105 キナ臭い世界地図の復活
勢い余って大量に逮捕したが、やはり裁判が追い付かない。
疑い様のない現行犯で凶悪凶暴な囚人は、無裁判であるプロジェクトに回された。
希少金属鉱石の露出が終わり、陸地の火山活動は終息したが、相変わらず海底火山の活動は続いている。
この火山活動を終息させるべく、元終身独房最有力候補囚人と有志による火山活動収拾案が出された。
火山活動終息の為のアクションは、金属製の土偶から始まる。
最下層に集まった者が願い、エネさんが彼らの生体エネルギーを土偶まで運び込む。
土偶の機能によってダークエネルギーを取り込んだ生体エネルギーが、火山活動の源となっているエネルギーを、施設の電気エネルギーに変換して各地に配電する。
あまり長く生体エネルギーが体と分離していると、本体が死んでしまう。
極端に活動を抑えた冬眠によって、死のリスクを下げているとはいっても、帰って来るべき場所が分からなくなってしまえば、生体エネルギーは迷って、いずれ消滅する。
いつになったら生体エネルギーが体に帰って来るかは、まだ誰にも分からない。
生体エネルギーを観察できるエネさんからの指示待ちだ。
一陣が帰ってきたら第二陣へタスキを託す。
このように連携する事で、一個体が長く生体エネルギーと解離するのを避けるのだ。
囚人には、生きて帰れば減刑か刑務所での待遇改善条件を出している。
条件を飲まなければ、裁判の後に終身独房が待っている。
嫌だと言う囚人は殆どい居ない。
罪悪感から殺してくれと言う囚人も中にはいるが、それなら尚の事、罪滅ぼしにその命使ってはくれないかと頼み込んでいる。
個人の目的は減刑であったり罪滅ぼしであったりと違っているが、成し遂げようとする事は同じだ。
不思議と一体感のある囚人と有志が、地下最下部施設に収容された。
未だ実験の域を出ていないシステムに、身を任せるには勇気がいるだろう。
生きて帰れる保証はない。
事態は治まっていないが、火山活動が若干の収縮傾向を示すと、第一陣が帰って来た。
数名は迷子に成って居るようで起きないままだ。
一陣が減刑されると刑務所に噂が広まり、公に募集する前から冬眠カプセル計画に協力したいと囚人が騒いでいるらしい。
噂は「カプセルで一眠りすれば減刑されるらしいぞ」
肝心な「生きて帰って来られないかもー」が伝わっていない。
既に予定していた人員は確保されている。
これ以上の協力は不要だと思うが、人員に上限を決めず受け付け、火山活動が沈静化しても、カプセルに人が入って行く。
開催が危ぶまれていたオリンピックも開催されるとか、そんなニュースが流れているかと思えば、オリンピック開催に合わせて建設されていた巨大ショッピングモールが完成。
モールの屋上から道路を隔てた大使館に向けて、ロケットランチャーの集中砲火があった。
御披露目の式典に参加していた記者が数人共謀した犯行で、犯行声明は出されていないが、屋上からヘリで逃走。
海まで逃げたヘリから、小型潜水艇に乗り換えて行方をくらましている。
つい昨日まで協力し合って災害からの復興を成し遂げたというのに、世界が平和であっては困る人達がまだまだ沢山いるようだ。
何かにつけて戦争の火種を撒いて歩く族に、本当の主義や主張は必要ない。
表向きの理屈をぶち上げて、後は野と成れ山と成れだ。
虐殺を聖戦とか正義の戦いとか、対する勢力はテロを許さない仕掛けたのはヤツラだと仕返しをする。
まるでガキの喧嘩だ。
ガキならガキらしく、口喧嘩で終わりにしてもらたい。
正義の戦士や世界の警察を自称しているが、所詮兵器屋の手足として利用されているだけだ。
真に人民の解放と平和を願うなら、非武装の一般人を巻き添えにするような攻撃手段は択ばない。
自身が信仰する宗教の教えに、大量無差別殺人を肯定するような一節は無いだろう。
大量殺人が許されているのは、どんな宗教でも神だけだ。
災害以前のキナ臭い世界地図が復活している時代にも関わらず、地下都市は最下部施設への移動を希望する囚人と有志を受け入れ、地下住民の数は増え続けている。
強い信念が必要な対アクエネ対策には、一極からだけ見た正義だ悪だはどうでも良い事だ。
共通の敵に対抗する協力体制が築けるなら、カプセルに入るのは誰でも良い。
今はまだカプセルからエネルギー体となって、太平洋で起こっている火山活動を安定させられる程度の人員が入れ代わり立ち代わりの状態だ。
余剰人員は地下都市で普通に生活している。
普通としたが、彼らのプライバシーは保証されていない。
街の至る所にカメラが設置され、いつどこで誰が何をやっているかを監視している。
ペロン星人のセキュリティーシステムでは、総ての人が監視対象で例外はない。
この仕組みで、常に住民の健康状態も監視している。
唯一、俺の提案が取り上げられて実現した事案だ。
最初に健康チェックで引っ掛かったのが俺。
予想はしていたが、地下にいると常に監視されているから飯も好きに食えない。
参ったな、こりゃ。
地上の診療所に逃げて来たのはいいが、特にこれといってやることがない。
すると、朱莉ちゃんが「診療所の壁が傷んでいるから塗っておいてね」真っ白なペンキを軽トラ一杯持って来た。
小さな家一軒を塗るのに、こんなにいらない。
持ってこられては、そのまま捨てるわけにもいかないし、暇してフラフラやっていると何を頼まれるか危ない。
綺麗にしたからと言って、誰がやって来るのでもないが、今は忙しいんだとの理由のために塗り始めた。
木目を生かしたクリア塗装は、新築から二年目あたりで所々剥げだして、今では雨風紫外線が及ばない一部にその面影を残しているだけだ。
カペゝになった木目をちょいと突いてみれば、ズボッと指が突き刺さってボロッと崩れて来る。
雨が当たってそのままになっている基礎との接合部に、使ってある下地と外壁は軒並みこんな状態だ。
よくも台風で吹き飛ばされなかったものだと感心する。
時々シロアリも見受けられる土台は、助かっている数ヵ所を除いて枯れた小枝と同じ強度しか保っていない。
このままあと一年もしたら、確実にこの家は倒壊する。
ペンキを塗るその前に、塗るべき相手をどうにかしないと。
塗った側から壊れていく。
悲しい現実に気付いてしまったので、少しづつ直しながらペンキ塗りをする事にした。
こうしてのんびり診療所と対話していると、十数年前にここへ越してきて、ぼちぼち自分で建てていた頃を思い出す。
あの頃は近所の人達が、随分変なのがやって来たと思った事だろう。
今ではしっかり医者として認めてくれている。
もっとも、元からの住人は、災害四の五のが始まった時から一抜け二抜けして、一家族も残っていないのが現状だ。
そのかわり、とんでもない遠縁の有朋が越してきて……はて?
徐々に入れ代わった御近所さんは、行くも来るも誰もこの診療所へ挨拶に来ていない。
派手に引っ越し祝いをやったのは有朋くらいで、バーベキュー宴会をやる度に集まってくる住人の、名前も知らなければ、どこに誰が住んでいるか、全く知らされていない。