103 人体保存装置
世界中に散らばった地域再生部隊のリーダー達は、順調にメンバーを増やしていると報告が上がって来た。
再生部隊のメンバーは、元々組織のリーダー格だった人物で、人望が厚い。
ペロン星人に教わった地球の危機を、丁寧に昔の仲間に伝えている。
ペロン星人が勝手にやった事なのに、事後の報告が上がって来るとなると、きっと俺には奴等の行動についても管理監督責任がある。
厄介な事になってきた。
誰も住んでいない地下都市に、消費期限ギリギリまで眠っている物資がある。
誰かの役に立って方もらったがいいとの思いで、備蓄物資の放出を無理矢理決めた。
シェルターから放出する物資の量は大量でも、受け手に分配されたら個々の取り分は微々たるものだ。
一日分の食料にも満たないであろうそれでも、無いよりはいい。
俺達の所にも、この備蓄品の配給が届いた。
家庭菜園で野菜にはそれほど不自由していないし、太陽電池冷凍庫には、サバイバル訓練で捕れたと持ってきてくれた何の肉だか分からないのが沢山ある。
今直ぐに食さなければならない程困ってはいなかったが、物珍しさから試食会となった。
いやー、ゲロ不味! 嫌がらせにしか思えない味だ。
一食限りで、餓死寸前の緊急事態になるまで封印する事にした。
空腹と言う名の最高位調理人以外、この味は修正できないだろう。
「この上無い科学力を誇るペロン星人の傑作だから」
ダマされたのか、あいつらの味覚が異常なのか。
世界中に配給するのをスタッフが嫌がっていた理由が、薄っすら分かった。
いくら非常食と言っても、この国の人間の味覚センスを疑われる危険食品だ。
ありがとうの一言も打電して来ないのが失礼では無く、攻撃して来ないのがせめてもの礼儀と感じた。
俺の作るバーベキューソースを、究極の美味と称賛してしまうのが分かる。
彼等の味覚中枢には、何等かの重大な障害が有るに違いない。
物資の配送作業が一段落すると、最下部施設に入れてもらえるようなった。
極秘にされていた施設が完成したからだけで入れる施設では無い。
「最下層プロジェクトで最も重要とされたシステムを、構築した人からの要望があったので入れるようになりました」と説明された。
そんな説明をされても、ロボットしか入れない建築現場に知り合いはいない。
「どこの誰だよ、また俺をいじって遊ぼうとしているのか?」
独り言のつもりだったが、周りに聞こえていたようで、朱莉ちゃんが自分を指さしている。
「ここの私、先生をいじって遊ぼうとしているのは、ア・カ・リでヒョ」
「ふーん……あー、そう。朱莉ちゃんだったんだね」
どっ! 最下部の建設には朱莉ちゃんが関わっていた。
「用事があるって言って、診療の旅に同行しなかったのはねー、あたしが最下層施設設計の最高責任者だったからなのー。ビョッ」
今頃になって打ち明けられた。
彼女は天才ばかりが集まった周辺大学の生徒の中にあって、主席卒業の実力派。
今後千年先まで待っても、地球には現れないであろうずば抜け天才だった。
今では、周辺地域三つの大学教授を兼任しているのだとか。
これについても、今の今までまったく知らなかった。
いつも家でボーっとしていて、何を考えてるのか訳の分からない子供だと思っていた。
世間では奇跡を起す科学者と呼ばれているらしい。
まだ十代だと思った、いや、しっかり十代なのだが、数学年飛び級して大学を卒業し、博士号を五つも持っている。
それ以上は面倒なので論文を書いていないとか。
自分の能力が、恐ろしく低次元なのではなかろうかと錯覚する自慢話を聞きながら歩いていると、目の前に一糸まとわぬ美女の入ったケースがズラッと並んでいる。
俺の歩みを強引に引き留めてくれた。
朱莉ちゃんの主だった仕事は、施設に設置してある人体保存装置の開発。
ここに数えきれないほど並んでいるのが、その装置のようだ。
計画としては、施設建設当時から必要とされていたが、彼女が現れるまで開発が進まないでいた。
そんな難題を、いとも容易く設計を完成させていた。
あおい君と遙や卑弥呼に連れられ、色々な施設を見ているうちに、科学技術の知識を身に着けた。
看護師を母親に持ち、診療所で生活している彼女は、自然と人体についての知識も蓄えていた。
機械と生体両方の科学に精通したスーパー科学者は、日常の遊びの延長線上に誕生していた。
この人体保存装置、単純に極低温で冷凍するといったマグロも人間も一緒にした乱暴な装置ではない。
人体の生命維持に必要な代謝を極限まで低下させる人口冬眠システム。
加えて、黒岩がサイボーグになった時に使われた治療機能まで備えている。
神をも恐れぬ恐ろしい機能を持った機械だ。
装置保管の専門エリアが最下層で、地下施設の総てがこの最下層維持と警固の為に造られている。
最下層が稼働しない限り、上層は不要な施設だ。
警固が不十分な段階で上層階に人が住まえば、最下層の施設維持に支障をきたしかねない。
それゆえ、いかに外界が混沌としても、難民を受け入れずに来ていた。
彼女は最下層建設の最高責任者という立場にあって、外界の残酷なまでの事態を知っていても鬼となり、地下施設の建設を続けて来た。
まだ十代の子供には、精神的にキツイ仕事だ。
家に帰って何時もボーとしていたのは、自身の精神崩壊を予防する手立て。
仕事の時以外は放心状態に自分を置き、総てのストレスから解放していた。
そんな努力をしても、世界の状況は彼女にとって心を壊し続ける病魔。
既に彼女はボロボロに傷ついて、崩壊寸前まで来ていた。
何とかしてやりたいが、精神科は専門外と言うか、総ての科が専門外だ。
彼女は定期的にシロに治療してもらっていた。
彼の治療が非常に優れているのは実証済みだ。
そんな先生の治療でも、追いつかない程に傷ついた精神は、そう簡単に修復できるものでは無い。
仕事が総て完璧に完了したこれからは、だだの子供。
キリちゃんの娘の朱莉ちゃんとして、平穏に過ごしてもらいたい。
最下部施設は完成したが、美女軍団以外にはまだ使われる気配はないようだ。
最下層に入れる人類に選ばれて、良かったのか悪かったのか。
地下都市の真下は総て人口冬眠装置でいっぱい状態。
人がすっぽり入れる棺桶に似た瑪瑙質の装置が、千機を一ブロックにして千五百ブロック設置されている。
百五十万人分もある。
地下なのに向こう側の壁が見えない。
地平線まで並んでいるのは、さながら瑠璃の海だ。
上部階層では、警備隊とその家族が引っ越しで忙しい動きをみせている。
そんな人達と入れ替わりに、今まで地下シェルターの建設に携わっていた行方不明者扱いの人達が、地上での生活を始めた。
最新情報によれば、エネさんと対立している過激派エネの部隊が、アクエネの宇宙船に向かったらしい。
これを追って出たペロン星人の追跡戦が、途中で一部は撃墜したものの、早くに地球を離れた過激派エネは逃げ切り、既にアクエネの母船に合流していた。
最悪の事態に備えた準備の為、シェルター周辺地域が、この時期には考えられない程急速に発展している。
すぐさま地球に総攻撃をかけて来るかもしれないと、緊迫した日が数日続く。
すると、アクエネは道中観光しながら来る気か、方向を大幅に切り換え、地球から離れて行ったとの一報が入った。
どうしたのか、逆に不安になっていると、追跡船からの連絡が入ってきた。
地球の追跡船とアクエネの偵察部隊との話し合いは結局まとまらず、巨大な宇宙船が現れて中に消えてしまった。
この機会を逃しては攻撃する事もできないからと、特攻を仕掛けたと言うのだが、思い切った行動に出たものだ。
一歩間違えれば地球を滅ぼしかねない愚作だが、これが間違って効果てきめん。
この対応に驚いたアクエネは急旋回して、地球から遠ざかって行った。
暫くは安心していて良いとの報告だ。
これにより、思いがけずヘタレだったアクエネのお蔭と言うしかない平穏な日々が流れる事になった。