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夜風

「はぁ‥‥涼しい‥‥」



 アレクサンダーに連れられバルコニーに出た乃愛はその夜風に吹かれて深呼吸した。

 人がたくさん集まる場所は苦手だった。

 息が詰まる会場からこのバルコニーは正に天国だった。


 バルコニーの扉の前でアレクサンダーは左右をチラチラと見回していた。


「‥‥どこの世界も、男と女は変わらないよね。」

「はい?」


 乃愛はクスッと笑って先程のミレイユの事を言っていた。

「彼女、アルの婚約者だって言ってたじゃない。

 あたしに敵対心剥き出しで‥‥別に、どうでもいいのに。」


 乃愛の言葉にアレクサンダーは、少し考え込むように俯いた。そして、辿々しく口を開いた。

「聖女様を目の前にすれば皆‥そう思うのでしょう。聖女様は‥‥とても美しいですから。」


 最後の言葉にアレクサンダーは自分で言っておきながら頬を赤らめた。しかし、アレクサンダーのそのほのかに甘い言葉すら気に留めもしなかったように後ろを向いたままだ。


「こんな外見に生まれたのは自覚してるけど、

 あたしだって選ぶ権利くらいあるし、他の人は違うのね。」


 月明かりに照らされた乃愛を見て、アレクサンダーは、やはり乃愛の後ろ姿さえ美しいと思えた。

 風に靡く絹のような黒髪ですら、魅力的なのだと。



 ドクンドクンと胸を打っている事をアレクサンダーも、自覚していた。


「ただの器じゃない、あたしはそんな性格も良くないのに、みんな夢見てるみたいだよ。」



 価値観が合わなければいずれはズレが生じる事だろう。日本の現代に生きていた乃愛はとても現実的だった。


「夢‥‥ですか‥‥?」

「そうよ、外見だけで、あたしの何がわかるってのよ‥あたしはアルをあの子から取る気もない。


 勝手な危機感をあたしに押し付けないでほしい。


 いい迷惑よ。」



「聖女様は‥アルフレッド王太子殿下の事を‥‥その、殿下は‥‥とても容姿端麗なお方でございます。そして、この国の王子でございます故、その地位も揺るがないモノでございます。」

「だとしても、あたしには関係ない話だわ。」


 夜風共に振り返った乃愛の髪が優しく靡いた。

 きらりと光るその美しい瞳にアレクサンダーは、ハッとする。


「あたしは‥‥1人が好きなの‥。誰かに縛られるのも嫌だし、我慢することも嫌。


 こんな自分勝手なあたしに時間使うなんて無駄よ。」


 アレクサンダーの前髪を優しく夜風が撫でた。

 そう言った乃愛の言葉と瞳に、アレクサンダーは真面目な顔をして答えた。


「無駄ではありません。」


 その一言に乃愛はやんわりと微笑みかけた。

「どうして?護衛対象だからそう言ってるの?」


「いえ、無駄な事など、一つもありません。

 あなた様との時間に無駄などありません。


 私はあなた様と同じ時間を過ごし、無駄などと思う事はないでしょう。


 聖女様を‥‥知りたいと、ただ、そう思うばかりです‥‥」



 乃愛は目を見開いた。驚いたのだ。

 アレクサンダーが真面目な顔をして、嘘偽りない思いだと感じたからだ。



 見つめ合う瞳、時が止まるようだった。





 バァン!と扉の開く音がした。

「ノア!大丈夫なのかっ!」

 開いた扉の向こうから焦ったようにアルフレッドがやってきた。

 ぴくりと肩が浮いた乃愛。アレクサンダーは、横目でアルフレッドを見て、頭を下げた。



「‥‥‥大事ないな?」

 アルフレッドはアレクサンダーを見た。

 アレクサンダーはそのままの体勢で、胸に手を当てた。

「はい、聖女様はご無事でございます。」

「わかった。ノア、大丈夫か?」


「‥‥‥あたしは大丈夫。それよりアルは大丈夫なの?」

 クスッと鼻で笑うように乃愛は言った。

「なんの問題もない、ミレイユ嬢の事は不快であっただろう。すまなかった。」


 少しムキになったようなアルフレッドの口調。

 乃愛は、アルフレッドを見てハッと小さく冷笑した。

「そうは見えなかったけど、あーいう女の人は、ちゃんと対処しておかないと厄介だと思うけど。

 変な嫉妬を向けられるのはちょっとしんどいわね。


 アルがちゃんと彼女と向き合ってくれたなら、

 もうこう言う事は起きないと思うのだけど、

 大丈夫なの?」


 ぐっと手を握りしめて、アルフレッドは眉間に皺を寄せた。


「彼女は公爵家の令嬢だ、変な気を起こすほど愚かではないだろう。聖女である君に、害なす事はあり得ない。」

「でも、1人の女の人としては、あなたの婚約者としては、‥‥どうかしら。身分とか、肩書きとか、

 そういうのを超えてしまうのが、男と女だと思ってるし、あたしは、あんまり信用ならないのよね。


 しっかりしてよね、王子様?」



 再び、乃愛は2人に背を向け外を眺めた。

 バルコニーから見える景色か、遠い月を見ているのか、それは誰にも分からない。


 アルフレッドは、隣に控えているアレクサンダーを見た。



 2人がここで何を話していたのか、

 2人きりになった事が、悔しかった。


 2人きりになるなと釘を刺したはずだが、

 時と場合にもよる事は分かる。



 アレクサンダーの心は分からない。


 護衛の域を超えていないからだ。




 護衛という名の関係を、2人は保っているだけ。



 それなのに、焦ってしまう。

 急いで扉を開けたのはその思いからだった。


 たった10分にも満たない時間。


 だが、落ちるものに時間など関係ないのだ。



 1秒で、心を奪われる。



 そんな魅力が彼女にあることを。



「気分は晴れたか?ノア。」


「そうね、一口だけだし‥‥でも、そろそろ部屋に返して欲しいな。」

「‥‥君のパーティーなのだが、もう戻るのか?」

「あれだけの人の数と会えばうんざりするわよ。」



「そうか‥‥」

 アルフレッドは俯いた。この揃えた衣装を見下ろした。何の意味もない衣装。


 アルフレッドはそれがとても滑稽に見えた。



「そう言う事だから、アル。」



 ふんわりと良い香りがアルフレッドの鼻を掠めた。

 ハッと顔を上げると、乃愛がすぐ目の前にきていた。


「ぅ‥‥」

 あまりにも近すぎて、アルフレッドは頬を赤らめた。

「会場の外に連れ出してくれない?それなら誰も文句はないでしょ?」

 大きな瞳がキラリと光る。

「ぁっ‥‥あぁっ‥‥‥。」


 その返事を聞き、乃愛はアルフレッドの腕に手を添えた。

「ほら、早くして。」



 乃愛がアルフレッドを攫うように歩き出す。

「アレクも早く来て。」


「‥‥畏まりました。」

 2人の腕と手をチラリと見てアレクサンダーは、答えた。



 少しぎこちないアルフレッドとアレクサンダーを連れて、乃愛はまた人混みの中に紛れ込んでいった。


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