1 十五で死んで十五で生きて 一
十五に成ったばかりの頃、目の前で親友が倒れたと思ったら、そのまま死んじまった。
人は思っているより、簡単に死んでしまうものだと感じた。
それから半年もしないで、ダンプのケツに盗んだバイクで突っ込んで頭蓋骨をかち割った。
気付くと、枕元で手術着の親父が煙草をふかしていた。
そして、誰かに必要とされて生き残ったのだと勘違いした。
小春日和に誘われ、何時もの路を海へ向かう。
持病が悪化して寝込んでいた。
随分と前に歩いたきりで、道行伺える様子はがらりと変わっている。
海に流れ込む河の堤に出てみれば、冬の雀に御裾分けか、天辺に採り残した柿の実が美味そうだ。
腹を空かせたガキの頃、柿を盗んだその度に追い駆けて来たこの家のかあちゃんも、今は背中を丸めて万年火燵に座ったきり、頬をべたりと火燵板に任せてこちらを眺めている。
まんざら知らない仲でもない。
手を振り、柿を二つ三つもらう。
柿か婆か、それとも別の何かを狙ってか、烏が家の真上でグールグール舞っている。
きっと、婆だ。
親切心で、石つぶてを投げつけてやった。
見事不吉な鳥をかすめ慌てて逃げ惑う。
落ちた石の行方を見回せば、窓硝子に微かなひび一本。
それから、時々見掛けるキジトラも攻撃していたらしい。 猫は伏したまま足をピクピクさせている。
可哀想な気もしたが、酒の肴を盗みにくる泥棒猫だ。
畜生らしい警戒心を失い、ボケーと歩いていた御前が悪い。
暫く気絶していろ。
硝子にひび一本入れたのは、御前の仕業にしてもらえる。
河口の近くに雑貨屋があって、散歩の時はここで缶珈琲を買う。
昔は小さな駄菓子屋だったが、今では年中無休で商いをしている。
幼馴染のオーナー店長が、駐車場を広げるのに母屋を壊して近くに越して来た。
引っ越し祝いの日、酔った勢いでブロック塀を蹴っ飛ばしたら、猫が通れる程の穴がポッコリ開いた。
弁償を迫られたが、手抜き工事の補償を請け負うつもりはない。
それからというもの、缶珈琲を買う度に十円余計に払わされている。
修繕に十分な金が貯まっていないと、塀の穴はそのままだ。
店の前には、色艶の良い黒猫がゴロゴロと呑気だ。
クロと呼ばれているこいつは、客からの施しで食いつないでいる。
他にうろつく野良猫よりもデップリといい体格で、辺りの親分猫といった風格が出ている。
実はこの猫、雑貨屋の猫ではない。
ここから少し歩いた交差点の角にある、スクラップ屋兼中古車屋で飼われている。
ガキの頃から付き合いのあるシャコタンとあだ名した奴がやっていて、売り物を展示した広場の裏には、鉄屑となった車が山になっている。
誰が見ても、スクラップからの成り上りを売っている。
雑貨屋で缶珈琲を買い、車屋の前まで歩いてみたが、店には臨時休業の張り紙。
外を掃除していた店員に事情を尋ねると「サーキットでレース中にー、スピンした車と接触事故してー、大怪我したっす。気合い入れて入院中っす」
命程の怪我ではないが、近くの病院に入院しているようだ。
困った奴だ。
ビールでも持って見舞いに行ってやるか。
話し相手がいないので、近くの社で珈琲休憩にした。
柿の種を一つ一つ地蔵に供える。
色々な種撒きを試してみたが、地蔵から芽が出た事はまだない。
珈琲も少しだけ残して、一番偉そうな地蔵に供える。
江戸の時代よりずっと前から、この盛り土はあったと伝えられている。
台風の後に大きな地震があり、八人のどざえもんが打ち上げられた。
哀れに思った村人がこの地へ丁寧に葬った。
しかし、翌朝には墓が暴かれ、遺体がそっくり消えていたと言う薄気味悪い伝説だ。
社に潮騒がはっきり聞こえて来る。
磯の香も強い。
風向きによっては高く舞い上がった白波が、天気雨のように降ってくる。
ジリジリと暑かった今年の夏、海水浴客で繁盛していたアイスクリーム屋も、今は松林の入口で細々と焼き芋を売っている。
用心深く、鬱蒼と薄暗い林の奥に目を凝らせば、ちらりほらり振る手が見える。
ここに住み着いた、自然をこよなく愛する人達だ。
ブランチの支度をしていたと言うが、火の気はあるのに食えそうな物が見当らない。
目ざとく、袋でぶら下げていた鴨をねだられた。
途中で行き会った鴨釣りの爺さんから、柿と引き換えにもらったものだ。
どうせ一人で一羽は食いきれない、適当に取分けてくれるよう丸ごと預けた。
遠慮深くも彼等は総ての身を剥ぎ取り、残った骨だけで良いと身の部分をそっくり返してよこした。
鴨肉から出る脂は香りこそ良いが、胃袋に重たくて好みではないそうだ。
ガラで出汁を取り、うどんを茹でるから帰りに寄るよう誘われた。
海岸を歩き乍ら、色々と考えた。
林に住む人達には、定職に就く気なら何処でも歓迎する学歴を持つ者も少なくない。
裏社会にあって天辺を目指していた者もいる。
どこかで行き違いがあったのだろう、組織の中に置かれて窮屈に感じ、思い切って飛び出してはみたものの、一人では生きて行けない事を思い知らされた。
そんな訳あり達が何時の間にか松林に集まり、そしてまた懲りずに住み難い人の世を作っている。