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王子と騎士の

 

「アレクサ、灯を消して」

「‥‥畏まりました。」



 一呼吸置いて、アレクサンダーは乃愛の部屋の蝋燭の火を消した。



「では、私は扉の外で控えておりますので。」

「・・・アレクサ、寝ないの?」

「貴方様の部屋の外で御守りします。」


「ここって、そんなに物騒なの?」

「いえ、そうではなく‥‥」


 アレクサンダーは、暗い部屋の中で、静かに口を開く。



「聖女様が、安心して眠れる様に‥‥。」




「‥‥‥‥。」



 乃愛はベッドの中で、目を見開いた。

 これはアレクサンダーの真心だ。



「聖女様が、私には不安そうに見えました。

 ですが、そのお心が少しでも安心できるものになれば嬉しいのです。」


「‥‥徹夜した明日の貴方は、あたしを守れるの?」

「私には、寝ない日等よくある事です。聖女様、私のことはどうぞお気にせず、お眠りください。」


 それは義務的で感情など伴わない声色だった。



 気まずい会話で幕を閉じたアルフレッドとの夕食のあと、メイド達にこの世界のナイトドレスに着替えさせられ、ただでさえ落ち着かなかった。この歳で着替えをしてもらうなんて。

 私の服を脱がせたメイド達は、それはそれは不思議そうにセーラー服を見て居た。

 この世界にはこの世界の服がある。

 アルフレッドが帰り際に私の服を用意するために仕立て屋を呼ぶと言って居た。


 メイドが持ち去ろうとした制服を慌てて取り返した。


 〝この服は、あたしの唯一なの、だからどこにも持って行かないで。〟




 私はアレクサンダーの言う、不安気な顔をずっとして居たんだろう。



 子供の頃から、どこか冷めていて、それでもそれが私の個性だと思って居た。



 聖女とは、こんな冷めた女を選ぶのだろうか?

 漫画の様なキラキラした心優しい女の子が、この世界のために来た方がよっぽどいいのに。


 私はこの世界に来た聖女と言う事を受け入れられない。



 さっきの夕食での会話は不快だった。




「では、おやすみなさいませ。」


 返事を返さなかった。アレクサンダーが部屋を静かに出て行った。


 暗い部屋と、慣れないベッド。自分ではない香り。着慣れない服の心地。


 枕元に置いたスマートフォンはもちろん圏外だったけど、まだ充電は満タンだ。

 けれど、時間は自分がこの世界に来た時を示し止まっているのだ。

 それを握りしめて、ギュと瞳を閉じた。



 目が覚めたら、現実に戻れないかと、願いをかけながら。




 それでも、寝付くことは出来ないから、

 きっと戻れはしないだろう。








「‥‥‥‥‥聖女とは、あんなに美しいのだな。」



 扉を背に、アレクサンダーはつぶやいた。緊張が解けたのはアレクサンダーだった。



 あんなに綺麗な目をした人を見た事がなかった。この世界にはない色だ。



 なるほど聖女とは美しさが基準なのかと錯覚するほど。

 そして、冷めた言葉を口にしながらも・・・・。



 先程の言動。明らかに彼女は怒っていた。

 私を不憫だと思ったのだろうか。実力はあれど男爵位。

 彼女の言った通り。自分は騎士入団の試験から疎まれる存在となった。

 自分より爵位の上の者を負かせて、理不尽な差別にあった。


 努力した。小さな頃から騎士に憧れていた。立派な騎士になりたくて

 騎士団入団の試験に挑み、入団を果たした。


 それなのに、立派な騎士とは一体なんなのかと思うほど。


 爵位で何者にもなれない存在ならば、自分は捨て駒にしかならない。



 だが、なってなるものかと。今日まで生きてきた。




 そしてようやく・・・・神は、褒美をくれた。





 この世界に現れた聖女を守る騎士。






 不服そうな顔は何度も見た。見飽きた。けれど、もう誰も口出しは出来なかった。


 だから、本当はよかったのだ。




 だが、自分の些細な言動が、彼女が、それを汲み取り怒りを露わにした。



 嬉しかった。遠い昔に閉まっておいた幼い自分の悔しさを、彼女が・・・・・




 聖女が、浄化した・・・・・。



 まさに、聖女が・・・・現れた。





 そんな彼女の、その瞳が不安気に揺れるたびに、

 この心が護りたいのだと胸を打つ。


 守れ、彼女を守れと‥‥‥。



 この国にきた聖女は、この国を護る尊き宝。


 彼女を見た瞬間に電撃が走った。

 溢れるその神聖な空気な流れているはずなのに、

 身体がビリビリと痺れた。



 一度も経験したことのない出来事だった。





 カタン‥‥と、部屋の中で物音した。


「‥‥‥‥」


 扉を少し振り返る。ベッドに入ったはずの彼女が動く気配がする。


 1人になり、彼女は今何をしているのか。


 どんな気配も、感じる事が出来た。



 ドレスが擦れる音。小さな足音。

 カーテンが揺れる音。




 この扉の向こうは‥‥もはや聖域。



 彼女がいるだけで‥‥



 そんな彼女を、護る栄誉。


 やがて一つの場所に留まったのだろう。

 足音はしなくなった。


「‥‥俺は、何を考えてる‥‥。」



 聖女の顔が忘れられない。自分の名を呼び、

 微笑んだ顔を‥‥。




「聖女を護ることすべてが・・・自分にとって栄誉で・・・爵位なんてどうでもいい。」


 アレクサンダーは小さく呟いた。







「なんか、悔しいな‥‥。」

「何がですか?」


 アルフレッドの執務室、そばで控える側近のビリーが返した。

 ビリー・ミッセル

 長い金髪を括り、イヤーカフをつけている。身分は侯爵家。国王を支える宰相を父に持つ。

 アルフレッドとは幼き頃からの付き合いだ。少々頭は固く真面目な男だ。


「俺も愛称で名を呼ぶ事を許したのに、聖女はアレクサンダーを、急にアレクサと呼んだ。」

「アレクサ?」


 その事にアルフレッドはまた眉間に皺を寄せた。

「俺の事もアルと呼んでくれたけどさ!急にずるいだろ?!あいつは護衛なんだぞ?

 しかもっ・・・・アレクサンダーの地位を不平等だと言った・・・・。まるで・・・俺が悪いみたいじゃないか・・・。」



「まぁ、護衛で四六時中ずっとそばに居るのですから、聖女様がお心をお開きになって下さったのなら良いことでは?」


「‥‥だからって‥‥聖女を召喚したのは俺だぞ?俺なんかすげー警戒されて睨み付けられたのに‥‥‥。」


「突然知らぬ世界にきて殿下がいた。警戒するのは当然の反応だと思いますが。これからゆっくり仲良くなればよろしいではありませんか。



 聖女様は殿下の妃になられる可能性もありますから‥‥まぁ、聖女様に選択権もございますし、

 何より殿下にはすでに婚約者のミレイユ公爵令嬢がいらっしゃいますので・・・。」



「それだって‥‥ノアにはまだ伏せられている。新しい聖女が来たら、その時代の王太子の妃になる歴史がある‥‥。だが、前の聖女は一生独身で過ごしてしまったな。彼女はなんて言うか‥‥他の女性とは違う。手に触れるのも躊躇うほどだ。


 ‥‥ま、実際、エスコートの手すら取ってくれなかったしな‥‥。」


「この国で陛下の次に位の高いのが殿下ですから、世界を知れば聖女様も理解なさる事でしょう。

 まぁ、本当にミレイユ嬢と婚姻をされないのであれば、聖女様との仲を深めればよろしいですし。

 ・・・それより、この国の平和を祈って頂かなければ‥‥。」


「まぁ‥‥そうだが‥‥‥。彼女は自分が平民だと言って・・・。アレクサンダーのことは・・・・。」


 アルフレッドは、机を指でトントンと鳴らしてこのモヤモヤした気持ちを発散させた。


「ミレイユ嬢の話題は無視ですか・・・。まぁ分かってましたけど・・・。

 そう焦らずとも、聖女はこの国から居なくなることは出来ませんし。」


「‥‥そうだな‥‥」



 アルフレッドは、少し気が晴れた。何はどうあれ、彼女はこの国にやってきた。


 もう、ここから離れることは出来ない。



 彼女は、聖女で‥‥もしかしたら自分の伴侶となる。


 心を開くまでは明かす事が出来ない。



 ゆっくりと時間をかけて‥‥‥その心を‥‥‥。




「しかし‥‥一筋縄ではいかない気がするんだ‥‥。」


 彼女はそう簡単に落ちそうにない。容姿に釣られる事もないだろう。


 この国にいる令嬢達とはまるで違う。

 だからこそ、彼女の心を手に入れて自らここを好きになってほしい。


 私を含めて‥‥‥。



 〝アル、私、この世界は好きになれそうにないわ〟




 その言葉を思い出して、アルフレッドは肩を落とした。






 翌朝、聖女の部屋の扉は開かない。聖女からの合図が来ないのだ。


「‥‥‥困ったな‥‥」


 扉の前にいたアレクサンダーは頬を掻いた。朝方まで、少し部屋から音がして居た。

 かと言って、声をかける事も出来ない。


 この部屋を守ると断言したのだから、少しは気を許して欲しかったが、

 夜中中、彼女は起きて居たのだろう。


 朝方になって、ようやくその気配が消えた。



「アレクサンダー・ロビアン。」

 後ろから名を呼ばれアレクサンダーは振り返った。

「カサラニールの小さな太陽にご挨拶申し上げます。」

「ああ、ノアに朝の挨拶に来たのだが。」


「あ、それが‥‥中からの合図がないので、まだお休みかと‥‥。」

 気まずそうにアレクサンダーは伝えた。


「やはり、落ち着かなかったのだろうか。」


「その様に思います。」

「そうか‥‥‥なら、無理をさせる必要もない。

 ノアには合図の仕方も教えてあるし‥‥そのまま待機だ。私は部屋へ戻るよ。聖女の休息を邪魔するわけにいかないからな。起きたら連絡をくれ。」


「はい殿下、承知致しました。」


「‥‥‥。」


 アルフレッドは、扉を見てため息をついた。そして、名残惜しくその場を離れていった。



「聖女様‥‥‥。」

 アレクサンダーは、心配そうに扉を見た。



 彼女の顔が見たい。なんと不純な動機だろうか。

 まさかこんな事を思うなんて。


 いや、待てよ。彼女の身になにかあったら?

 いや、倒れた音などしなかった。

 音の位置からして、昨日眠って居たソファーにいるはずだ。


 またあそこで身体を縮めて眠っているのか?

 何かちゃんと羽織っているのか?

 大丈夫なのか?

 風邪を引かないか?


 そもそもなんでベッドじゃないんだ?

 俺がここを守って居ても不安だったから?



 小さな猫の様に蹲って眠っているのか?



「ぁぁぁぁ‥‥‥‥。」

 アレクサンダーは悩み、声を漏らした。



 心配だ。彼女のことが‥‥‥。



 あんな小さな身体では‥‥




 護りたい‥‥‥。





 そう思った時には、扉を開けてしまった。




 ハァっと息を漏らした。焦った顔でアレクサンダーは昨夜のソファーに近づいた。




「やはり‥‥‥。」



 スゥ‥と小さな寝息を立てて聖女は眠って居た。その姿に安堵したが、やはり何もかけて居ない。

 ナイトドレスのまま蹲って寝ている。


「‥‥‥くそっ‥‥‥」

 アレクサンダーは、慌てて自身のマントを乃愛に静かに掛けた。



 それでも起きる気配はないから、よく眠っているのだろう。



「‥‥‥聖女‥‥様‥‥なぜ‥‥‥。」

 なぜここで寝ているのか。


 こうして身体を丸くして眠るのは、不安から‥身を守る為。



 直ぐそばで、自分がここを守ると伝えたのに‥‥。

 彼女には伝わらなかった。



 信用に足らない‥‥。



 ただ、俺の名前を、悪戯に呼んで‥‥‥


 幼き日の俺を自由に救い出し



 俺の心を掻き乱した‥‥‥。



 けれど、

 彼女には、何一つ響いていなかった‥‥。




 ギュッと握りしめた拳。このモヤモヤする気持ち。

 だが、彼女の寝顔を見ていると、心が熱くなってくる。


 その閉じられた瞼の裏でもいいから自分が少しでも‥‥




 どれくらい時間が経っただろう。俯いていたアレクサンダーは不意に視線を感じてハッとした。


「‥‥‥なによ。」

「あっ‥聖女様‥‥‥っ‥‥‥。」



 視線は乃愛からだった。いつの間にか目を覚まして、そばに居たアレクサンダーに向けられていたのだ。


 頰を赤く染めたアレクサンダーに、乃愛は気にせず背伸びをした。


「起こしに来たの?」

「ぇっ‥‥あ、‥‥はい‥‥‥。」



 ふあっと小さな唇を大きく開けて欠伸をした。

 乃愛は至って冷静で、アレクサンダーの事など気にしていなかった。



 ドギマギしているのはアレクサンダーだけだ。

 そんなアレクサンダーに乃愛は静かに笑みを浮かべた。


「これじゃ‥‥あんたと朝迎えたみたいじゃない。」

「いやっ!!!あの!!申し訳ありません!!!」

 アレクサンダーは床に手をついた。



「ま、別にいいけど。お水欲しいな‥‥あ、ベル鳴らすんだっけ。」



 乃愛はソファーから立ち上がった。

 膝から落ちた物に気がつきそれを見た。


「あ、‥‥これ、掛けてくれたの?」

「え‥‥?」



 乃愛は床に手を伸ばしそれを手にした。

 アレクサンダーのマントだ。

「‥‥あの‥‥寒いと‥‥おも‥って‥‥‥」



「ふっ‥‥‥通りで、あんたの匂いがあたしからもする。」


 そう言って、乃愛はマントを広げてアレクサンダーの肩にふわりと掛けた。



「どうもね。」

 そう言って微笑んだ。

「っ‥‥‥‥」



 乃愛の笑顔に、アレクサンダーはゴクっと喉を鳴らした。



「アレクサ、寝てないでしょ?立てる?立たせて上げようか?」



 そう言った乃愛は、アレクサンダーに手を差し出した。思わず違うどこかが立つところだった。



「聖女様のお手を煩わせる事は致しません‥」

 頬を真っ赤にしながら自ら立ち上がった。

「そ?別に良いけど。」



 アレクサンダーは乃愛を見下ろした。



 まったく読めない‥‥




 自分は心底、聖女の手のひらで転がされている。


読んで下さりありがとうございました。


王子と騎士の、無自覚な恋煩い、でした。

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