映画や小説みたいに
「えっ…………」
初めて顔を合わせた二人は同時に声を出した。
正午の駅の入り口。SNSサイトで約束した待ち合わせ場所。周囲は大勢の人々が行き交っている。
「若いイケメンに殺されたい」と願っている若い女と「若く美しい女を殺したい」と願っている若い男。
更に二人は同時に同じ事を思った。
――――コイツじゃない。
男はイケメンではなかった。
女は美しくなかった。
「えっ……と……」
男は口ごもる。「あなたは殺したくないです。理由は美しくないからです」なんて言えるわけがない。
「…………」
女は何も言わない。「あなたには殺されたくないです。理由はイケメンじゃないからです」なんて言えるわけがない。
人と接する事が苦手で、地味に静かに生きてきた二人。
早々に自分の人生に見切りをつけてしまった二人。
歪んだ欲望、自暴自棄、最期くらい許して欲しいわがまま。
無言の時が過ぎる。やっと女が口を開く。
「そこのマック入りませんか? 私、お腹減りました」
女が提案した。
「そうですね。僕も朝から何も食べてないんです」
男は応じた。
――――――――――
店内のテーブルで向き合い、二人はビッグマックのセットを食べている。
二人とも今回の「約束」は守られないと理解している。
「今から死んでいく女」にビッグマックの高カロリーは不要だろう。
そんな事より、二人は同じ事を心配していた。
――自分と一緒にいることで、周りから「底辺カップル」とか思われていたら申し訳ないな。
二人は無言でビッグマックもポテトもコーラも食べきり、飲みきった。
会計を済ます。財布を出そうとする女をとめて、男が二人分支払う。
―――――――――
再び、待ち合わせた駅入り口に戻って来た。
――映画や小説だったら、この人と付き合い始めたりするんだろうか。
そんな事を二人は思う。
――バカバカしい。
そんな事を二人は思う。
「今日は、ごちそうさまでした。ありがとうございました」
「僕、人と一緒に何か食べたの何年ぶりか分かりません。少し楽しかったです」
「じゃ……」
男が別れを告げた。「あれはなかった事に……」などと言う必要はない。
「あっ……、あの……」
女が男を引き止めた。
男は悪い予感がした。
ここで「私と付き合ってみませんか?」などと言われたら、全て台無しだと思った。
「なんですか?」
女は時間を掛け、言葉を絞り出す。
「えっ……と……。もし、もし私が……、銀行強盗……したくなったら……、一緒に行きませんか?」
男は表情一つ変えない。
「バカバカしい」などと思わない。
数秒後、静かに返事をした。
「もちろん」
女に背を向け、男は足を踏み出す。
――あの女性となら警官隊に蜂の巣にされるのも楽しいかも知れない。
映画や小説みたいに。
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