その足が向かう先へ
「・・・・嫌か・・・・?」
「・・・別に・・どうでもいい。」
アルフレッドの問いかけに、乃愛はその衣装から目を逸らした。
本当に何もかもがどうでもいいようなその声色だ。
そして、アルフレッドが乃愛を包んでいたかのようなそのソファーから、乃愛は立ち上がった。
「あたし、お風呂入るからもう帰って、おやすみ。」
「ノア!」
アルフレッドは思わず立ち上がり乃愛の後を追いその細い手首を掴んだ。
「ノア、気に入らないなら仕立て直す!」
「何言ってんの。」
「いや、君の意見を聞くべきだった。もっとこう・・・デザイン画を見るとか・・・・。」
「どうでもいいって、あたし言ったわ。」
「・・・・・・・。」
静かな息の詰まりそうな時が流れる。
「殿下・・・お止めください。」
「!・・・・。」
ビリーの声にアルフレッドは乃愛の手首を掴んでいることにハッとした。
「すまないっ・・・・。勝手に・・・。」
「・・・・・・・・・・・・」
アルフレッドは乃愛の手首から手を離した。
乃愛は何も言わずにバスルームに消えていった。
その背を見送り、アルフレッドはまた肩を落とす。
「・・・・手伝いをしてやってくれ。」
メイドに向け命令した。その命に一礼しメイド一人が乃愛の後を追いバスルームに入っていた。
「・・・・直すなどと、そんなの無理です。」
ビリーがぴりついた声で言う。
「そんなの・・・聖女のためにするのは簡単だ。」
「無茶言わないでください。この衣装だって急いで作らせたんです。職人たちの苦労にも目を向けてください。あまりその目を曇らせないで頂きたい。」
「・・・・・・・・・」
ビリーの言葉は最もだった。ノアが現れてから、何もかもが狂っている。
アルフレッドの日常に乃愛が頭の片隅にいつもいる。
確かに二日後の儀式に仕立て直すのは職人たちは大変だろう。
だが、さっきの横顔を見たら、どんな無茶も聞いてあげたいほどだった。
自分が一番、理解をしてあげなきゃいけない存在だ。
自分が連れてきた異世界からの聖女。
なんでもしてあげたい。その悲しい顔を少しでも。
元の世界を失わせてしまったのだから、新しい世界になってあげたい。
彼女がこの場所で生きる理由になりたい。
聖女という立場も・・・・そして、彼女を笑顔にさせる・・・・
そんな存在になりたいと。
「・・・・ぁ・・・・」
アルフレッドは、片手で胸元をキュッと掴んだ。
そんな存在とは・・・・俺は、彼女の・・・・・・。
俺は、彼女を・・・・・。
ドクンドクンと大きく胸が鳴る。これが、アレではないならなんなのか。
この胸の高鳴りは・・・・・きっと・・・・・。
「殿下、お時間です。まだ執務も残っております。儀式に関するものもあります。」
「ああ・・・・。ノアのことをよろしく頼むぞ。何かあればすぐ知らせを。」
「畏まりました。王太子殿下。」
残ったメイド一人がアルフレッドに一礼した。
「・・・・・・・」
ジェフリーは、扉の前でアルフレッドの後ろ姿に首を傾げた。
殿下のあの眼差し、あれは好きな人を見る目だ。
あんなに優しい目を向ける殿下は初めて見た。
たまにやってくる婚約者のミレイユ嬢にもきっと見せたことはない。
「それにしても、絶世の美女とは・・・・聖女は恐ろしいねぇ。」
ジェフリーはまたニコッと笑った。
アルフレッドがいる間見ていた乃愛は本当に美しかった。
あの顰めた顔しか見れなかったけれど、アルフレッドがいる間見せた彼女は笑顔こそなかったが、
とても綺麗だった。アレクサンダーが必死になるのも頷けるし、アルフレッドの態度もだ。
うっかり気を抜くとその瞳に吸い込まれそうになる。
「あぶねーなぁ・・・・」
ジェフリーは苦笑いを浮かべた。
うっかり恋心を持ったら、恋敵はこの国の王太子と、最強の騎士。
首とサヨナラしてしまう。
「みんなにも言っておこ、うっかり落ちるなって。」
そうつぶやいて、気を引き締めた。
アルフレッドが部屋から出てからその1時間が経った頃。
目の前を大股で歩いてくる。その姿を見てニヤリと笑った。
「おやぁ?ちょっと早すぎない?ちゃんと寝たの?」
「・・・・・。もちろんだ。」
仏頂面のアレクサンダーが答えた。
「聖女様は?」
「ああ、聖女様なら先ほど夕食を食べたよ?」
「ほんとか!?」
その事にほっとしてアレクサンダーは少しだけ力が抜けた。
このまま何も食べないで過ごすかもしれないと懸念していた。
「ああ、先ほど殿下もいらしたし、今ごろ聖女様は入浴を終えたころじゃないかな?」
「そうか・・・・よかった。」
険悪だった雰囲気のまま分かれたアルフレッドとも過ごした。少しもやもやしたが、
このまま閉じこもるよりマシだ。
「・・・・ふふん。」
アレクサンダーの顔を見てジェフリーは更にニヤリと笑みを浮かべた。
「なんだ・・・・?」
その顔に怪訝な表情を浮かべた。この顔は何か良くないことを考えているジェフリーだ。
「ま、俺の出る幕はなさそうだけど。・・・聖女様、天使のように美人だなぁ?」
「!!・・・・。」
その言葉にアレクサンダーはピクリと眉を動かした。
「それにあの服!あれが異世界の服なの?すっげぇな!!!異世界。」
「お前・・・目を抉られたいのか?」
闇のようなオーラがアレクサンダーを包む。
「へへっだぁって見たことねぇもん。あんなに肌を晒して歩いてる女見たことあるか?」
「女だと?あのお方は聖女様だ!そんな軽々しく言うな!」
「まぁそんなムキになるなよ。俺なんか眼中にもありませんって感じ。」
「聖女様はそういうお方だ。」
「ふぅ~ん?名残惜しいが早いとこあの麗しい肌は隠して頂けないと護衛する身が持たないな。」
「・・・・・ジェフリー?」
そろそろ怒りの頂点に達しそうなアレクサンダー。
「わかったわかった。じゃ、交代終わり!!じゃあな。アレク。」
そう言って肩をポンと叩くとアレクサンダーとすれ違い遠ざかっていく。
さっき、アレクが居ないと知った聖女の表情。
その事は、アレクには内緒だ。
「あーたのしっ。」
ニコニコしながらジェフリーは宿舎へと向かった。
扉を前にしながら、アレクサンダーが肩を落とす。
せっかく扉を開けてくれたのに、会えなかった。
出来ればその場に居たかった。
急にジェフリーが居たことに、驚いたか。
彼女なら、きっと涼しい顔をしたかもしれない。冷たい声であっそう。とでも言ったかもしれない。
中から僅かに水音が聞こえる。入浴中。いつからなのか分からないが、彼女はメイド達と一緒にいるはずだ。
「・・・・・俺一人で・・・護りたいなんて・・・・我儘だよな。」
結局ベッドに入ったものの、意識が飛んだのはほんの30分程度。
目の前に聖女が両手を伸ばしてくるように舞い降りてくる。そんな浅ましい夢からハッと目を覚ました。
翼があるように、ゆっくりと舞い降りる。
夢の中の彼女も、美しかった。神々しかった。
居ても立っても居られず、早くに戻ってきてしまった。
落ち着かなかった。
やがて水音が止むのが分かった。
少しばかり長い時間の後、メイド2人が部屋の扉を開けた。
「聖女様、おやすみなさいませ。」
一礼したメイド、アレクサンダーは部屋の中へ目を向けた。
「お疲れ様‥。」
メイドに向かってそう言った乃愛の目に、アレクサンダーの姿が映った。
「!」
アレクサンダーを見て、乃愛の目を丸くする。
「‥‥‥アレクサ。」
ぽつりと呟いた。
アレクサンダーは聖女だけがそう呼ぶ愛称に、顔を緩ませた。
「聖女様、おやすみなさいませ。」
「‥‥‥‥‥えぇ。」
乃愛はアレクサンダーから目を背けてベッドに向かった。
またこの扉は閉じられた。
アレクサンダーはメイド達を見て声をかけた。
「聖女様は、夕食を召し上がったのだろ?少しは健やかに過ごされたか?」
アレクサンダーから声を掛けられたメイド2人は頬を赤らめた。
先に言った通り、アレクサンダーは容姿端麗の美男だ。これが通常だった。
「は、はぃ‥‥昨夜よりは召し上がっておりましたし、殿下がいらしてから落ち着いた様子で御座います。」
「ぁ‥‥‥そうなのか‥‥。」
その後もメイドはあれこれ恥じらいながら言っていたが、あまり耳には残らなかった。
アルフレッドと過ごして、少し心が穏やかになった。胸の中を渦巻くこの感情がなんなのかわからず、自分が離れた時には様々なで出来事は起きていた。
だが、自分に目を向けた乃愛の少し驚いた様な表情、あれは一体なんだったのだろう。
「・・・・・・・・・。」
乃愛は、部屋に置いていかれた聖女の衣装を眺めていた。
この世界は、日本とは違う。魔法もある、物語の様な世界。
これは、とても綺麗なドレスだ。
でも、これを身に纏って儀式に出たら、本当に、もう元の世界を無くしてしまう。
そう思った。この世界に来たもの。自分自身と、カバン。
私は、この世界に染まっていくんだ。
さっきだって、アレクサの姿を見て、ほっとした自分がいた。
恋しかった訳じゃない。
けれど、自分を護ると言った彼が、そこにいると思うと何となく不安が紛れる。
彼だって、この世界の人間なのに・・・・。
「儀式・・・本当に、あたしには何か特別なものがあるの?」
二日後の儀式が、自分の世界との決別式。そうなるのだと感じた。
儀式までの二日間、乃愛は食事や入浴以外、メイドやアレクサンダーを呼ぶことはなかった。
アルフレッドが時々やってきて、何か話してくれるがあまり耳には残らない。
儀式への不安はない。けれど心は焦っていたかもしれない。
だけど、言葉にはしない。
私は、心を、誰にも見せない・・・・。
儀式当日、乃愛は部屋の扉を開いた。
そばにはアレクサンダーが控えていた。
瞳を閉じて腰を折る。
「聖女様、おはようございます。」
「・・・おはよう。」
声色は、ひどく冷え切っていた。
だが、この扉から足を一歩踏み出す。
足は、この地につく。少し履き慣れない純白のピンヒール。
「!!!」
瞳を開いたアレクサンダーはその踏み出された足元にぎょっとした。
恐る恐る目線を上げていく。
あの美しい聖女のドレスは、綺麗に切り込みが入ったスリットが出来ていた。
そこから露わになる美しく艶めかしい細い足。
「あのっ聖女様っ!!」
思わずアレクサンダーは乃愛を呼び止めた。
「なによ。」
「そのっ・・・その装束はそのような・・・・」
頬を染めたアレクサンダーの顔を見て乃愛はニッと口角を上げた。
「足見すぎ。」
「ぉふっ・・・・すっ・・・すみません・・・・。」
「アレクサ、護衛なんでしょ?案内してよ。」
「は・・・・はい・・・まずは、殿下と合流を・・・・。」
コツンとヒールの音が鳴る。
背筋を膝をピンと張り一足一足が交差する様に前に伸び進む。
扉から出てきた聖女のドレスのスリットが靡く。
コツコツと鳴る音は、確実に儀式へと進む。
アレクサンダーは、その後ろ姿を見て意識が飛びそうになった。
聖女の衣装がきらきらと光って見える。
窓から差し込む陽に反射して、何もかもが神々しく美しい。
アレクサンダーの腰から下げた剣がチャキンと音を鳴らした。
その姿を追う。美しいものに魅了された、ただの一人の男だった。
「ノッ・・・・ノアっ?」
「んなっ!!!」
やがて、長い廊下を歩いていると、目を丸くし驚いた着飾ったアルフレッドとビリーと出くわした。
もちろんアルフレッドは乃愛の部屋に向かっていたのだが、
聖女は聖域を飛び出しピンと背筋を伸ばしこちら堂々と歩いている。
赤いカーペットを歩く乃愛は、花でも舞っているかのような幻想を思わせる程美しい。
この様な歩き方も見た事がない。魅せつけるような足の運びだ。
「あぁ、アル、おはよう。神殿に行くのよね?また馬車に乗るの?」
「そっ・・・・だっ・・・・・あっ・・あの、なんでっ・・・。」
顔を真っ赤にするアルフレッド。アレクサンダーと同じだ。
「なぁんですか!そのっ!!!そんなっ・・まさか引き裂いたのですかっ!」
唯一まともと言われる反応をしたのはビリーだった。
乃愛のドレスのスリットに、目を三角にして声を荒げる。
「誰だっけあんた。」
そう言って、乃愛はスカート靡かせ、長い髪を払ってビリーとアルフレッドの真ん中を通り過ぎた。
「早くしてよ。玄関覚えてないわ。」
それでも歩みを止めない。その姿を追うアレクサンダー。
驚きで行動が遅れるアルフレッドが正気に戻り乃愛の後を追った。
「ノア!待ってっ!!ちょっと待って!!いつの間にそんなことになって・・・・」
「いう通り着たじゃない。文句はないでしょ?」
コツンコツンと乃愛の足は止まらない。
「いやっ!違うっなんか違う!!」
「あたしの気が変わらないうちにさっさと済ませるの。」
「いやっ!そういう問題じゃっ」
「聖女様ともあろうお方がそんな素足を露わになさるなんて!!」
「だからあんた誰なのよ。」
「ビリーです!!!!私は殿下のお出ましの時にちゃんとっ」
「ごめんね。あたしは覚えてないわ。」
「んなっ!!!なぜっ!!なぜそのようなっ!!」
「うるさいわね。アル、その人黙らせておいてよ。」
「いやっあのっ!!あぁもお!!!!ビリーちょっと黙ってろ!!」
「殿下!!!あの女のいうことをお聞きにっ!?私は長年殿下にお仕えしているのに!!」
「そういうことじゃない!!いいから少し黙ってろ!!!」
シーッ!とアルフレッドは口元に人差し指を当ててビリーに向けた。
怒りが収まらないビリーは違う意味で顔を真っ赤にする。
「・・・・・・はぁ・・・・・・。」
アレクサンダーは静かにため息をついた。
聖女様を止めることは誰にもできない。ビリーの言葉は届くことはないだろう。
それなら静かに聖女を護り歩いたほうがいいと思った。
これから大勢の人々にこの姿を見せるのだ。
この、艶めかしい聖女の片足を・・・。
本当は嫌だ。なんか嫌だ。
外に出た一行はアルフレッドの護衛達と顔を合わせることとなる。
「聖女様の馬車はこちらです。」
アレクサンダーは馬車の扉を開くと、そっと手を差し出した。
「あそ、どうも。」
乃愛は差し出された手を取り、ドレスの裾を持ち馬車に乗り込んだ。
ぼーっと向けられる視線はすべて無視だ。
「はぁっ・・・なんでこんな・・・・・。」
「・・・・・・・・・」
ビリーが怒りで頭をぐしゃぐしゃかき乱している間にアルフレッドは少し頬を膨らませた。
「俺の手は取ってないのに・・・・。」
アルフレッドは、エスコートの手を取ってもらえなかった事を根に持っていた。
何事もなくアレクサンダーの手をとった。モヤモヤとした気持ちが沸き上がる。
「なんだよっ・・・・。馬車まで違うしっ・・・くそっ・・・・・。」
ぼそぼそと愚痴をこぼしながら、アルフレッドは自身の馬車に乗り込んだ。
読んでくださりありがとうございました。




