願ってしまった
僅かな時が過ぎて、メイド3人が乃愛の部屋を訪れてきた。
少し鬱陶しく感じたものの、ドレスは一人で脱ぐことは出来なかった。
されるがまま、重たいドレスから身が軽くなる。
誰一人目も合わさず黙々と仕事をしてくれる。それは有難かった。
この数日で、バスルームで世話をされる抵抗も諦めがついた。
このメイド達は優秀だ。お披露目式がある前からきっと厳選された者たちだからだろう。
そして、最後に部屋を出る時にだけ声を発するのだ。
「それでは聖女様、私共は失礼いたします。何か御用が御座いましたらベルか、
もしくは護衛にお伝えくださいませ。」
腰を深く折って彼女たちはそういうのだ。
「ありがとう。」
一人になるとやっと気が抜ける。
扉が開かれて、彼女たちが出ていく時にだけチラリと見える。
アレクサンダー。真剣なその瞳が一瞬だけ映るのだ。
フッと目を逸らせば、それで終わる。
そして浮かぶのだ。アルフレッドの顔も。
二人は、聖女の自分を固く守ろうとしている。
いつもの、窓際のソファーに座り込んで、カーテンの隙間から見える欠けた月。
「・・・・・・・。」
じっとその月を眺めている。日に日に欠ける月を見ていると、
心と体が擦り減る気分になる。
たくさんの出来事。聖女であること。
改めて今日を迎えてドッと疲れが押し寄せる。
「・・・・帰り・・・・・まぁ・・かえっても・・・・・。」
両膝を抱えて、瞳を閉じた。
『知りたいと、ただ、そう思うばかりです‥‥』
この胸の奥に、僅かに刺さった声。
エメラルド色の瞳・・・・。
「知ってどうすんのよ・・・・。」
あの護衛は、アルフレッドと似ている。
アルフレッドとは違う角度で、ジリジリと蠟燭の火のような熱。
表には出ないけれど、護ることが仕事の彼はこの身を掴もうとそっと心に手を伸ばす。
どちらの熱も、そっと息を吹きかけて、消して・・・・。
何もいらないから・・・・
こうして一人で居たいの・・・・。
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「おいアレク、交代だ。」
「・・・いや・・・。」
聖女の間の扉の前で、またこのやり取りが繰り返された。
ジェフリーは、眉と口を歪める。
「お前、ちょっとはすんなり聞けねーのか?交代だってんだろ?朝までまだ5時間ある。
風呂入って寝たって聖女様が目覚めるまで時間は十分だ。」
「だが・・・・。」
アレクサンダーは、瞳を震わせた。
誰でもいいと言われた。自分じゃなくてもいいと。
だから、本当にいいのだ。
今ここから離れたとて、彼女は分からないだろう。
言われたから余計に嫌なのだ。
この場所から離れることが・・・・。
「はぁ・・・・あのさ、黙ってられねぇからいうけど、王太子殿下は、護衛を交代制にするお考えだ。四六時中お前を護衛にしておくつもりはないみたいだ。現に事実上無理だしな。お前が不眠不休で聖女様を一人で護衛できる訳じゃない。」
「はぁっ?」
「はぁ?じゃねぇよ。披露前の聖女様だったからお前ひとりだったけど、今は王族同等の身分だからな。
これからは残念だけど爵位の高い騎士が護衛になる、か・・・も・・・・。」
「・・・・・・。」
言い終わるまでに、アレクサンダーの表情はまるでどん底に突き落とされたような瞳をしていた。
ジェフリーが申し訳なくなる思いに駆られるほどだ。
「俺が・・・・男爵家だから・・・?」
「・・・・あの・・・アレク、あのさ・・・・。」
「聖女様の護衛は、剣の腕で認められたはずだ!」
「シィー!!!大声出すなよ!」
思わず声を張り上げたアレクサンダーにジェフリーは口に人差し指を当てた。
沸々と沸き上がる。
実力だと言われたはずだ。
聖女のお披露目が終わってすぐに、自分がお役御免?
また・・・・身分で・・・・?
何度この思いを味わえばいい。
「・・・そうか、分かった。なら朝まで、ここはお前に任せる。」
「あっ・・おい!」
アレクサンダーは俯き、早々とその扉から遠ざかる。
アレクサンダーの気持ちが少なくとも察するジェフリーは、寂し気に目を伏せた。
「はぁ・・・・ホント・・・お前は、損だよな・・・・・。」
バタン!っと乱暴にその扉は閉じられた。
アレクサンダーは、息苦しい正装の詰め襟を乱暴に外した。
「結局、これかよ・・・っ・・・・・。」
あの時、救い上げられた思いはまたこんな形で突き落とされる。
結局爵位で、この栄誉は誰かに掠め取られる。
くしゃりと漆黒の髪が闇に溶け込んでいく。
ギリギリと握りしめる拳を、一体どこにぶつければいい?
男爵家の両親へ?そんなもの、意味はない。
自分の実力でつかみ取ったこの部屋も、栄誉も・・・・。
これは、罰か?
聖女を知りたいと・・・・願ってしまった罰か?
誰にも負けない自信があるのに・・・。
今なら、彼女を護るためなら・・・誰にだって負けない自信で溢れているのに・・・。
今更・・・離れられるなんて・・・。
少しだけ、彼女に近づいたこの身体・・・。
手のぬくもりも、柔らかな体も・・・・・。
神様は、見ている・・・・。
分不相応な願いを、思ったから・・・・・・。
カーテンの隙間から覗く欠けた月・・・・。
「俺は・・・・。誰にも負けないのに・・・。」
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