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雲枕  作者: 葱と落花生
11/158

11 大金を持ち込んだ田増が芙欄で偽医者事務員

 刑事さんに一服盛って眠ってもらう。

「そろそろ始めますか」で動き始めると、小雨が降ってきた。

 これくらいの雨なら問題なさそうだが、タイヤ痕がつかない筈ではといった疑いが出てくる。

 証拠の一つ二つ有っても無くても、この刑事さん達なら思い込みと偏見で確実に誤認逮捕してくれる。

 いざ、冤罪作りに出発。


 砂防林に到着すると雨が止んだ。

 火が広がらずに、派手な煙が出そうだ。

 路面も適当に乾いてきたから、タイヤ痕もつきそうだ。

 コンディション最高。

 遺体にたっぷり銃弾を浴びせ、辺り一面に田増の血を撒き散らす。

 丁度いい頃合いに東郷の車が到着した。

 マスクを被った運転手が、慌てて降りて来た。

「見つかっちまったー。来るー、殺し屋来るよー」

 本人が来たなら、それなりに計画を変更すればいい。

 まずは火の手が広がる前に、消防所に連絡を入れておく。

 素早くガソリンを撒いて火を点け、東郷の車はエンジンをかけたまま置いておけば、そのうち乘って帰る気になるはずだ。


 追い掛けて来た車の窓ガラスが割れている。

 これ見よがしの盗難車で、よく不審に思われなかったものだ。 

 道は広く平だから歩くには楽だが、予算の都合か舗装工事が途中になっている。

 所々土がむき出しになっていて、雨上がりのぬかるみを革靴で急ぐからツルリゝよろけている。

 そうなっては辺りの樹に頼って、ドンと体当たりする。

 上から枝葉に残った滴が降りかかってくると、どぶからはい出た濡れネズミと同じで格好が悪い。

 そんなのは気にもしないで、誰も乗っていない車に向って怒鳴り散らしている。

 今、奴の頭は物事を正常に判断できないほど沸騰している。


 車の持ち主には悪いが、バズーカを一発打ち込んであげると、奴の後ろで爆発してくれた。

 重機関銃の空砲を乱射して、御出迎えしてやる。

 生きて帰れる道は、自分の車で逃げる他に残されていない。

 後先考えられなくなった東郷が、必死の形相で急発進してくれた。

 まさか、宿に帰ったら警察隊に囲まれるとは予想もしていないだろう。

 丁度いいタイミングで、消防車と東郷がすれ違ってくれた。

 あとは松林の人達が消火活動に強力しているふりをして、こちらに不利な証拠を片付ける。


 火傷を負ったふりをして、松林の住人に診療所へ来てもらうと、刑事さん達は戦争勃発のごとき騒ぎに寝ていらたものではない。

 ゴソゴソ起きて来れば大事件だ。

 東郷を犯人だと指摘してやれば水を得た魚、刑事さん達は凶悪犯が潜む宿に直行してくれる。

 車のトランクにはAPSを投げ込んでおいた。

「トランクに拳銃を隠していましたよ」

 親切丁寧に教えて、消防署員の目撃証言までつけてやったのだ、起訴できないとは言わせない。


「さて、金を掘り出すか」

 砂防林村の人達が「穴掘りが終わったら、ユンボを貸してくんねえかな」と言い出している?

 何に使うのか、深く追求するのは止めておこう。

 埋める物の見当はつく、共犯になりたくない。

 金を掘り出すと「木箱に入っているのは紙幣だけだよ。余計な梱包なんかしていないよ」田増の様子がおかしい。

 一億円ばかりでこの箱を一杯にするには、総て百円札でなければならない。

「余計な事をしやがって。うすら唐変木」怒ってやったら「一億ドルだよ」訂正された。

「全部百ドル札かよ。何したかなー。どこで両替するのかな、何で円に替えてから送らないかなー。一億ドルは大金すぎるだろ。本当に船が買えるよ、これは使えないから。マフィア諦めないから。日本海溝に沈められちゃうから。砂浜に埋められちゃうよ。しょうもないアホだものなー」

 今更何を言っての遅いのは分かっていても、一言二言三言、言わずにはこの気が治まらない。


 大金を盗ってくればいいってものではない。

 何事にも丁度好い加減というのがある。

 限度を超えたものは、危険な時限爆弾と同じだ。

 いつか破裂して巻き添えをくらう。

 急いで返そう。

「趣味で穴掘っていたら出てきちゃいました」と言えば、きっと分かってもらえる。

「貴方の住所が張ってありました」と言えば、きっと許してくれる。

 信じてくれなくてもいい。

 この際だから。


 大騒動の元凶となった田増は、亡くなったおやじさんの芙欄という名前をもらった。

 これからの仕事に役立てるのだと、偽経歴作りに没頭している。

 まったく懲りていない。

 東郷に殺してもらえばよかった。


 東郷逮捕から暫くして、クロと北山が挨拶に来た。

 逮捕協力の御礼のつもりか、上等の肉と酒の差し入れだ。

 クロは足を引き摺っている。

 命がけの逮捕劇だ、東郷の抵抗が尋常でなかったのは容易に想像がつく。

 御決りのバーベキューで、新たな情報を引き出せた。

 東郷を逮捕後、県警本部への移送を準備していると、田園地帯の中心地へ移送命令が出された。

 恐ろしく無防備な田圃のド真ん中で待っていると、米海兵隊のUH-1Nツインヒューイが下りてきて、東郷を連れて行ってしまった。

 とか言っているが、話が見えてこない。

 どこまで危険な手配犯だったんだよ。

 とっくに国際手配されていてもよかったのでないかいと思う。

 それとも司法取引でもしたか。

 日本にいてそんなことができるのか。


 無計画に警戒心なく酔っ払っていると、俺宛に荷物が届いた。

 なんと、アメリカからだ。

 オーナー受け取り拒否?

 二度目の配送で受取人不在、三度目の配達で、受取人は連邦警察による指名手配中につき配達不能。

 事前に、カジノのオーナがここに来ると連絡が入っていた。

 あおい君が大胆に木箱を開け、ドル札で送料を支払っている。

 東郷が真っ先に挙げた依頼者がオーナーで、殺害依頼の罪で手配されて日本に逃げて来るとか。

 いつ来るんだいよ。

 何でこんな遠くまで来るかな。

 逃げるならメキシコとかブラジルとか、もっと他にあるだろう。

 俺は善意の第三者で、御金を盗ったのは芙欄だから。

 ネコババしようなんて思いもしなかったから。

 刑事さんいるものなー、今はただの酔っ払いだからいいけど、酔いが覚める前にこの金隠さないとー。

 忙しいことになってきた。


 来るぞ、マフィアのボスがさあ来るぞ。

 ビビッて過ごす事、一週間。

 事件のほとぼりが冷めるどころか、まだ火種が燻っている頃。

 ヘタレ生活を余儀なくされている俺の、メンタルに追い打ちを掛けた奴がいる。

 芙欄が、診療所で働きたいと言い出したのだ。

 脛骨脳底動脈が破裂しそうになった。

 アインの部屋に籠もりっきりでどんな経歴を作ったかと思えば、よりによって医師の経歴を作っていた。

 医療現場の難題を出せばサラッと正解する。

 医師免許証を鑑定に出したら、間違いなく本物だと言われた。

 経歴確認で卒業校・医師会・厚生労働省に問い合わせると、確かにその医師は存在するとの返答が返ってきた。 

 詐欺師としての芙欄は天才だ。

 実に羨ましい。

 それでも偽医者だ。

 事務員として雇った。

 勿論、給料など出さない。

 医師免許を持った事務員は、この診療所で一生飼い殺しにしてやる。

 外で放し飼いにするよりは、世の為人の為になる。

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