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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

解呪のビデオ

作者: 枚崎ひつじ

映画「リング」を観て思いつきました。

「『長年放棄された工事現場で目撃された人影。事故死した作業員の怨霊か!?』これとか面白いんじゃないか?」


 スマホのネット記事を見ながら、俺はオカルト研究部の同期、畔倉あざくらに声をかけた。


「地味すぎませんか〜?単に人影が目撃されただけでしょ?」


 畔倉は部室のテレビから視線を逸らすことなく答えた。観ているのは何年か前に流行ったホラー映画で、先輩が置いていったものらしい。


「じゃあ、これならどうだ。『行方不明者続出のトンネル!かつてこの地には奇妙な風習の残る集落が…』」

「それちょっと前に映画にもなったネタじゃないですか。便乗して記事にしたなんて思われたくないですよ」


 畔倉の態度に流石の俺も腹が立ってきた。


「何だよさっきから文句ばっかり言いやがって!大学祭に出す部誌の内容、俺達だけまだ決まってないんだぞ!」

「だって、天津あまつくんがさっきから挙げるネタ全部つまらないんですもん。もっと独自性のある面白いネタで記事を書きたいですよ」

「無茶言うなよ。というか偉そうに言ってるけどお前はさっきから映画観てるだけじゃねえか」

「このままネタが見つからなかったら、私のホラー映画レビューを記事にしようと思ってるんです。私はきちんと記事作成に貢献しているんです」

「お前が映画観たいだけだろうが!」


 夏の熱気を感じ始める季節。お互い大学に入ってもう2年目になると言うのに、子どものような言い争いが部室に響き渡った。

 秋に控える大学祭で例年オカルト研究部は部誌を出している。内容はもちろん、心霊、都市伝説、UMAといったオカルト系だ。部誌の内容は学年ごとに合同で書くことになっており、すでに1回生は『会談特集』、3回生は『世界中のUFO目撃情報の解説』とテーマが決まっている。2回生は俺と畔倉しかいないのだが、良いネタが見つからず一向に進んでいないのだ。

 俺と畔倉の言い争いが、取っ組み合いの喧嘩に発展しそうになるその時、部室のドアが開かれた。


「やあやあ、記事の内容はそろそろ決まったかな」


 入ってきたのは我らがオカルト研究部部長の斎賀さいが先輩だった。

 先輩の前で醜態を晒すわけにはいかない。俺は即座に姿勢を正し整然と答えた。


「いえ、全然決まっていないです」


 畔倉も真面目な顔を取り繕ってうんうんと頷く。


「おやそれは大変だね。そろそろ内容を決めて着手しないとマズいんじゃない?夏休み中に部誌の原稿をまとめて学生部に検閲に出さないといけないからね。」


 斎賀部長は意地の悪い笑みを浮かべて圧をかけてくる。

 だが良いネタが見つからない以上、作成を進めることはできない。どうしたものか…。


「部長の持ってるそれ何ですか?」


 斎賀部長の圧など意に介さず畔倉が尋ねた。こういう図太さがこの女にはある。

 斎賀部長は手に持った大きな紙袋を掲げて見せた。


「あぁ、この前いくつかの地にフィールドワークに行ってきてね。お土産を持ってきたんだ」


 斎賀部長は民俗学を専攻しており、たびたびフィールドワークで全国各地を巡っている。その際にいわくつきの品を収集してはお土産と称して部室に持ってくるのだ。紙袋から次々と品物を取り出してみせる。


「これは呪いの人形。肌身はださず持っていると呪われる。こっちは呪いの本。読むと呪われる。あ、この呪いのマッサージ器はすごいよ。ほぐした身体の部位が呪われる」


 テーブルの上があっという間に呪物で埋め尽くされてしまった。


「なーんか胡散臭そうなのばかりですね。本当に呪われるんですか?」


 呪いのルービックキューブをいじりながら畔倉が聞く。


「まあ僕もほとんどが眉唾な品だと思うよ。でもこの中にもしかしたら”本物”がまざっているかもしれないと思うとワクワクするだろう?」


 斎賀部長が無邪気に笑う。つまりこの人はガラクタの山を持ってきたということか。


「部室、物が多いんで全部持って帰ってくださいよ」

「えー、せめてこの呪いのモバイルバッテリーだけでも置いてくれないかな」


 ただでさえ部室は部員が持ち寄った私物が多くて手狭なのだ。部長といえど、これ以上ガラクタを増やさないでほしい。


「あれ、これなんですか?」


 畔倉が紙袋の中のある物を引っ張り出した。それは1本のビデオテープだった。


「ずいぶん懐かしいものが出てきたな」


 映像記録媒体は今ではDVDが主流となり、存在そのものを知らない世代の人間もいるだろう。畔倉の取り出したビデオテープは家庭用、いわゆるVHSだった。特に目立つ汚れはなく、ラベルには何も書かれていない。


「あぁ、それは呪いのビデオだよ。中の映像を見ると呪われる」

「見ると呪われる映像!?すごく気になります!」


 斎賀部長の説明では他の呪物たちと大差ないが、ホラー映画マニアの畔倉は目を輝かせた。


「おや?畔倉さんは興味津々のようだね。いいよ、このビデオテープには色々と逸話があるから説明してあげよう」


 初めて興味を示してくれたのが嬉しかったのか、斎賀部長は嬉々として語り始めた。


「このビデオテープ自体は見ての通り何の変哲もない、テレビ録画用に一般に販売されていたものだが、問題は中に録画されている映像だ。ビデオカメラで撮影された廃墟の映像とだけ伝えられているが、それ以外の内容は一切明らかになっていない。さっきも言ったように映像を観たらおよそ1週間で必ず死ぬと言われている。ビデオの出自も不明で、十数年前からその筋のマニアの間を転々と回ってきたが、これまでに何人もの犠牲者が出ているそうだ」


 一通り説明を終えて斎賀部長は咳払いを1つした。


「どうだい、興味が湧いてきたかな?」


 畔倉がこくこくと頷く。

 実を言うと俺も興味が湧いてきた。呪いの真偽はともかく実際に映像があるのなら、これをネタにして記事を書けば読者の関心を惹くだろう。


「斎賀部長、そのビデオテープ俺たちに貸して頂けませんか?部誌の良いネタになると思うんです」

「いいとも!僕も映像について気になるし、部誌の制作も進むしで一石二鳥だ。このビデオを君たちにしばらく預けようじゃないか」


 俺の打診に斎賀部長は快諾してくれた。が、ここで畔倉が疑問を呈した。


「あれ?でもビデオテープを再生できる機器ってありましたっけ?」


 それもそうだ。部室にはDVDデッキはあるが、ビデオデッキは見たことがない。これではビデオテープの映像を観る手立てがない。


「あぁ、それなら心配いらない。ビデオデッキなら当てがある。天津くんちょっと手を貸してくれるかな」


 そうして、俺と斎賀部長は部室を出ていった。



 10分後、俺はビデオデッキを手に部室に戻った。


「どこから持ってきたんですか!?そのビデオデッキ!」


 驚愕する畔倉に隣の斎賀部長が答えた。


「教室の設備としてまだビデオデッキが残っているところがあってね。そこから拝借してきた」

「いいんですか?勝手に借りて」

「大丈夫。どうせ誰も使ってないし、バレないって」


 あっけらかんと斎賀部長は答える。ビデオデッキを抱えて大学内を歩いた時は誰かとすれ違わないかヒヤヒヤしたが。


「さて、これでビデオを観る環境は整ったし、悪いけど僕はここで失礼させてもらうよ」


 斎賀部長は紙袋を持って、帰り支度を始めた。


「あれ?部長は観ていかないんですか?」

「そうしたいのはやまやまなんだけど、フィールドワークの結果を教授に報告しに行かないといけなくてね。すでに長い時間待たせてしまっているから、急いで向かわないと」


 後で内容を教えてね、と言葉を残して斎賀部長は部室から去っていった。



 テーブルにビデオデッキを置き、テレビにケーブルを繋ぐ。電源も接続するとランプが灯った。ビデオテープを差し込み口に押し込むと機械が駆動して中に収納された。後は教室から一緒に持ってきたリモコンの再生ボタンを押せば、呪いのビデオが再生されるだろう。


「呪いのビデオ、どんな映像何でしょうね」

「さあな。何にせよ記事にできる映像だったらいんだが」


 心配なのはテープが破損していたり、何も録画されていなかったりして映像そのものが観られないことだろうか。これでは記事を書きようもない。

 椅子を引いて隣に座る畔倉が期待を込めた様子でリモコンの再生ボタンを押した。ビデオデッキのディスプレイに映るセグメントが再生時間を示す数字に切り替わる。真っ黒だったテレビの画面に映像が映し出された。



 映像は森を映していた。磁気テープで記録されているためか、画質や音質は良いとは言えないが、観れないほどではない。木々の合間から日の光が差し込んできて少し眩しい。人は映っておらず、撮影者の一人称の視点だった。

 森の中を歩く映像がしばらく続くが、舗装された道はおろか人工物は見当たらない。起伏の激しい地形から察するに山の奥深くのようだ。

 しばらくすると、開けた場所にコンクリートでできた巨大な建物が姿を現した。そういえば、ビデオは廃墟の映像だと聞いた。これがその廃墟なのか。建物はコンクリート製の3階建てで、ほとんどの窓が割れている。長い間放棄されていたようで、周辺の草は伸び放題になっている。外観の印象では病院のように見える。

 カメラは草をかき分けて廃墟に近づいた。入り口は分厚い両開きの扉で塞がれている。取手を引くと軋む音を立てながら開いた。



 扉の先は広いロビーだった。明かりは割れた窓から差し込む外光のみ。光量が抑えられている分、外より映像は鮮明に映っていた。床にはいくつも亀裂が走っていて、クッションが裂けたソファーが転がっている。壁も風化して所々崩れかけている。

 ロビーの奥に廊下が見える。小石か何かを蹴飛ばす音を響かせながら、カメラは奥へと進んだ。廊下は建物の外周をぐるりと囲うように続いていた。外側の窓から陽光が差し込んでいる。内側にはいくもの扉があるが、そのほとんどがベニヤ板で打ち付けられて塞がっていた。

 しばらく廊下を進むと、扉が塞がれていない部屋を1つ見つけた。



 部屋の中は診察室のようだった。診察台のシーツが黒く変色し、清潔さの欠片もない。棚には薬瓶が並んでいる。その内の1つが割れていて、中の薬品が溢れたのか一部棚が変色していた。

 小さな机の上には医療器具が雑多に置かれていた。注射器の中に茶色く濁った液体が詰まっている。

 部屋の奥にパーテーションが鎮座しているが、ボロボロに破れて壁が見える。設計上、建物の内側に部屋があるので、窓は1つも無い。

 これ以上調べられる所はないと判断し、カメラは廊下へと戻った。



 カメラは階段を見つけて2階へと上がった。2階も同じく建物の外周を囲う廊下の内側に扉がいくつも続いてた。その多くは塞がれていて、入れる部屋が少ないのも同様だった。カメラはコツコツと靴音を鳴らして廊下を進んだ。



 最初に入った部屋は病室だった。いくつものベッドが規則正しく並び、シーツやマットレスは黄ばんでいた。

 並んだベッドのうちの1つにベルトが放ってある。人の胴体を巻きつけられそうなほど大きなベルトはボロボロで、今にも千切れそうだった。

 部屋の奥に仕切りのカーテンで覆い隠されたベッドが1台ある。カーテンを開けると、中のベッドは骨組みだけになっていた。また、ベッド脇の台に写真が伏せて置かれていた。めくって写真を確認すると、恐らく廃墟となる前のこの建物が映っていた。外壁が真っ白に塗装され、周辺の草はきれいに刈り取られている。建物の前に人が映っている。白衣を着た大人が1人、少し離れた所に水色の服を着た子どもが3人。顔は滲んでいてよく見えない。



 次に入った部屋には本棚が並んでいた。所蔵されているのはどれも児童向けの絵本のようで、昔からある有名なタイトルが目についた。

 床にはクリーム色のカーペットが敷かれ、座高の低い木製の椅子にクマのぬいぐるみが座らされているが、その首はズタズタに裂かれて中の綿が露出していた。

 壁には水玉模様の壁紙が貼られているが、その上には何色ものクレヨンで雑多に落書きがされている。その中でも一際大きな落書きが目に付く。黒で縁取られた巨大な顔にキツネのような長い耳が顔の両端に垂直に伸びている。顔の下で歪んだ笑みを浮かべる口には剥き出しの牙が生えそろい、頬から猫を思わせるヒゲが何本も伸びていた。この謎の生き物に特筆すべきなのは目だった。顔の半分以上を占めるほどに大きな楕円で、何色もの絵の具でぐるぐると回るように塗り重ねられていた。その目はこの部屋全てを監視するように見下ろし、映像越しでもその異様な迫力が伝わってきた。



「・・・何か聞こえません?」


 畔倉の呟きに意識が映像から部室に引き戻される。


「何かってビデオからか?」


 畔倉がリモコンを操作してテレビの音量を上げた。ホワイトノイズの音がだんだん大きくなる。耳を澄ませると、かすかにトットットッと規則正しい音がした。これは足音だろうか?映像は写真をじっと映すのみで動きはない。


「・・・1階に誰かいるのか?」


 音は階下から聞こえる。1階の部屋には扉が塞がれた部屋がいくつもあった。どこかに潜んでいたのか?

 カメラは音に気づいた様子もなく、写真を元の場所に戻して部屋を出た。



 2階には他に入れる部屋は見つからなかった。カメラは階段へ戻り3階へ上がる。

 しかし、その階の様相はこれまでと大きく異なっていた。壁や床が真っ黒なカビで侵食されていた。窓から外光は差しているものの、これまでの階より一層暗く感じる。

 カメラはカビに構わず廊下を進んだ。



 最初に入った部屋はロッカールームだった。この病院の職員用のものだろうか。

 ロッカーを次々開けて確認する。白衣や医学書などの物品のほか、グラビア雑誌まで入っていた。グラビア雑誌の表紙には派手なビキニを着た女性がポーズをとっているが、何となく古い年代の印象を受けた。

 扉ごと外れているロッカーの中にはホッチキスで留められたレポートの束が入っていた。パラパラとページをめくるも英文だらけで何が書かれているか分からない。最後のページには解剖図が載っていた。人間の横顔の中に脳が描かれており、その脳を突き刺すように瞼から金属の棒が挿し込まれている。



 次に入った部屋は脱衣所だった。木製の棚に衣類を入れるカゴが入っている。壁には洗面台が並び、濁った水で満たされている。

 部屋の奥にさらに扉があった。開けるとタイル張りの広いシャワールームになっていた。水場のためか廊下よりもカビの侵食が激しい。排水溝には大量の髪の毛が詰まっている。

 シャワールームの隅に大きな黒い塊があった。何らかの物体がカビで覆われているようだ。カメラがその物体に近づく。外の明かりが届きにくいため非常に暗く、最初それが何か分からなかった。徐々にその輪郭が露わになっていく。

 手、足、胴体、頭。すでに死体と化した子どもの瞳がテレビの前の俺たちを見つめていた。



 ビデオが停止して、テレビが真っ黒な画面を映し出す。映像が終了したのではなく、畔倉がリモコンの停止ボタンを押したようだ。俺も黙ってデッキからビデオを取り出した。

 いつの間にか窓から夕日が差し込み、部室を赤く染めていた。


「あの映像、本物じゃないですよね」


 震える声で畔倉が呟いた。


「そんな訳ねえだろ。作りものに決まってる」


 俺は毅然とした態度で答えた。自身の不安が悟られないように。


「でも私、ホラー映画とかで人の死体が映るシーンとかよく見るんですけど、なんか今まで見たことのあるのとは違ったというか…」

「だから何だよ。別に本物の死体を見たことがわるわけじゃないだろう」


 俺は何とか畔倉の疑念を否定しようとした。そうせずにはいられなかった。平静を装おうと言葉を紡ぐ。


「まあ、部誌のネタにはできるだろう。呪いのビデオと噂されていた映像の正体はどこかの誰かが作ったホラームービーだって。これで書けるようになったし、詳細は今度詰めるとして、今日のところはもう帰ろう」


 俺は鞄を担いで帰る支度をした。畔倉もそれにならって荷物をまとめる。

 そうだ。心霊映像だとか偽って脅かすために作られたニセモノか、そういう主旨のホラー映画に決まっている。映像に映った子どもの死体だって精巧に作った人形に違いない。

 そう自分に言い聞かせるものの、あの妙に生々しい映像が頭に焼き付いて離れない。テレビで目があった子どもの濁った瞳。あれは本当に作りものだったのか?

 部室のドアノブを捻って外に出る。後から続く畔倉がヒッと短い悲鳴を上げた。


「どうした?」

「ド、ドアに・・・!」


 震える指で畔倉が指し示す先を見て、俺は息を呑んだ。ドアの内側に薄いシミがついていた。そのシミは子どもの小さな手の痕に見えた。



 その日から身の回りで奇妙な事が起こり始めた。家の壁にシミでできた手の痕がついていた。風呂の排水溝に明らかに俺のではない長い髪が絡まっていた。留守電にノイズまじりの足音が残されていた。

 日を追うごとに怪奇現象は酷くなっていった。大学に向かう途中、マンションの側を通った。頭上から「危ない!」と声がして上を見上げた瞬間、俺のすぐ横を植木鉢が落ちてきた。あと数少しズレていたら大怪我を負っていたことだろう。上から住人が「大丈夫ですか!?」と声をかけてきた。

 ただの事故とは思えなかった。俺はあのビデオに呪われたのだ。



 週に一度、オカルト研究部は大学の教室を借りてミーティングを行う。ミーティング自体は今後のスケジュールと部誌の進捗状況を報告するだけですぐに終わった。後は仲の良い部員同士がそれぞれ集まり雑談に興じる。

 そこで1週間ぶりに畔倉と顔を合わせたが、目が淀んでひどくやつれた様子だった。俺と同じく今日まで呪いに苦しめられてきたことはすぐに分かった。

 俺と畔倉はすぐに斎賀部長に声をかけた。ここ1週間の出来事を伝えると、斎賀部長はウキウキとした様子で言った。


「まさかあの呪いのビデオが本物だったとは!いやぁいい掘り出し物を見つけたものだ!」

「笑い事じゃないですよ!」


 俺たちは今殺されかけているのに、何故平然と笑っていられるんだ。


「あの、私たちこのまま呪いで死ぬのを待つしかないんですか?」


 畔倉が不安げに尋ねる。

 切羽詰まった状況であることは俺たちの態度を見れば分かるはずだが、斎賀部長は焦る素振りを一切見せずに悠然と答えた。


「まぁここじゃ何だし、部室で話そうか。呪いのビデオもまだそこに置いてあるんだろう?」


 俺たちでは呪いをどうする事もできない以上、この人に頼るしかない。逸る気持ちを抑えて俺たちは部室に向かった。



 部室は1週間前に俺たちが出ていったのを最後に誰も入っていないようで、ビデオテープもテーブルに放り出されたままだった。

 斎賀部長は近くの椅子を引いてどっかりと座った。


「さて呪いのビデオについて前にも話したが、こいつはこれまでに色んな人間の元を転々と渡り、映像を観た者を呪い殺してきたとされている。事実、君たち2人は映像を観てからここ1週間怪奇現象に襲われてきた」


 俺と畔倉は頷く。部室のドアに張り付いた子どもの手の痕から始まり、今朝は上から物が降ってくるようになった。呪いは日を追うごとに強力になっている。タイムリミットは近いだろう。


「何か呪いを解く方法は無いんですか?」


 不安げに畔倉が問いかける。それに対し、斎賀部長は人差し指を上に向けた。


「1つだけ呪いを解く方法がある」


 とびきりの秘密を明かすかのように斎賀部長は続ける。


「呪いのビデオは様々な所有者の手に渡ったが、そのうちの1人がその筋では有名な霊媒師だった。霊媒師はすぐに中に録画された映像が危険な代物だと悟り、霊力を編み出してビデオの呪いを解くための映像、いわば解呪のビデオを作った。そいつを観れば君たちにかかった呪いはたちまち解けるだろう」


 何とも胡散臭い話だが、それが唯一の解決策のようだ。


「良かった!解呪のビデオを見れば助かるんですね!」


 畔倉が胸を撫で下ろす。だが俺は安心できない。


「それで、その解呪のビデオはどこにあるんですか?結局そのビデオが無いとどうしようもないんじゃないですか」


 呪いを解く方法が存在するのは良い知らせだが、肝心の解呪のビデオが手元になければ意味がない。すでに死ぬ一歩寸前まで呪いは強力になっているのだ。今すぐにでも映像を観る必要があるだろう。


「解呪のビデオならここにある」


 部長は上に向けた人差し指を今度はテーブルに向けた。そこには呪いのビデオがあった。


「解呪のビデオは呪いのビデオに録画されている」



「何で呪いを解くための映像を呪いのビデオに録画したんですか!?」


 俺は思わず叫んだ。

 斎賀部長は平然とした調子で答える。


「さぁ?呪いのビデオと解呪のビデオがバラバラになると困るだろうし、1本のビデオテープにまとめた方がすぐに呪いを解けて安心だと思ったんじゃないかな」


 素直に納得し難い答えだった。だが今こうして呪い殺される一歩手前まで来ている俺たちにとって救いになっているのは確かだった。


「解呪のビデオは呪いのビデオに録画してあるんですよね?どの辺りに録画されているんですか?」

 畔倉が尋ねる。呪いのビデオはそれなりの長さがある。せめて解呪のビデオが冒頭にあるのか末尾にあるのか、もしくは中間にあるのかだけでも知りたい。


「いや、どこに録画してあるかは霊媒師本人でさえ分からないらしい。ご高齢の方だから機械に弱かったとかで」


 俺は天を仰いだ。まさか機械音痴で重要な情報が伏せられているとは。

 呪いのビデオを解く方法は存在する。そして今すぐに実行できる。これは非常に幸運なのは確かだ。

 そのためにはどこに録画されているか分からない解呪のビデオを探すため、呪いのビデオを見続けなくてはならないのだ。呪いを解くために呪われにいく。正気の沙汰ではない。

 だが、残り時間も少ない。明日と言わず今日呪いで死ぬかもしれない。藁にもすがる思いで、その矛盾した方法に頼るしかないのだ。



 部室には俺と畔倉の2人きりになった。部長はこれ以上助けになれる事はないだろうと言い残して帰ってしまった。

 窓からは明るい日差しが差し込み、外で吹奏楽部が練習しているラッパの音が微かに聞こえた。まるで部室が外の世界から隔離されたような錯覚に陥った。すぐにでもこの部室から逃げ出したくなるが、その先に待っているのは確実な死だ。どこにも逃げられない。

 俺は畔倉に言っておくべき事があった。


「畔倉、すまん。俺が部誌のネタになるから呪いのビデオを観ようと言ったばかりに、こんな事に巻き込んで…」

俺の謝罪に畔倉は笑って返す。

「そんな事ないですよ。天津くんが言わなかったら、私の方から提案していたと思いますから」


 畔倉が笑みを浮かべてこちらを見る。こいつとは入部した時から反りが合わず、犬猿の仲ではあったが、まさか運命共同になるとは。

 意を決して俺は呪いのビデオをデッキに入れる。畔倉も覚悟を決めたようだ。リモコンをデッキに向けてボタンを押す。

 呪いを解くため、俺たちは呪いの映像を再生した。



 呪いのビデオは1週間前の続きから始まった。シャワールームの子どもの死体を映している。先週は作りものだと信じていたが、これは本物の死体なのだろう。

 ふと気づいたが、最初にビデオを観た時よりも画質が荒くなっている気がする。画面の中で散らつくノイズが目に留まる。

 カメラはシャワールームを出て次の部屋へ向かった。



 何が出てももう驚かないと思っていたが、次に入った部屋には息を呑んだ。

 そこは手術室のようだが、部屋中に血の痕があった。手術台の周囲の床に固まった血溜まりが広がっていた。壁には刃物で切り付けられたような何本もの血の線が引かれている。この場で何か凄惨な事件が起きたのを物語っていた。

 手術台の脇の台には手術道具が置いてある。メスやピンセットの他に鉄の細い棒が置かれていた。これはロッカールームのレポートの解剖図で見覚えがあった。

 手術台を囲うように大小様々な機械が置かれていた。用途は不明だが、メーターの付いた機械からはヘッドセットのような機具が繋がっている。

 壁際にスクリーンが垂れ下がっている。プロジェクターはすぐ近くに置かれており、ランプが赤く灯っている。どうやらまだ使えるらしい。撮影者がプロジェクターのスイッチを入れる。プロジェクターから駆動音が鳴り、レンズから光が照射され、スクリーンに5、4、3とカウントダウンが映る。2の後にしばらく暗転が続いた。

 次の瞬間、耳をつんざくような音が鳴り響いた。様々なビープ音が幾重にも織り交ぜられたような不協和音を奏でている。スクリーンにも奇妙な映像が流れ始めた。サイケデリックな色をした幾何学模様が画面いっぱいに点滅したかと思いきや、まるで意味の分からない文字列がいくつも表示され、人間の顔のパーツをバラバラに組み上げたモンタージュが浮かび上がったりとカオスが映像が続いた。

 幸いカメラの画質も音質も悪いおかげで、テレビの前の俺たちにはそれほど強い影響はない。その場に居合わせれば気が狂うことだろう。

 カメラも悶絶しているのかしばらく震えた後、ようやくプロジェクターのスイッチを切った。手術室にしんと静寂が戻る。

 しかしその静寂はすぐに破られた。

 部屋の外からコツコツと足音が聞こえる。階下にいた何者かが音を聞いて3階に上がってきたのだ。音が少しずつ大きくなりこの部屋に近づいているのが分かる。

 足音にカメラも気づいたようで隠れられる場所を探し始めた。ブレのひどい映像から焦りが伝わってくる。

 大きめの機械の裏に身を潜めた瞬間、バンと扉が開かれる音がした。何者かが部屋に入ってきた。カメラは壁を映すのみで侵入者の姿は見えない。コツコツと足音が部屋に響き、がしゃんと機械が倒れる音がした。撮影者を探しているのだろう。乱暴に機械を押し倒す音が続く。少しずつカメラが隠れている物陰に近づいている。

 ふいに手術室が静まり返った。コツコツと足音が遠ざかり、扉の閉まる音がした。

 カメラが部屋の中の様子を伺う。先ほどまで整然と並べられた機械が見るも無惨に倒れ、荒れ果てていた。

 手術室の扉を少し開けて廊下の様子を伺う。廊下には誰もいない。部屋から出てカメラは階段を目指した。この廃墟から脱出するのだろう。



 足早に階段を目指す後ろでバンと扉が開く音がした。別の部屋に入っていた何者かが出てきたのだ。

 カメラは後ろを振り向かずに走り出した。背後からそれを追いかける足音が急速に近づいてくる。見つかってしまったらしい。カメラは全力で廊下の先を目指す。廊下を曲がり階段が見えてきた。

 だが、下から階段を駆け上がる音がする。廃墟には他にも何者かがいたのだ。挟み撃ちに遭うのを避けるため、カメラは近くの開いている部屋に逃げ込んだ。

 そこは先ほど探索した脱衣所だった。そのままシャワールームへと駆け込み、扉の鍵を閉める。

 鍵をかけた扉から後ずさった途端、扉がドンドンと叩かれる。ドアノブもガチャガチャと捻られる。

 逃げ場を探してカメラはシャワールームを見回した。この部屋は建物の内側にある。外に通じる窓は1つもない。

天井に通気口がある。蓋を外せばそこから脱出できそうだが、手が届くほどの高さではない。

 必死で脱出路を探すカメラの端でカビに覆われた子どもの死体が映る。そこから何か細いものが蠢くのが見えた。

カメラもそれに気づきズームする。それは人間の腕だった。

 突如、カメラのレンズをカビまみれの手が掴んだ。腕は画面の外、後ろから伸びている。カメラを取られまいと必死に抵抗するも、カメラは床に落ちてしまった。

 床に転がったカメラはタイル貼りの壁を映した。静止した映像とは裏腹に抵抗して床を打ち付ける足音が響く。遠くの方では扉を叩く音とドアノブを捻る音が聞こえる。

 やがて、床を打ちつける音は消え、何かを引き摺る音がした。

 残ったカメラはしばらくの間静止したシャワールームを映し続け、その光景を最後に映像はぷつりと暗転した。



「あれ?これで終わりですか?」


 畔倉の言うようにテレビはそのまま何の映像も映さず、ビデオデッキから再生時間を示すセグメントが消えてしまっていた。


「部長の話では解呪のビデオが録画されてるって話でしたけど、そんなのどこにもありませんでしたね?」


 そうだ。俺たちはこれまでずっと映像を観てきたがそれらしい映像は一瞬も映らなかった。目を逸らさずに観てきたのだから見逃すはずがない。霊媒師は機械オンチだったという話だが、ビデオの録画に失敗したのか?

 そこまで考えて思い当たることがあった。


「俺たちはこのビデオでまだ観ていない所があったんじゃないか?」

「でも私たち最後までビデオを再生しましたよね?そんな映像どこにあるんですか?」


 これまで観てきた映像に無いのだとしたら…。


「ビデオの冒頭か…?」

「冒頭?でもそれは1週間前に観たじゃないですか」

「違う。俺たちはこのビデオを最初から再生していなかったんだ!俺たちの前にこのビデオを観た奴が途中で再生を止めてビデオを取り出したなら、1週間前に俺たちが再生した時、その続きの映像が流れることになる」


 DVDなら再生機がデータを読み取って自動的に映像を冒頭から再生する。だがビデオテープは違う。冒頭から映像を再生する場合、テープを巻き戻す必要がある。1週間前にビデオを再生した時、デッキに表示される再生時間まで確認していなかったが、まだ観ていない映像があるとすればそれより前の映像しかない。


「クソっ!テープを巻き戻せ、畔倉!」


 畔倉がリモコンの巻き戻しボタンを押した。これまで観てきた恐ろしい映像が逆再生される。

 ビデオデッキの表示によると映像は30分ほどあるらしい。巻き戻しは倍速で行われているがこれ以上速くすることはできない。冒頭まで戻るには時間がかかるだろう。

 もどかしさを感じながらじっと待つ。

 ビデオが3階に上がる映像まで戻った時、ばつんと音がして部室の明かりが消えた。何も見えない暗闇の中で巻き戻しを続けるテレビの明かりだけが見える。


「停電!?」


 畔倉が悲鳴を上げた。

 違う、停電ならテレビも消えるはずだ。それに明かりが消えただけにしては暗すぎる。日が沈むにはまだ早いはずなのに。

 背後からドンドン、ドンドンと扉を叩く音がした。

 俺は部室のドアを振り返った。そこにはテレビの明かりが届かず闇が広がっている。その闇の向こうからドンドンとドアを叩く音がする。それだけじゃない、ドアノブをガチャガチャと捻る音も。それはまさしくビデオで聞いた音だ。


「停電じゃない。ビデオの呪いだ!ついに俺たちを殺しに来たんだ!」


 冒頭まで映像が巻き戻るにはまだまだ時間がかかる。

 ドアを叩く音が強くなる。このままドアを破壊して何者かがこの部屋に突入してきそうな勢いだ。


「ヤバいですよ!天津くん!」

「俺がドアを押さえる」


 俺は椅子から立ちあがった。暗闇の中を手探りでドアに近づく。何も見えないからか普段より部室が広く感じた。硬いドアの感触が手に伝わるとそのままドアに飛びつき、何者かが侵入しないよう背中で押さえつけた。背中越しにドアを叩く衝撃が伝わる。人間のものとは思えない力だった。腰の近くで狂ったようにドアノブが捻られている。足に力を入れて踏ん張るが、そう長くは持たないだろう。

 俺はテレビの方を見た。映像はまだ2階を探索する場面だった。テレビの光に照らされて、リモコンを握りしめて座る畔倉の後ろ姿が見える。ふと、視界の隅にちろりと動く物が見えた。テレビの光がギリギリ届く暗闇との境目で、何かが蠢いて…。


「畔倉!危ない!」


 俺の叫びに畔倉が振り返る。その首を暗闇から伸びた細い手が掴んだ。映像に映っていたカビにまみれた手だ。

畔倉が首を掴む手を引き剥がそうともがく。

 だが彼女の周囲には他にも異形の手がテレビの光に照らされていくつも見える。


「畔倉!」


 すぐにでも助けに行きたいが、背中越しに伝わる衝撃がそれを許さなかった。少しでもドアを押さえる力を緩めれば、何物かがこの部屋へ侵入してくる。

 畔倉は必死で異形の手に抵抗している。だが、無数の手に腕や脚を掴まれて徐々に身動きが取れなくなってきていた。


「クソっ!畔倉!」


 畔倉が危ない。その動揺がきっかけでドアを押さえる力が一瞬緩んでしまった。一際強い衝撃に俺は前に押され、ドアがほんの少し開いてしまった。

 その細く開いた隙間から無数の手が侵入した。

 慌てて俺はドアを押さえ直すが、侵入した手が俺の頭を、顔を、腕を掴んでドアに押さえつけた。およそ人間ものとは思えない感触、筆舌に尽くしがたい異臭が俺を包み込んだ。

 1本の手が俺の首を絞めた。抵抗しようにも俺の腕はドアに押さえつけられている。異形の手に掴まれて歪んだ視界の中で、畔倉は無数の手に縛り付けられていた。

 もう、ここまでか…。遠くなる意識の中で俺は死を受け入れ始めていた。



 突如、暗闇の中から白い光が放たれた。

 何だ?その光の発生源はテレビからだった。

 映し出された映像には荘厳な寺をバックに立派な白髭をたくわえた老人が佇んでいる。老人が両手の親指と人差し指で輪っかを作る。


「このビデオを観れば、どんな呪いもばっちグ〜!」


 間の抜けるセリフと共に老人は両手の輪っかを正面に突き出して柔和な笑みを浮かべた。それと共にテレビから一際強い光が放たれた。思わず目を閉じる。何故かは分からないが、その光はどこか優しい温もりを感じた。

 次に目を開いた時には部屋は明るくなり、カビにまみれた異形の手が全て消えていた。ドアを叩く衝撃も無い。畔倉も無事なようで起き上がった。


「リ、リモコン!」


 俺の言葉に畔倉もハッとして、すぐ近くに落ちていたリモコンを拾い上げ、ビデオデッキに向けて停止ボタンを押した。テレビの画面から「ハッハッハ」と笑顔で手を振る老人の映像がぶつりと消えた。

 夕日の差し込む部室の中に静寂が生まれる。ドっと力が抜けて座り込む。どうやら今のふざけた映像が解呪のビデオだったらしい。間一髪でビデオの呪いが解けたのだ。


「やりましたね、天津くん」

「ああ」


 俺は大きく息を吐いた。極度の緊張から解放され、一気に疲労を感じる。とにかくこれで呪いから解放されたのだ。明日からいつもの日常が帰ってくると思うと、自然と笑みが溢れた。



 1週間後、俺は部室のパソコンで部誌の原稿を書いていた。内容はあの呪いのビデオの出来事についてだ。あれ以来、怪奇現象は一度も発生していない。しばらくの間、ようやく手にした安寧を享受していた。

 畔倉が呪いのビデオをネタに改めて部誌を書こうと提案してきたのは、呪いが解けて数日経ってからだ。私たちは命懸けで呪いを解いたのに、何の見返りもないなんて勿体無い!との事だ。改めてこいつは図太い性格をしていると思ったが、その提案を後押ししたのは斎賀部長だった。


「呪いのビデオから生還できた話は聞かないからね。その貴重な体験をぜひレポートとしてまとめるべきだよ」


 斎賀部長にまで勧められては俺も断れなかった。そういうわけで俺と畔倉は手分けして呪いのビデオの体験を記事にすることにした。まぁ、確かにあの出来事を俺たちの胸の内だけに留めておくには惜しいような気もしてくる。公表すればさぞ関心を引くに違いない。そう思うと俄然筆が乗ってくるような気が…。


「なーんか内容薄くないですか?」


 後ろから畔倉が文句を垂れてきた。パソコンのディスプレイには、俺が書き起こした映像の内容が表示されている。


「ほとんど箇条書きじゃないですか。もっと細部まで書かないとあの不気味な映像が読者に伝わりませんよ」

「しかたないだろ俺とお前の記憶を頼りに書いているんだから。もう一度あのビデオを見返すわけにはいかないし」

「でもこれが目玉なんですよ?今まで明るみに出なかった映像を公表するんですから。」

「お前の方はどうなんだ。呪いで起きた怪奇現象をまとめているんだろ」

「私ならもう原稿を書き終えて部長にOKもらってますよ。後は天津くんの原稿だけです」


 んぐ、と喉がなる。まさか先を越されるとは。得意げな顔をする畔倉から目を背け、再びパソコンのディスプレイを睨みつける。原稿は完成にはまだまだかかりそうだ。うんうんと唸っていると部室のドアが開かれた。


「やあやあ、記事の方は順調かい?」


 入ってきたのは斎賀部長だった。


「映像の内容があやふやで…まだまだかかりそうです」

「それは大変だね。よし、僕もこの前ビデオを観てきたし、手伝ってあげるよ」

「え、部長あのビデオ観たんですか!?呪い殺されちゃいますよ!」


 驚愕する畔倉に部長が平然と答えた。


「呪いが解けるのを君たちが実証してくれたんだから問題ないさ。対処法が確立されているケースなんて滅多にない。この機会を逃すわけにはいかないよ」


 くっくっくと部長が笑う。改めて思うが斎賀部長は底が知れない。こういった出来事には慣れているのだろうか。

 斎賀部長の助けを受けながら、俺は原稿を書いていく。


「結局、あの映像は何だったんでしょうね」


 畔倉が呟きに斎賀部長が答える。


「どうだろう。廃墟は精神病院のようだったね。それも児童向けの。映像から察するにそうとう劣悪な環境だったようだ。人を呪い殺すほどの強い怨念は患者の子ども達のものだろうね。山奥の隔絶された施設で何があったのか…。まあ、凄惨な事件が起きたのは確かだ」


 映像では場所を特定できる情報は何もない。俺たちには推察する事しかできないだろう。


「しかし、まさか本当に君たちだけで呪いを解くなんてね。呪いや怪異に直面してもなお、それを乗り越える力があるようだ。どうだい?よかったら、僕の”仕事”を手伝う気はないかな?常識の通用しない非日常の世界でも君たちは渡り歩く事ができるはずさ」


部長は興奮した調子で言う。


「いえ、遠慮します」


 俺と畔倉はきっぱりと拒否した。確かに俺たちはオカルトが好きだ。幽霊、都市伝説、UMA。日常の世界から切り離された非日常の世界を垣間見る事に浪漫を感じる。だが、いざその非日常の世界に足を踏み入れて、本当に命を狙われるなんてまっぴらだ。

 オカルトはあくまで自身の手の届かない憧れとして留めておくに限る。

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