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セーラー服聖女

 それは一瞬の出来事だった。


 いつものように高校へ向かう道中、それは何の前触れもない。


 踏み出した一歩の足がつかない。



「えっ‥?」


 足が付くであろうその場所はブラックホールの様に真っ暗だった。


 地面を見た時は遅かった。


 目の前は真っ暗闇で、手を伸ばしても何も掴む事は出来なかった。




 この浮遊感は絶望に満ちていた。


 あ、死ぬかもしれない。


 いや、死んだかも。





 突然の出来事に意識が無くなった。







「なぁ、本当に成功か?」

「そうでしょう?この身なり、見た事ないでしょう?」

「だが、目を覚まさんぞ?」

「この召喚の儀式ですぐ目を覚ますなど‥」



 言葉を交わす2人の男。

 1人は煌びやかないかにも王子の装いな見目麗しい濃い赤髪の男、その金色の大きな瞳でまじまじとその者を見ている。


 そしてもう1人、その者も美しい容姿で神官の様な服装で金髪の男。ベビーブルー色の瞳に目尻にほくろをがある優しげな面持ちだ。



 真っ白な建物の中心に、円状に描かれた魔法陣と呼ぶその中心に見たことの無い装いの女が1人、気を失ったまま倒れていた。



「しかし‥‥そのっ‥‥‥この者はなぜこんなにドレスの裾が短いんだっ、下着か?着替えの最中だったのかっ?!」

 赤髪の男は頬を真っ赤にして、口元を覆った。


「私に分かるわけないでしょう!!私達はこの者がどこから来たかすら想像が出来ませんっ‥着替え中‥だったのでしょうっ‥‥か‥?‥」

 目を逸らして真っ白な袖で目元を覆った。




 長いまつ毛が揺れ、ゆっくりとその瞳は開いた。

「んっ‥‥‥んんん〜‥‥‥ここは‥‥」



「‥‥あ、目を覚ましたぞ?」



 赤髪の男は、頬を赤くしたまま覗き込んだ。


 目覚めた女は、うっすらと目を細めた。



「ぇ、なに‥‥‥拉致?」


「はっ?!」


「赤い髪なんて‥‥なにそんなはっちゃけてる人が目の前にいるわけ?あたし‥‥学校行くんだったんだけど‥‥」


「お、お前っ‥‥このっ‥王族特有の赤い髪のどこがっ‥‥」


 彼女は、目をちゃんと開いてその者を見た。



「ぇぇ〜‥‥‥じゃあなんなの。」



 突然の出来事にも、彼女は落ち着いていた。召喚の衝撃か、ここを夢だと思っているのか、

 彼らには分かる訳もない。



 彼女の問いに、彼は答えた。


「わっ、私はこのカサラニール王国、王太子アルフレッド・カサラニールだ。」


「それどこ、聞いたことない。」

「そっ‥んな事はわかって‥いる。そなたは、我々が異世界から召喚した聖女だからだ。」



 その言葉に、彼女は眉顰めた。


「それさぁ‥‥てかさぁ・・・なんなの?」

「それは、そなたが聖女であるが故この世界に召喚されたのだ。」


 彼女は自分の姿をまじまじと見下ろした。いつもと変わるところは一つもない。

 着ているのは高校のセーラー服。

「聖女?‥‥‥どこが?」

「そっ‥‥。」


 アルフレッドは言葉に詰まった。彼女の怪訝な顔が、言葉を詰まらせる。


 見るからに怪しみ、そしてとても機嫌が悪そうだ。


 聖女召喚の意味はあるが、彼女がなぜ聖女なのかと聞かれても、今は証明する事はここに来たからだとしか説明出来ない。


 選ばれた聖女だから。




 けれど、黙っているうちに彼女は‥‥‥。

 アルフレッドを睨みつけた。


「急に聖女だ召喚だって言われたって、こっちからしたら誘拐だからね、拉致だから。」

 冷たい目をして彼女はそう言った。



「そっ、そんな犯罪めいたものではない!聖女は!我が国にとって大切な存在で、聖女が必要だから‥‥」

「なんで必要なの?ねぇなんで?」

「おっ!お前こそその口調!王太子の私にとって不敬だぞ!!!」


 アルフレッドは声を荒げた。

 彼女の言い分もわからなくはないが、

 あんまりだ。誘拐やら拉致やら‥‥。


 聖女に選ばれる事はとても名誉な事。

 聖女として異世界から来た者はこの国で尊き存在だ。だが他の聖女達も、最初はこうなのか?


 特別な存在だとこうして伝えているのに、

 彼女は‥‥‥彼女は‥‥‥‥







「とっ‥‥とにかくっ‥‥‥君は聖女であるからして!


 私と一緒に‥‥城に来てもらう!ゆっくり話をしよう。そなたも混乱してるから‥‥。」




「いや‥‥あんたが落ち着きなさいよ。」


「あっ‥‥‥あんたって‥‥‥‥。」



 アルフレッドの方が混乱していた。




 頬の熱く、赤みが全く引かない‥‥‥。







 目を開いた彼女は‥‥茶色がかった瞳に長い睫毛‥‥

 艶やかな唇。華奢な体つき。そして、腰まで流れるサラサラな艶のある黒髪だった。







 とても、美しい聖女が‥‥この地に舞い降りたのだから‥‥‥。






 それからの彼女は納得してはいないものの渋々ながら、通学バッグも持ちその身を彼らに委ねた。

 そうするしかなかったからだ。

 ツンと不機嫌な表情で馬車を目の前に、扉が開いた時、エスコートで伸ばしたアルフレッドの手も取らず、彼女はあっさりと馬車に乗り込んだ。

 彼らは顔を見合わせたが、乗り込んだ際の彼女の裾の短いスカートが靡いて細い生足が目の前を支配する。



 硬直した彼らは、さっさとしてよという彼女の言葉で呪縛を解かれた。




 恐ろしき生足。




 この世界で、こんなにも足を晒すのは、夜伽以外であるだろうか。


 いや、街の中どこをみたところで存在しない。




 異世界からやってきた前の聖女は今からずっと前のこと。この世界のような装いではないと記されていたが、ここまでとは思うまい。




「うぉっ‥ほんっ‥‥‥その、聖女様。」

 金髪の男が尋ねる。


「聖女様の名を、教えて頂けませんか?」

 そういうと、彼女はすかさず目を細めた。


「人の名前を尋ねる前に、自分から名乗るもんじゃないの?あたし、まだあなたの名前聞いてないけど?」


 その細い足を組んでそう答えた。



「っ‥‥‥わっ‥‥私はレジス・サーゼン、先ほど居たこの国の神殿の神官でございます。」


「へぇ‥‥シンカン‥‥ああ、神官‥‥」

 彼女は頬杖ついてため息をついた。



 彼女の醸し出すオーラに、レジスはゴクっと喉を鳴らした。



 そして、目の前の2人を交互に見た彼女はその小さな唇でつぶやく。



乃愛のあ百合咲ゆりさき乃愛」



「ノア様、ありがとうございます。可愛らしいお名前ですね。」


「そ、どうも‥‥‥」


 彼女は素っ気なく窓の外を見た。

 夕陽が沈むのを眺めながら、少し寂しげな瞳で。




「‥‥‥聖女ノア、もうすぐ城へ着く。」

「どこでもいいわ‥‥」


 背けた目をそのままに、乃愛はつぶやいた。



 ここがどこであろうが、乃愛には興味がなかった。

 なぜここに来たのかも、なぜ自分が聖女なのかも、


 ただ、帰ることが出来るのかも分からないこの状況に表には出さず、ただ黙っていた。



 幸い聖女だのと言われるくらいだから、悪い様にはされないだろう。けれど、ここでどんな苦労があふるのかと思いを巡らせていた。



 聖女などと、いい様に王族と言う偉い人達にこき使われるのかもしれない。


 そう思ったらなんて自分は運が悪いことだろう。



 自分は夢見る乙女ではない。

 急にやってきた世界でどんな風になるのかもわからないまま。



 きっと、彼らにはわかるまい。




 薄暗い夜に灯火が煌びやかに城を輝かせる。

「アニメみたいね‥‥」

 乃愛はぽつりと城を見てつぶやいた。


「あにめ、とは?」

 乃愛の顔を覗き込んだアルフレッドは問い掛けた。

「・・・・いい、面倒だわ。」


 黒髪とスカートを靡かせて、乃愛は先を歩くレジスの後を歩いた。


「っ‥‥聖女ノア!俺は王太子だぞ?」

 こんな扱いを受けた事がないアルフレッドは流石にカチンときた。


「だから何よ。権力振りかざす男は嫌いなの。」

 冷ややかな目でアルフレッドを見た。

「ぐっ‥‥誰も振り翳してなんかっ!」

「さっきから王太子王太子うるさいじゃない。

 それに口うるさい男も嫌いなの。許してね。」


 乃愛は、クスッと冷たく笑った。


「ぁ‥‥‥。」


 許してねと言ったその冷ややかな笑顔にドクンと胸を打たれた。こんなに邪険にされてるにも関わらず。



 そして、乃愛の後を黙ってつき歩いた。

 短いスカートが歩みと共に揺れる。

 その光景に頬がどんどん熱くなる。


 城までの道を騎士達が見守る中、なんとも情けない帰城だった。





 この聖女は‥‥なんでこんなに冷たいんだろう‥‥。






 そうこう歩いているうちに、この城の玉座の間に足を踏み入れた乃愛。

 玉座には、アルフレッドと同じ赤髪の渋いアルフレッドに似た男性が座っている。

 それを真っ直ぐ見つめた乃愛だった。



「そなたが、我が王太子が召喚した聖女か?」

 声まで渋くてイケオジだ。と乃愛は少し関心を持った。



「そのようです。あなたは、王様?」

 乃愛は真っ直ぐ見つめて答えた。


「ふっ‥‥はははは!!!流石聖女だな。その威厳と溢れるオーラ。アルフレッド、よくやった。聖女よ、ご名答だ。私はこのカサラニール王国の王、カーチス・カサラニールだ。」

 機嫌良く笑った。


「百合咲 乃愛です。なんとでもお呼びください。」



 アルフレッドの時とは違い、乃愛は軽く頭を下げた。


「ふむ、では聖女ノアよ。そなたの存在についてアルフレッドには話を聞いているか?」

「いえ、聞いてませんが。」

「なに?」

 カーチスが眉を顰めた。そばで控えていたアルフレッドに目をやる。


「陛下、申し訳ありません。聖女ノアはまだ混乱されておりましたので‥‥」

 腰を降りアルフレッドは答えた。


「‥‥‥‥では王様から、私について聞かせて頂いてもよろしいですか?何故、私が聖女として召喚されたのか‥‥」



 冷めた目つきは変わらなかった。


 カーチスは乃愛の言葉に、少し口角を上げた。


「知らぬなら伝えよう。何も知らないままここまで来たとは、さぞ不安だった事だろう。王太子の対応については私が詫びよう。」

「謝罪は結構です。王様。どうかお聞かせください。」


「‥‥‥寛大な聖女でありがたい。我がカサラニール王国は、聖女と神が結ばれ生まれた国。

 遠い昔ここは痩せこけた小さな離島であった。歴史上、男は天界から降ろされた赤い髪の火の神だった。だがその神は天界で許されぬ罰を犯し、偉大なる神にこの地に捨てられた。この何もない土地で、永遠に罪を懺悔しながら何百年も生きていくしか無かった。死ぬ事もできず、何もない土地。だが、そこに1人の女が現れた。その女は異世界からやってきた女だった。



 何もない土地に罪人の神を異世界の女がその火の神を癒し痩せこけた土地に木や花々に命を吹き込んだ、そして火の神に愛を教えた。


 火の神はその女を罪人の自分に与えられた聖女だと記した。


 神と聖女の交わりにより、半神の子が生まれ子孫を残していった。


 子孫は増え、その中で最も火の神に近い赤い髪色を持つ者を王に立て此処を一つの王国にした。

 そして、この場所に別の国から来た者達が増え、更に人が増え王国は栄えた。

 だがいつしかこの豊かな楽園は外部から妬まれ、狙われ存続を脅かされた。


 聖女は、争いのないこの楽園のような国が他国からの侵略をされぬ様、最大の守りを施した。

 火の神はその聖女を守りとても愛した。やがてその行いによって許された火の神は天界へ戻れる事になったが、聖女と離れることが出来なかった火の神は聖女と共に天界へ戻った。

 それがこの王国1569年から伝わる建国神話だ。


 神は、自分のような罪人にも聖女が現れるように聖女を呼び出す力を王に託した。

 そして、この世までその聖女召喚の術は引き継がれている。」


「へぇ‥‥‥神様って居るんですね。」


「1569年と昔の話だが、こうして王族には代々赤い髪の子が産まれる。」


 乃愛はふーん・・・と小さく声を漏らし、その鋭い目を王様に向けた。


「どうやって、異世界から来たんですかね、その火の神は聖女を召喚したわけじゃないですよね?

 そもそも。異世界ってどうしてわかるんですか?その昔の火の神だか知らないですけど、そんなの誰の目からわかるんですか?天界から来た火の神が知らないだけで、本当は地上の、同じ世界線の人間だったかもしれない。神と人間だから違い、一緒に草木を生えさせたから聖女なんですか?」


「そなたの意見も一理ある。どこからやってきて、その力があったのかもわからない。それはこの地へ落ちた火の神の願いや幻だったかもしれない。だが、私達王族はこの国に異世界からの女を召喚する力がある。現に代々この王国には聖女が存在した。異世界からやってきた聖女が・・・。」


「へぇ、そうなるとその建国神話も信憑性が出ますね。現に私が此処に来れたのですから‥‥」




 このカサラニールにはその神話があり、異世界から聖女がやってくる。





 なんて迷惑な話。



 そもそも、何故異世界から来たと分かったのだろう。


 代々受け継がれてきた話が、そんな中身のない話とは。



 だったら聖女は‥‥



「それで王様。」

「なんだ?」


 乃愛は真っ直ぐにカーチスを見つめた。

「なぜ、召喚したのですか?その理由は?

 目的は?受け継がれてきた話だからと、納得出来るほど私はお人好しではありません。


 あなた達の言う異世界で、私は平凡に暮らしてきました。


 突然この世界に召喚された私は、一体何をすれば良いのですか?」


「あぁ‥‥そうだな。イタズラにそなたをここへ連れてきた訳ではない。この国は代々聖女の力で守られている。


 先ほども言った通り、この国は他国と海で隔たれた離島。小さな王国だ。


 それでも、先の聖女もこの国を聖なる祈りで守り続けた。」




「じゃあ‥‥その聖女が死んだから‥‥次の聖女ですか?」

「簡単に言えば、そうなるな。聖女と王族はこの国の象徴、表立つ存在。この国を聖女不在にするわけにはいかない。」



「へぇ‥‥。それで、私はどう祈ればいいのです?」


 事を急ぐ乃愛にカーチスは穏やかに微笑んだ。

「まぁ、そなたが来てまだ数時間、そんなに急がずとも時間はたくさんあるのだ。今日は休むがいい。」



 突然打ち切られた話に乃愛は眉を顰めた。

 その顔をアルフレッドは黙って見ていた。



 その怒り顔は美しい聖女がすると、とても鋭く冷たかった。




「アルフレッド。」

「はい、陛下。」

「聖女ノアに護衛騎士を手配し、部屋まで案内しろ。」

「畏まりました。」



「‥‥‥‥‥」



 アルフレッドは再び乃愛と向き合った。手を伸ばせば簡単に触れられる距離だ。



「部屋へ案内する。」




「これはどうも、王子様。」


 乃愛はアルフレッドをまた睨みつけたのだった。


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