熱
バルコニーから出た乃愛はアルフレッドのエスコートで国王のカーチスとミリア王妃に軽く挨拶だけを交わし、その場を離れようした。
乃愛に引っ張られる形でうっすら頰染めているアルフレッドをみてカーチスは意味深にニヤリと笑った。
退場を許可すると、乃愛はアルフレッドのエスコートと護衛のアレクサンダーを連れ、人々の目等気にもせずに会場を後にした。
その様子をミレイユとそれを囲むこの国の令嬢達が眉を顰めて見送った。
「ミレイユ嬢、王太子殿下は責務を全うしているだけでございますわ。」
1人の令嬢が気まずそうにそう言った。
だがその言葉がミレイユの神経を逆撫でる。
ミレイユはその令嬢を睨むと静かに口を開く。
「そんなこと、私がわかっていないとでもおっしゃるの?」
その言葉に皆が顔を引き攣らせて目線を背けた。
良かれと言ったその令嬢は、顔を真っ青にした。
「そういうっ・・・事ではございませんっ・・・」
ミレイユは扇子をぎゅっと握りしめた。
「聖女を召喚したのは王太子殿下ですもの、とても真面目なお方・・・。まぁ、聖女は多少問題がありそうですが、この国の為にその身を削って下さるなら殿下と私の御代は安寧ですわね。皆さんもそう思いますでしょう?」
その言葉にその場にいた令嬢たちは安堵の表情を浮かべた。
「そうですわ。聖女様にはこの国を守ることに専念して頂くだけですもの。」
悪意混じりの笑い声が慎ましく響く。
このパーティー会場にいる貴族達は、乃愛の能力に様々な思いを抱いているのだった。
この国にやってきた聖女の歴史は代々受け継がれ、この国に住む人々は知らないはずがない。
建国神話から続く長い歴史、聖様はもちろん、乃愛の前の聖女もそうだ。
そして、1人の令嬢が囁いた。
「先代の聖女様……タカコ様…でしたわね……。」
「えぇ、タカコ様は陛下がご用意なさった海辺の別邸で…ふふっ、この国に貢献して下さいましたわ。」
「あぁ、タカコ様、お披露目パーティーでお会いした後は殆どお見かけしませんでしたが。」
扇子に隠された上品な口が繰り広げる物語。
ミレイユはニヤリと口角を上げた。
「タカコ様は、頭の良いお方でしたわ。」
「アル、もうここまででいいわ。あとはアレクもいるし、あなたはパーティーに戻るんでしょ?」
パッと離された温もり、アルフレッドは寂しげに眉を下げた。
「ノアが居ないのに…俺ももう戻らないよ…」
「そうなんだ。じゃあ、またね。なにかあれば知らせて。」
乃愛はなんてことないように自室となった扉のノブに手を掛けた。それを見てアレクサンダーは慌てた。
「あっ・・・聖女様!・・・」
本来であれば自分が先に扉を開けて中を確認しなければならなかった。
アルフレッドと乃愛の腕と手に気を取られてすっかり呆然としてしまった。
これでは護衛失格だ。
乃愛の前に飛び出て乃愛の小さな手に自身の手を重ねた。
不思議そうな目で乃愛はアレクサンダーを見上げた。
「・・・自分が、中の確認を・・・・・。」
少し火照った頬で、アレクサンダーは乃愛から目線を逸らした。
呆然としていたのはアレクサンダーだけではなかった。
乃愛と離れる名残惜しさにアルフレッドもまた意識をどこかに飛ばしてた。
キィ・・と音を立てて聖女の域の扉が開く。
ぱぁっと明るい照明で目がくらむ乃愛に、アレクサンダーはビクともせず中を確認した。
「・・・・・・・。」
照明の灯りなどは気にならなくても、この部屋から香る乃愛の香り。
隣の彼女からではない。この部屋から胸が苦しいほどの、甘い香り・・・・。
「・・・問題・・・・ありません・・・・。」
そう言いながら、乃愛に目線を落とす。乃愛と目と目があう。
これはまるで、バルコニーで見た時と同じ・・・。
世界が二人だけのような、あの夢のような空間・・・・。
「・・・ありがと・・・アレク・・・・・。」
「いえ・・・・。」
「・・・・・・・・。」
二人の間を流れる空気に、アルフレッドは息を飲む。
次第に寄る眉間の皺。沸々と沸き上がる気持ち。
「ノア!」
乃愛の肩を少しだけ強引に掴んだ。
グンと引き寄せられ、乃愛はアルフレッドを振り返った。
「明日!・・・明日・・・・君を、連れていきたい場所があるんだ。」
「え・・・・・」
アルフレッドと乃愛が見つめ合う。
ドアノブに集まるアレクサンダーの熱、そして、乃愛の肩を掴むアルフレッドの熱。
「・・・・・明日、君を、聖の間へ・・・・。」
「・・・聖の・・・間・・・・?」
目を見開いた乃愛だったが、その言葉に少しだけ肩を落とした。
「あぁ・・うん・・・そっか、あれかな・・・聖女に関する部屋・・・?」
「・・・あ、そ・・そう・・・・・。君は聖女としてもう披露されている。聖の間へ・・・。」
乃愛は、その部屋の意味を理解しアルフレッドから目を逸らしコクンと首を縦に振った。
「・・・・聖女様・・・・・」
二人より小さな乃愛、二人の頭の位置から乃愛の表情は見えない。
ただ、声だけでわかる。彼女の気持ち・・・。
アルフレッドもまた、アレクサンダーと同じ複雑な思いを抱いた。
「・・・メイドを呼んでくるよ・・・。」
「うん・・・ありがと。」
アレクサンダーは乃愛の手から手を離した。これ以上は、まだこの小さな手に負担を与えたくなかった。
「聖女様、どうか・・・ゆっくりとお休みください・・・。私が、この扉をお守りします。」
「だけど・・・・。」
乃愛は、弱弱しい声でアレクサンダーを見上げた。
あの時、あの不安な夜・・・・。
気づいた時、アレクサンダーは居なかった。
この扉を護ると言った、アレクサンダーは居なかった・・・・。
「まさか・・・あんたも、少し休みなよ・・・・交代いるんでしょ?」
「ぁ・・・いや・・っ・・あれは・・・・。」
乃愛は顔を背けた。滑稽に思えた。
「24時間あたしを護るなんて無理でしょ・・・・・。」
「聖女様・・・・。」
「適当にやってよ・・あたしは、護衛なんていなくても平気よ・・・・。」
護ると言った、アレクサンダーが知らないうちにそこに居なかった事。
何を、勘違いしていたのかと・・・・。
護るという、その言葉に少しでも、心を許していたのかと・・・・。
いいや・・・・あたしは、それを許さない・・・・・・。
「ほら、あそこにいる・・・・・。」
それは、少し遠くに控えていたアルフレッドの護衛達だ。
きょとんと目が合った、あの日アレクサンダーがいると思った、違う人。ジェフリーだ。
そして扉を一人分通れるくらい開いてその細い体を通す。
「あたしは・・・誰でも構わないし、誰もいらない・・・・。」
読んでくださりありがとうございました。




