さまよう手
「‥なんだその手は。」
「‥‥‥寒いと、おっしゃるので‥‥」
部屋に来たアルフレッドは、禍々しいオーラを放ちながら真顔で言う。
この光景を見て、沸き立つ気持ちはわかっている。
乃愛の胸元にアレクサンダーの手が沈む。
アレクサンダーは大量の汗をかきながら答えた。
「殿下、仕方ないのです。」
「レジス!!お前が居ながら!なぜ止めない!」
「仕方ないじゃありませんか、寒いんですって。
でもほら見てください、顔色が少し良くなったと思いませんか?」
のほほんと笑っているのはレジスだけだ。
アルフレッドとアレクサンダーは奥歯を噛み締めていた。
嫉妬に駆られたアルフレッドと少しでも動くまいと像のように動かないアレクサンダー。
「ノア様がそうなさったのです。仕方ありません。」
やれやれとレジスはため息をついた。
「そんなに寒いのなら私の手も貸してやらねばな。」
そう言ってアルフレッドは、乃愛の眠るベッドの脇に腰掛けて手のひらを乃愛の背に当てた。
その行動にピクッとアレクサンダーが反応する。
この混じり合う体温にもう一つの体温が混じり合う。
「‥‥お前の仕事は護衛である。看病じゃない。」
「心得ております。」
「ならばその手を引け。」
「っ‥‥‥聖女様が‥起きてしまいます。」
「案ずるな、私がノアを温めよう。その手をどけろ。」
「しかしっ‥」
「どけろ!どこに手を」
「私だってこんな形は望んでませんっ」
「どんな形ならいーんだよ!」
「殿下こそ招き入れられてない女性のこの場所に手を入れるおつもりですかっ?!」
「そっ!そんな訳あるかっ!!とりあえず離せって!」
「あっ‥‥ゆっ!揺らさないで下さい!」
「なぁに?!」
「ゆっ、揺らさ‥‥ぐっっ‥‥‥起きちゃいますっ。」
「どこが起きるって?!えぇっ?!」
乃愛の眠る間に繰り広げられる闘い。
二つの声が飛び交い、乃愛は眉を顰めた。
うっすらと瞼を開くとぼんやり見えるアルフレッドとアレクサンダー。
揺らさないでだの、起きてしまうだの、
「‥‥ぅるせ‥‥‥」
ボソリと乃愛がこぼす。
「「!!!!!」」
ビクッと2人の身体が飛び跳ねる。
その拍子と共に乃愛の柔らかい部分も揺れる。
「んっ‥‥」
乃愛から艶めいた声が漏れた。
「うぅぅっ」
アレクサンダーが顔を真っ赤にして唸った。
その苦渋の顔を見て乃愛は思い出した。
「あ、忘れてた‥‥」
アレクサンダーの手首を握り、自分の胸で挟んでいたんだった。
「アレクサ、忘れてた。」
するりと乃愛はアレクサンダーの手を離す。
「いえっ!」
ビュン!っと光の速さでアレクサンダーは自身の手を引っ込める。
「それとアル‥‥あんたは何してんの?」
ふと感じる背をさする温もり。それを問われたアルフレッドも頬を染めて明後日の方を見て眉を吊り上げる。
「さっ‥寒いんだろっ!だから俺もノアを温めてたんだ!」
「ぁ、そう‥‥‥」
特に気にも留めず乃愛はそのままアレクサンダーを見ていた。
真っ赤になったアレクサンダー。ちょっと小刻みに震えている。まるでチワワ‥
「‥‥アレクサ、嫌だったなら離せばよかったのに。」
「いっ‥‥いえっ‥‥そんなっ‥‥」
「起こさないようにそのままだったのね。」
「お疲れの聖女様の眠りを妨げる訳には参りません‥」
「真面目か。」
呆れた様に半笑いで乃愛は呟いた。
むくりと起き上がり乃愛はアルフレッドに視線を向けた。
「アル、もういいわ。だいぶ温まったから。」
「そ‥そうか‥‥」
少ししょんぼりした顔のアルフレッド。行き場を無くした手をぼんやりと見た。
むくりと身体を起こした乃愛は、軽く身体を伸ばした。首を左右に倒してうーん、と考え込む。
「平気か?ノア。」
「変な感じが、頭のてっぺんからつま先まで行き渡ってる感じ‥‥。」
「おめでとうございます聖女様!!」
一際大きな声に乃愛は身体をビクッと震わせた。
「なによっ」
満面の笑みのレジスが乃愛に近寄る。
「先程は見事な儀式でございました!ダイヤモンドの刃、そして黒曜石まで、これはとても珍しいお力なのですよ!歴代の聖女様達の神通力は似たり寄ったりで、あ、もちろん軽んじてる訳ではありませんよ?なんて言うかこう、皆様ささやかで!それはそれで美しいものでしたが、ダイヤモンドで張られる結界だなんて!この国が光り輝く事は間違いなくノア様がヒジリ様の様な偉大な聖女様になること間違いなしです!」
興奮したレジスから身を引いた乃愛。
「熱量うざ」
「レジス、落ち着けよ。儀式でノアか疲れてるだろうが‥‥」
シッシッと手のひらを揺らしアルフレッドは乃愛からレジスを遠ざけた。
ギラギラした目のレジスは少し後ずさったが、乃愛を見る目は燃えている。
「‥‥‥」
壁に背を預けていたアレクサンダーは、乃愛をぐっと見つめた。
聖女と言うだけでなく、偉大なる力を持つ聖女。
その言葉だけでどんどん遠い存在に思える。
そんな聖女の護衛を、いつまでも自分のような身分の騎士に任せて貰えるかわからない。
胸を熱くする温もりはまだ残っている。
だが、とても遠くなっていく。
だが、乃愛はいつもの無表情に加えてムスっとした顔で俯いた。
「・・・・別にいいのに・・・・」
「ノア?」
「なんでもない。」
アルフレッドが乃愛の顔を覗き込んだが、乃愛はフイっと顔を背けた。
「・・・・これから、あたしはどうすれば・・・・」
小さく呟いた。
「・・・ノア、この後城で君のためのパーティーがあるんだ。」
「はぁ?聞いてない!」
「・・・あ、うん・・・嫌がると思って・・・・。」
アルフレッドの控えめな態度に、乃愛は湧き出た怒りがしゅんと萎んだ。
私は・・・ここに来る時・・・・。
申し訳なそうなアルフレッドの顔、城に置いてきた過去の世界。
少しだけ捨ててきた・・・。
じゃなければ、こんな儀式を受ける気など起きなかった。
この世界へ連れてきた彼、儀式までの間気を使ってくれた王子様。
「・・・わかったわよ・・・出ればいいんでしょ・・・・。」
力なく、乃愛は呟いた。
「え・・・?」
その小さな肯定の言葉に、アルフレッドは乃愛を見つめた。
その横顔は、無表情だったけれど、確かに彼女は。
「出て・・・くれるのか?」
「・・・あたしだって・・・なんの決意もないまま、ここまで来たんじゃない・・・。」
「ノア・・・・。」
確かに肯定だったけれど、見つめた乃愛の顔はとても寂し気だった。
「・・・・・ごめんな・・・・・。」
誰にも聞き取れないほど小さな声で、アルフレッドは呟いた。
とてつもなく、悪いことをした気がした。
この国の伝統、聖女召喚の儀式。先代の聖女が亡くなり自分が乃愛をここへ連れてきた。
故郷を、捨てなければならなくなった彼女。
知らない世界、国に連れてこられて。
慣例に従っただけだった。けれど、こうやって聖女たちは、たくさん諦めて‥。
ただこの国を護り死にゆく‥
否定してはいけないのだ。自分はこの国の王太子だから・・・・。
けれど、こんな表情を目の前にして、喜ぶなんて出来ない。
だから・・・・護らなければならない。
誰よりも、誰よりも・・・・。
アルフレッドはベッドから立ち上がり、乃愛の肩に両手を置いた。
「ノア、ありがとう・・・・。」
「・・・・・・・もう、いいの。」
部屋の窓から差し込む日差しは眩しく、二人を照らした。
乃愛の決心を、無駄にはしない。
アルフレッドは、固く心に誓ったのだ。
乃愛を、必ず幸せにしなければならない。
どんな形であっても・・・・。
アルフレッドは、乃愛の肩から名残惜しく手を離した。
そして、また柔らかく笑みを浮かべた。
「ノアのために、パーティーのドレスを用意してるんだ。今度は引き裂かないでくれよ?」
乃愛の返事はなかったけれど、アルフレッドが差し出した手に乃愛は初めて触れた。
「努力する・・・・。」
前向きとは言えないけれど、力なく答えた乃愛にアルフレッドは笑った。
「俺がエスコートするから、ノアは心配しなくていい。」
「・・・・いや、それはいい。」
触れた手をパッと放して乃愛はすぐに離れた。
「もう帰ろう。それでいいんでしょ?」
一瞬の出来事だった。触れた手はまたぬくもりを求めているけど、
アルフレッドはぎゅっと握りしめた。
「ああ、帰ろう。馬車は用意してあるから。」
「・・・・・うん。」
頷くと、乃愛はヒールを鳴らして歩き出した。
「ほら、アレクサ・・・いや、アレク・・・・連れてって。」
乃愛はアレクサンダーに声をかけた。
「・・あ、え・・・・?」
乃愛はアレクサンダーを見つめた。それは誰もが初めて見る。
穏やかな乃愛の笑みだった。
「アレクサンダーって名前は長いから。」
「・・・・ぁ・・・・」
「それとも、その、愛称であたしに呼ばれるのは嫌?」
「まさかっそんな滅相もございません。」
両手をブンブンと降り、アレクサンダーは頬を染めた。
「じゃあいいじゃん。アレク。あたしの護衛なんでしょ?あんたがあたしを連れていきなよ。」
「・・・は、はい・・・・。」
アレクサンダーは、聖女の光輝く笑みに立ち上がった。
「では、参りましょう・・・・。」
「うん。」
腰を折ったアレクサンダーに、乃愛は手を差し出した。
「ヒール高いんだよね。手、引いてくれる?」
「え、あ・・・かっ・・・畏まりました。では・・・・。」
アレクサンダーは乃愛に手を差し出した。その手に乃愛は控えめに手をのせた。
「じゃあ、行こう。アルも。」
アルフレッドに振り返った乃愛、少しだけ力が抜けた表情にアルフレッドは胸を打たれる。
「・・・ああ・・・・。」
行き場のないのは、手だけじゃない。心もだ。
アルフレッドの心に、ダイヤモンドの矢が刺さったような気がした。
読んでくださりありがとうございました。




