
とんでもないしっぺ返しが、手ぐすね引いて待っているのではと困惑するばかりだ。
そんなこんな迷惑な連中が繰り広げている変態球技に思考を広げていると、ハーフタイムショーと銘打って、女子部隊となった元釜の舞踊が始まった。
既に完全なる女性になったのだから、今更ハーフと唱えるのも変な説明になっている。
始める前から時間など決めていなかった試合の、どこをとってハーフタイムとしているのか、もはや男の部分は半分以下になっている。
ハーフではなく、クォーターとしてもいいくらいだ。
先ほどまでとは打って変わり、病院の地下飲食店街やアルトイーナ撲滅パーティーで見た下品さもなく、派手な衣装を身にまとい、煌びやかな雰囲気を観客に零して回る。
ピンクに染まった衣装の羽毛を一本二本と抜き、観客に押し付け、後から羽の代金を脅迫同然に徴収する有朋組の若衆。
誰の言いつけで働いている。
個人の資格として小遣い稼ぎをしているのなら、そのうち有朋にぶちのめされる。
それでなくとも、あいつの入院費不払いのあおりを受けて、いまだに有朋は凶悪犯として指名手配されたままになっている。
とはいうものの、ここまで混沌とした世の中になってくると、何が正義かも分からなくなっている。
指名手配されてはいるものの、地方に行けば義賊扱いされたりもする。
そして、若衆に対する気遣いは、すぐに必要ないと気づかされた。