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冷たい聖女?

 


「ここが、そなたの使う部屋だ。」


 アルフレッドの手で開かれた部屋に乃愛は足を踏み入れた。

 綺麗で豪華に飾られた部屋。どこかのお嬢様か。


 日本で暮らしていた平凡な家庭で育った乃愛の趣向とはかけ離れたものだった。


 その部屋を見て、乃愛はさらに心を閉ざした。


 アルフレッドは少し俯いた乃愛に眉を下げた。

「この部屋は、気に入らないか?」


「いいえ‥‥ただ、あたしの住んでいた部屋とは違うから。まぁホテルのスイートルームだと思えば‥‥。ありがとう王子様。」


「アルでいい」


「え?」


 振り返った乃愛の目線の先で、桃色の頬をしたアルフレッドが首をかいた。

「その‥‥‥お前も、ノアだし‥」

「は?」

「アルの方が短くて呼びやすいだろ?」

「あぁ、そっか、気を遣ってくれたのね王子様が。

 ありがとうアル、遠慮なくそう呼ぶ。」


 ありがとうと口にしながらも、乃愛はその可憐な唇の口角を少し上げただけ。


 それが物悲しくてアルフレッドは俯いた。



 彼女の一つ一つの表情にこれほど胸が痛むのは、


 何も分からずただこの世界に召喚された事の怒り、



 故郷から離れた悲しみなのだろう‥‥‥




 だが、それよりも悲しいのは‥‥




「ノア、後で護衛騎士を連れてくる。」



 アルフレッドの瞳に小さな炎が宿る。



 その美しい聖女に、心が揺れ動くから‥‥‥。



 1人きりになり、乃愛は初めて肩の力を抜くことが出来た。



 窓辺のカーテンすら高級なのがわかる。

 部屋の隅っこにある1人掛けの椅子に座り、

 身体を前方に傾けると、勢いよくカーテンを開いた。



 鉄格子ではないけれど、この大きな窓が檻のようだった。


 硝子に遮れた星空。

 遠く、手が届くはずもない。



「あたしは‥ここで‥‥ずっと生きていかなきゃならないのかな・・・」




 星空に投げかけた言葉。

 両膝を抱えて目を伏せた。







 コンコンコンと、ドアを叩く音が響く。

 アルフレッドは首を傾げた。


「ノア?」


 声を掛けても返事はない。



 再度ドアを叩く、けれども返事はない。



 まさか、倒れたりして居ないだろうか?

 不穏なことが頭を過ぎり、アルフレッドは扉を開いた。



「‥‥あれ?」


 部屋の中はシンと静まり返って居た。乃愛の姿も見当たらない。


 辺りを見渡し歩き回ると、その姿を見つけた。

 1人掛けのソファーに隠れる乃愛。


 その華奢な身体は、ソファーの高い背もたれで隠れて居た。


「寝てる‥のか?」


 覗き込んだ乃愛を見つめた。両膝を抱えて太ももが露わになっている事に気付き慌てて掛けられる物を探した。


 後ろに控えて居たメイドが足早にブランケットを取りに出た。


 乃愛の姿を直視しないようにくるりと方向転換した。



「殿下、どうされたのですか?」

「あっ、その‥‥だな、お前、聖女の‥‥着ている服に、気を付けておけよ?」

「はい?」


 頬の赤いアルフレッドに、きょとんと首を傾げたその者。


「とにかくっ!!聖女の身辺を守るのはお前の役目だ!その身体1つ傷つけるな?目を離すな。」

「承知しております殿下。」

「剣術でお前に勝る者はいないからな‥‥。」

「ハッ!必ずや聖女様を我が身に変えても護ると誓います。」


 胸に手を当てて忠誠を違うその者。




 アレクサンダー・ロビアン

 漆黒の髪に、エメラルドの瞳を持つ細身ながら無駄のない体付き。王室騎士団所属。

 先にアルフレッドが言った通り、剣術に秀でた者だ。美しい顔立ちで表に出れば皆が振り返る程の男だ。



「聖女様、夕食は‥」

「いや、まだだ‥‥起きて欲しいところなのだが‥‥疲れているのだろう。」

「寝台へお運び致しましょうか?」




「勝手に触ったら許さないわよ‥‥」

「「!!!!」」



 こめかみを押さえながら乃愛は目を覚ました。

 ゆらりと身体を起こしため息を吐いた。



「人が寝てるのにうるさいわ‥‥」

「すっすまなかった!何度か扉を叩いたのだが‥‥」

「そ‥‥‥。」

 素っ気なく返事をして、乃愛は見知らぬ男を見た。

「‥‥あなたは誰?」



 その問いに、アレクサンダーは片膝をつき頭を下げた。


「お初にお目にかかります。私は聖女様の護衛をさせていただくアレクサンダー・ロビアンでございます。」


 アレクサンダーを見下ろし、乃愛はまたため息を吐いた。


「顔を上げて、あたしはそんな畏まられる人間じゃないの。もういいから‥‥」



「ぁ‥‥‥は、はい‥‥。」

 頭を上げたアレクサンダーは聖女の姿に狼狽えた。

 アルフレッドに言われた通り気を付けろとはこの事だったのかと。


 こんなに素足を曝け出している姿だったとは。

 異世界から来たと信じざるおえない。


 乃愛は腕を組んだ。

「足見過ぎ。」


「ハッ!!お許しください聖女様!!!どんな罰も受けます!!!」


「‥‥いいわよ別に、あたしの世界じゃ普通の格好なのよ。あたしの世界じゃこの歳でこの服を着るのが常識なの。罰なんかいらないわ。あたしを護りに来た人に罰なんか与えるなんて何が何だか。」


「寛大なお言葉に感謝致します。以後気を付けます‥‥。」


 アレクサンダーは、目を閉じた。


「もう立って、あたしにそーゆうのいいから‥」


 アレクサンダーを通り越し、乃愛は大きなソファーに座った。



「それで、後はどうすれば?」

 アルフレッドに振り返った。


「あっ、ノア‥夕食を準備している。腹が減って居ないか?」


「あぁ‥‥そんな時間なんだ。なんか、お腹も空きも忘れちゃうわ‥‥でもなんか食べなきゃね‥‥。」


 淡々と乃愛はそう返した。

「あぁ、あまり食欲がないのなら‥‥」

「そうね、あんまりない‥‥軽くていいから何か食べさせて貰えると嬉しい。」


「もっ、もちろんだ!そなたは優遇される存在だ。

 そなたが言うことに逆らう者はいないから安心してくれ‥‥。」




「そっか‥‥‥‥。」



 物悲しげに笑みを浮かべて俯いた。

「ありがとうアル。」



「いや・・・。」


「それからあなたも、えーっと、アレクサ?」



 乃愛はこの時ばかりは少し嬉しそうに笑った。


 その笑顔にアルフレッドとアレクサンダーは頬を真っ赤に染めた。


「わっ‥‥私はアレクサンダーです!」

「あれ?あたしに逆らう人居ないんじゃないんだっけ?」


 アレクサンダーはアルフレッドの顔を控えめに睨み付けた。

 その顔にアルフレッドはドギマギとして、目を泳がせた。



「なっ‥名前はちゃんと呼んでほしいものだが‥‥」



「わかってるけど、・・・やっぱアレクサでいいや。馴染みがあるの。許して?アレクサ。」


 悪戯な笑顔がアレクサンダーに向けられた。



 アレクサンダーは、顔を真っ赤にして俯いた。


「おっ‥‥お好きにお呼びください‥‥‥。」



「ふふっ、ごめんね。アレクサ。



 ふふふっねぇアレクサ、電気消して?」



 乃愛から放たれた言葉に、アレクサンダーはきょとんとした。

「デンキ?」


「ふふっなんでもないわ。」



 ここへきて、少し力が抜けた。



 その顔にアルフレッドは少し笑みを浮かべた。

 アレクサンダーが来てから彼女の緊張が解れたのは少し気になるが、なんにせよ彼女が安心できるのが大事だ。




「この部屋でご飯でいいのよね?」

「もちろん、構わない。」


「そう、良かった。これ以上目がチカチカするところは嫌だわ。」


 この部屋は大きなシャンデリアに反射して目に映る飾りやドレッサーまでが光る。


 だから電気を消してと言ってしまった。




 ここは何もかも違うのに。



「・・・・電気じゃないなら、この光はなんなのかしら。」

 乃愛は目を細めてシャンデリアを見つめた。

「ノアのいうデンキというのは検討はつかないが、この国は魔法が存在する。

 他国では魔術師もいる。この明りは、何代か目の聖女が魔法使いに作らせたものだ。」

「あぁ・・・なるほど、前の聖女は電気がある時代の人だったのね。


 ・・・・だったら尚更、電気消してよアレクサ。」


 そういってアレクサンダーを見て乃愛は笑うのだった。


「・・・・わっ・・私は魔法使いではありません!」

「ふっ・・・」


 乃愛の心はほんの少しだけ故郷の名残に心を慰められた。



 夕食に用意されたのは、野菜スープに焼き立てのパン、新鮮なフルーツがいくつか用意された。

「こんなもので構わないのか?」

「ええいいの。あんまり食べたら太るし。」

 乃愛は壁にある時計を見つけていた。気が付けば夜の21時を回っている。

 時計があり、時間がわかるのも嬉しかった。


 21時に食べるなんて罪悪感がある。今時の女の子の心理だった。

 アルフレッドは首を傾げた。

「そなたは細すぎるほどでは?」

「これが私の美感なのよ。ほっといて。」


 ぶどうを見つけた乃愛は一粒口に入れた。


 テーブルに向かい合わせで座るアルフレッドと乃愛。乃愛の後ろで控えるアレクサンダー。

 ただ真剣な面持ちでビクリとも動かず目線を下げてそこに立っている。


「あと、アレクサンダーは君の護衛だが、二人ともお披露目式まで行動は少々制限させてもらう。

 アレクサンダーも、お披露目式まで聖女の護衛に任命されたことは伏せられている。

 だからごく一部の人間しか知らないんだ。」


「だる・・・・。」

「・・・・・・。」

 アレクサンダーはその時ばかりはピクリと眉を動かした。


 また気を引き締めて心を研ぎ澄ませた。



「かわいそうね・・・アレクサ、あたしから離れられない仕事なんて。」

「聖女を守るということはとてつもない誉れだ、ノア。アレクサンダーの腕は私の護衛騎士よりも優れているかもしれない。」


「・・・だったらなんで、アルの護衛にしないの?」


 その言葉にアルフレッドはをきょとんとした。

「ああ、アレクサンダーは誰よりも剣術に優れているが・・・・。」




「私が、男爵家出身の騎士だからです。聖女様。」

 乃愛の背後から強めの声で告げられた。

「?」


「男爵家の騎士が、尊き聖女様の護衛などという任についた事、身に余る光栄でございます。」


 乃愛は、アレクサンダーを振り返り眉を吊り上げた。


「・・・・はぁ?」

「・・・申し訳ありません。殿下と聖女様のお言葉を遮ってしまいました。お許しください。」


 アルフレッドは、苦笑いをして頬杖をついた。

「ノア、貴族と言えど男爵家では・・・。」

「アル。大丈夫、小説とか、漫画とかで読んだことくらいある。貴族も階級はあるのよね。」

「そうだ・・・わかってるじゃないか。」


 こればかりはアルフレッドにもどうしようもない。生まれた時から王子として生を受けた。

 そして男爵家夫婦の間に生まれたアレクサンダー。


「男爵位出身だが、アレクサンダーの腕は確かだ。だが余程の功績が無ければ爵位は変えられない。

 私の護衛や側近にするには、アレクサンダーでは身分が少しな・・・。」


 その話を聞いていた乃愛は顔を顰めた。



「聖女は尊いとか言いながら、護衛につくのは階級の低い騎士?」

「ぁ・・・いや、それは・・・・。」

 アルフレッドは焦った。決して聖女を軽んじている訳じゃない。


「ノア君を軽んじている訳じゃないんだ!本当に実力で」

「わかってんじゃない。」

 乃愛はガタンと椅子から立ち上がりアルフレッドを見下ろした。


「騎士団所属って言ってたじゃない?実力が本物で聖女の護衛ならなんでアレクサは自分を卑下するような表現で喋るの。不愉快だわ。」


「ノア?」

「アレクサはそういう境遇にいたってことよね?あんな言い方をするのは理不尽な思いをしていたということよ。アルは、そのことをわかってるの?あたしを軽んじている訳じゃない?なんなのそれ。

 実力があっても身分でだって?あたしの生きていた世界はみんな平等なのよ。国を統治する人がいる。

 皇族も存在するわ。でもね。身分なんてそんなものはないのよ。


 あんたたちは勝手に言ってるけど、私は平民よ。あんた達が一線引いてるへ・い・み・ん。



 ぽっとでの平民が聖女と称されて、実力は高いのに男爵家の騎士が王子の護衛が出来ない?

 あきれちゃうわ。」



「ノア・・・。」

「立派な貴族じゃない。なのに実力があるのにその座に留まらせるなんてバカバカしい。

 ここまでの道が平坦だった訳じゃないはずよ。あたしはなにもしていないのに聖女と呼ばれるのに、

 努力して実力まで認められているのに、位の高い貴族たちからアレクサはさぞ疎まれたでしょうね。


 ・・・平民のあたしを聖女と呼ぶくせに。あたしは、この世界の表舞台に立たせられたらなんて言われるんだろうね。ああ怖い。」



 乃愛は不機嫌になりアルフレッドに背を向けた。そしてアレクサンダーを見た。


「・・・平民のあたしの護衛について光栄だなんて、バッカじゃない。」


 アレクサンダーは、それでも乃愛と目を合わせなかった。その平民の尊き存在に。

「いいえ・・・私は、誰よりも素晴らしい栄誉を頂きました。」

「そ、・・・なら、自分を下げて話すのはあたしの前ではしないことね。アル?」


「な・・・なんだ?」




「アル、あたし、この世界は好きになれそうにないわ。でも、その尊き聖女の護衛についたアレクサはもちろん、相応の評価をもらえるのよね?」


 その言葉の意味を知り、アルフレッドは少し眉間に皺をよせた。


「それは、その好機にアレクサンダーがしっかりと役目を果たせるかどうかじゃないか?

 聖女の護衛の役目は褒美じゃないし、その役目を受けたからと言って爵位が上がる訳じゃない。」



 乃愛の瞳はどんどん冷めていく。ムカムカする。イライラする。



 自分は聖女とかいう不確かな出来事に心底ついていけないのに。




 この地で王太子のアルフレッドと、男爵騎士のアレクサンダー。




 この世界でまだ何物でもない自分。




 あたしはどうして、この世界にきてしまったんだろうか。


読んでいただきありがとうございます。

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