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色々と僕をいじめてくる戸塚だが、基本的に昼飯時にはあまり干渉してこない。いつもの取り巻きに更に何人かを加えて大人しく(非常に騒がしいが)食べている。
学生であり運動部にも所属している彼にとって、貴重な燃料補給の時間には僕にまで意識を回してる暇はないということか。
僕の方も別に一人で食べることに抵抗はないため、昼食時はお互いに干渉せずに(僕は干渉したくもない)過ごしている。精々学食へのパシリに使われるぐらいである。
だが今日は違った。
なんとなく教室で食べる気が起きなかったので、トイレで友達の便器と一緒に昼飯を摂っていた時のこと。
突如、僕の頭上にだけ豪雨が発生した。
「ぷぅぅっっ!?」
ベテランいじめられっ子である僕をもってしても、さすがに便所飯の最中に上から水が降ってきたのには悲鳴をあげるしかなかった。
水の量からして、おそらく豪雨の正体はバケツ一杯の冷水だ。雨の比喩についてよく『バケツをひっくり返したような』という表現があるが、まさか本当にバケツをひっくり返した雨を喰らう日が来るとは思わなかった。
果たして効果は絶大で、ちょうど水筒でお茶を飲んでる最中だったのもあり、僕は驚いてお茶を飲み込みそこねて激しく咳き込み、上からだけじゃなく鼻からも水を落とすハメになってしまった。
激しく咳き込んでいると、扉の向こうから同じぐらい激しい笑い声が聞こえてきた。
「ハハハハハッ!!やっぱ最高だなぁ!!」
野生の猿みたいに騒いでいた。
笑い声だけでわかった。戸塚たちだ。
「なぁ、今の悲鳴聞いたかよ!?『ぷぅぅっっ!?』って!マジ最高だわー!」
「おいおい、あんま笑ってやるなよ……ぷぷぷ……!」
「そうだぜ便器くんと二人で仲良く食べてる落城くんの邪魔しちゃさぁ……!」
ご満悦そうである。
人をずぶ濡れにしたのがそんなに嬉しいのだろうか。僕にはよくわからない世界だ。
「……あっ、やべ。こいつ忘れてた」
「こいつ……?あー、おいおい何やってんだ。ソイツはらくじょー君の大事な友達なんだから、忘れず放り込んどいてやれよ」
おう、と今宮らしき返事が聞こえてから数秒後、また頭に何か当たる気配がした。
手で振れてみるとなにやら波打つような、皮膚の上を這いずっているような感覚がする。それで正体がわかった。アオムシだ。
「ははははっ!便器以外に友達が増えて良かったなぁらくじょー!」
明らかにトイレの外まで響いてんじゃないかという戸塚の声。だが男子トイレへとやって来る者はいない。
仕方ないよね。昼飯時だもんね。
「戸塚、そろそろ……」
「ああ。そんじゃ、人集まってくるかもしれねー前に離れとこうぜ」
「だな。落錠クンが『ぷぅぅっっ!?』て悲鳴上げちまったからな」
「ぶっ!! もうそれ無条件に笑っちまうからこれから禁止な……!!」
青春のヒトコマっぽい会話をしながら、三つの声は個室から離れていった。
そして残ったのは、嵐が過ぎ去った後のような静寂だけ。
「……うぅっ。寒っ」
無意識的に体が震える。
奴らは忘れてるかも知れないが、今は十月だ。既に冬の幕が開いているこの時期に冷水ぶっかけるとか、下手しなくても風邪ひくぞ。
案の定というか、すぐにアニメキャラみたいなくしゃみが出た。その拍子に、髪の上を這っていた生物が飛ばされまいと必死にしがみついたような感覚がする。
「あー……ごめん」
アオムシを摘み上げる。それなりに大きい個体のようだった。
……ていうか、さっき戸塚たち『忘れてた』て言ってたよな。本来ならばあの冷水とアオムシは同時に放り込まれるはずだったのか。そんなことしたらアオムシは溺れて死ぬぞ。
「……ほんとごめんな。こんなことに付き合わせて」
あまりの身勝手さに、戸塚に変わって謝罪する。
アオムシは『知るかはよ離せ』と言うように身を捩らせるだけだ。薄く笑ってから、望み通り個室の扉を開けて開いていた窓から適当に放ってやる。
アオムシは空気に抱かれて何回か回転しながら、葉っぱがある場所へと落ちていった。
たぶん彼(彼女?)はこれから無事に蛹になって冬を越し、やがて蝶になって今までの鬱憤を晴らすように空を飛び回るのだろう。
いずれ勝利が約束されている生活。少し羨ましい。
人間には、そんな都合の良い羽化はないから。
「……しかしどうしよ……タオル持ってきてないんだけど」
個室に戻ると、中途半端に水を撒かれたのと元々のトイレの汚れが相まって酷い異臭が漂っていた。思わず鼻をつまむ。
弁当箱も水を被っておりで、まだ少し残っていた昼食もビシャビシャである。それだけでなく髪の毛や制服も、まるで着衣水泳した後みたいになっていた。
こんな状態じゃ次の授業なんて出れるわけがない。どうしても出たいなら保健室で体操服を借りるという手もあるが……。
「いやー……」
とてもじゃないがそれを実行する気にはなれなかった。教室で一人だけ体操服を着て授業を受けるなど、戸塚たちにまた新たな笑いのネタを提供するだけである。
それに、そこまでして受ける価値のある授業でもない。真面目に出席したって、どのみち教師からの『問題児』のレッテルはもう覆らないから。
「……サボるか」
記念すべき無断欠席六回目だ。
これほど重ねているともはや戸塚たちへの怒りも、教師に叱られる恐怖もありはしない。ただただ億劫なたけだ。
そうと決まると、緩慢な動作で最低限手のひらや体から水を払い、プラスチックの弁当箱を拾い上げて具ごとゴミ箱に捨てる。
食品ロス?知るか。ダメにしたのは戸塚たちだし、どうせ弟の弁当の余り物と昨日の夕飯の残り物だけで構成された弁当だ。
濡れた髪を濡れた袖で拭いて、僕は廊下に出る。
ここに留まるのはあまり良くない。戸塚も言っていたように、誰か来たらめんどうなことになる。
不幸中の幸いというか、今日は秋にしてはまだ日差しも強めだから、中庭にでも行ってみようか。外に出て日に当たっていれば、制服も乾いてくるかもしれない。この世において自然乾燥に勝るものなし。
とりあえずの行動方針を決め、なるべく人目につかないように歩き出したとき。
「あの、落城くん」
踏み出した足が地面に着く前に声が聞こえて、思わず飛び上がりそうになった。一体誰だ、事情の説明とか求められたら面倒になるぞ、と思いながら振り向くと、すぐにその心配はない人物だとわかった。
目の前にはクラスメイトが一人立っている。
度がキツいと噂の眼鏡をかけ、特別手入れをしているようには見えないショートヘアーを揺らしていた。『地味』というよりは『意図して目立たないようにしている』ような女の子───委員長の都宮良子さんだ。度々話したことがある。
「……何の用?」
とはいえ今は水をかけられた直後というのもあってブルーな気分で(水だけに)答えてしまう。僕の言い方に都宮さんは若干引っ掛かったようだが、すぐに首を振って気を取り直すと、
「その……コレ、どうぞ」
おずおずと後ろ手に持っていたタオルを僕に手渡してきた。運動部で使われていそうな、無地の白の物である。
「え……いいの?」
「うん。そのまま使っていいから」
「あ、ありがとう、助かるよ」
本当に助かる品だった。濡らしたまま乾くのを待つつもりだったのだが、今までの経験からして、これだけでもかなりマシになる。
体の芯から震えるのが、精々鼻水が止まらなくなるぐらいで済む。
もう一度だけ礼を言って受け取り、濡れた制服や体を拭いていく。その光景を、都宮さんは上目遣いて見ていた。
それからおそるおそると言ったように口を開く。
「だ、大丈夫?落城くん」
「あんまり、大丈夫じゃない」
「あはは……だよね……」
目をそらしながら頬を掻く都宮さん。
それから脳の中で言葉を組み立てているような無言の間が続く。
何か言うつもりなら邪魔はしたくないと思い、僕は体を拭く作業に戻った。
見えてる範囲の水滴は拭き取れたあたりで、ようやく都宮さんは言葉を紡いだ。
「やっぱり、辛いよね」
悲しげに目を伏せる。彼女の瞳からはある程度の同情が感じられた。本当に僕の境遇を辛いものだと思ってくれているのだとわかった。
それからまた、彼女は口を開いた。
「だけどさ、もうちょっと耐えてくれないかな?」
僕が顔を上げると、彼女はブンブンと手を振った。
「いやっ、もちろんね?別にいじめを肯定してるとか見て見ぬふりしてるとか、私はそんなつもりはないよ?」
あくまでも『いじめは悪いこと』だと認識している───そういう体で彼女は先の言を発したらしい。
「だけどね、落城くんも知ってるでしょ?ウチのクラス、一学期の頃は戸塚くんのグループが好き勝手に暴れてて、ほとんど学級崩壊気味だったの」
「まぁ、うん」
覚えている。
一学期の頃は環境も変わって『標的候補』がゴロゴロといたから、戸塚もまだ僕にかかりっきりではなかった。クラスのパワーバランスはどうなっているか、自分に逆らえるような奴がいるかどうか。彼にとっての一学期は、いわばその確認期間。
だから結果として、戸塚のイジメやイジリは、クラスメイトの全員へ無差別に向けられている状態だった。
果たして今の自分の状況とどっちがマシだっただろう、と一瞬考えた。
「でもさ、一学期の……終わりぐらいからかな?いじ……その、対象が落城くん一人に集中し出してから、クラスは元の平和な感じに戻ってきたよね。戸塚くんたちが、もう落城くんのことしか見なくなったから。そうっ、落城くんのお陰で平和になったんだよ!」
「……平和」
『平和』ってどういう意味だっけ。後で辞書で引いとこう。
「ほらさ、必要悪ってあるじゃん?結局世の中からイジメや差別が失くなることなんてあり得ないんだからさ、集団においてやっぱり皆のガス抜き用の人間っていうのは必要だと思うんだよ。もちろんっ、その役回りがたまたま落城くんになっちゃったのは不幸だと思うけど……そこは割り切ったらどうかな?」
幼子に言い聞かせているような、おだてて乗せようとしてるような声音だった。
「そういうのの順番なんて、きっと遅かれ早かれ誰にでも回ってくるものだし、それが今回は落城くんなだけ。落城くんがそういう目に遭ってくれてるから、今クラスは平和になってる。そこは私、本当に感謝してるよ」
「…………」
「だからさ、もうちょっとだけ落城くんはクラスのために───」
「わかってるよ」
言い捨てて、僕はさっさと都宮さんに背を向けた。もうこれ以上、彼女と話すことは何もないと思ったから。
単にそれだけの行動だったのだが、都宮さんには違う心境故の行動に映ったのか、
「あっ、ちょっと落城くん! 本当にお願いだからね!?余計な問題起こしたくないから!」
慌てたように呼び掛けてきた。どうやら『本題』の部分を聞く前に会話を切り上げてしまっていたようだ。
悪いとは思わないけど。
耳にタオルを突っ込んで聞こえないフリをしながら、廊下を曲がって階段を降りる。一秒でも早く、彼女の視界から消えたかった。
……わかってるよ。
誰か一人がイジメられることよりも、クラスがバラバラになる方が問題たりえるのだということも。
わかってるよ。
集団を纏める手っ取り早い方法は、共通の敵を作ることと、共通の貶め対象を作ることだということも。
わかってる。
結局社会なんてそんなもの。正直者じゃなくて、上手く立ち回るヤツが笑えるようにできている。
タオルで目元を拭いてから、僕は無心で階段を降りた。
早く中庭に行こう。青い空や雲を見れば、この諦観も少しは晴れるかもしれない。それならこないだのように屋上に行った方が良いかもしれないが、こうも水滴を作りながら歩いてると怪しまれてしまう。
歩いているとやがて中庭にたどり着く。着いた瞬間に授業開始を告げるチャイムが鳴ったが、それは少しも僕の気持ちを引き留めなかった。
芝生とアスファルトが入り交じる中庭自体は、特段特別な物というわけでもないだろう。
ただ、『授業中に訪れた』というだけでその価値は三倍ほど跳ね上がったように思えた。仮病で学校を休んだ日の布団がバカみたいに気持ち良く感じられるのと同じ理屈かもしれない。
「さて……」
視線を動かし、中庭に置かれているとあるベンチを探す。設計者だか工事担当がミスったのかは知らないが、中庭内の五つのベンチの内、なぜか一つだけやたらと日陰に設置されており、教師陣から視認されにくいベンチがあるのだ。
それに座って、しばらく暖と休息を取ることにしよう。
何度も利用しているからか、ベンチはすぐに見つかった。
周りに教師もいない。これ幸いと僕はベンチの元までたどり着き、いざ座ろうとしたのだが、
「……あれ」
ベンチの全貌がわかるほど近づいた時、それまでわからなかったのだが、ベンチにはなんと先客がいた。
先客は、ベンチの僕の特等席を取って、僕より先に休息を取っていた。
記憶を辿る限り、交流があったことはない人物だった。影にいるので詳しい風貌とかはわからない。ただ、肩の下まで伸びているロングヘアーからもしかしたら女子生徒かなということと、目を開けているのにまるで眠っているようにボーッとしていることなわかるだけだった。
予想外の人物の登場に立ち止まっていると、ベンチにいた女子高生も僕に気配を察知したらしい。
錆びたロボットのように緩慢な動作で首を曲げ、僕の姿を捉える。そこから『僕』という存在にピントを合わせているかのような間を挟んだあと、ようやくちゃんと僕と目を合わせた。
その瞬間、僕は心臓が大きく脈打ったのを感じた。
柔らかな黒い瞳だった。じっと見つめていると、そのまま吸い込まれてしまうんじゃないかと思えるような……妙な魅力を持っていた。
それが、僕にはとても綺麗に見えた。灯ったイルミネーションを見ているような…。不思議と目をそらせないようなそらしたくないような、そんな目だった。
しかしふと我に返った頃には、彼女の目の輝きは無くなっていた。さっきのが見間違いだったのではと思えるほどに、今はくすんで濁っている。
くすんだ目のまま、目の前の女子はやがて年寄りに席を譲るときのように体を横に動かしてスペースを作ってくれた。
「……どうぞ」
まさに『ザ・女性』て感じの澄んだ声だった。
その声にまた鼓動がうるさくなる。
なんとかそういう変化を体内だけに留めながら、軽く礼をして、もう一人ぐらい入れる隙間を間に空けて隣に座る。
近くで見るとわかった。彼女の髪の毛や制服も、僕と同じようにビシャビシャに濡れていた。というか、顔には今も汗みたいに水滴が浮かんでいる。
唐突に僕は、彼女から同じ匂いを感じたように思った。さっきの目の綺麗さを見たときは、とても手が届かない存在だと思えたのだけれど。
そのとき、不意に強く風が吹いた。思わず両腕で体を抱き締める。
隣の女子は大丈夫かと、向けなくても良いのに視線を向けると、彼女の髪の毛から雫が一滴垂れるのが見えた。動くものに興味が向く動物のサガか、つい視線が吸い寄せられる。
もしかしたら彼女は、僕と同じように水をかけられてからさほど時間が経っていないのかもしれない。
だとしたら相当寒いはずなのに、彼女は表情をほとんど動かしていない。
そこまで考えたところで、僕はまだ手元に都宮さんにもらったタオルがあることを思い出した。
「……あの」
無視されたらそれでいい。おせっかいといわれてもそれで良い。今さら誰にどう思われようが痛くも痒くもない。その心意気で僕は声を発した。
たっぷり十秒ほど経ってから、彼女は僕の方を向く。虚ろな目を僕に向けて、またピントを合わせるような間。
「……はい?もしかして、私に話しかけてますか?」
「そうです」
むしろ貴女以外に誰がいるのだろう。確かに急に話しかけてきたら気持ちはわかるけど。
「その、よければこれ、使いますか?」
濡れた面を下にする形でタオルを差し出すと、彼女は虚ろな目を少しだけ丸くした。
「……いいんですか?」
「大丈夫です。僕のじゃありませんから」
「……だとしたら余計に不味いような」
少しだけ───ほんの少しだけ彼女は格好を崩した。
「ああそっか。まぁ……元の持ち主は『口止め料』として渡した感じで、別に帰ってくることを望んでなさそうでしたし、たぶん大丈夫ですよ」
「はぁ……」
彼女はまだ訝しげな顔をしていたが、態度に出してないだけで濡れたままの体が堪えていたのかもしれない、素直にタオルを受け取ってくれた。
タオルを指で軽く広げると、小さな頭の上で彼女はタオルを暴れさせる。髪の毛が長いから濡れた面積も多いようで、わざわざ首を傾け髪の先にある水まで丁寧に拭き取っている。
その光景から僕は目を離して代わりに雲を見た。なんとなく、女性のこういう場面を見るのはルール違反のやうな気がしたのだ。なんのルールかは知らないけど。
校舎からの教師の声をBGM代わりとし、僕らは無言でそれぞれの作業に集中する。
中庭の日陰にて、ベンチに座りながら服を乾かす男女が二人。画になりそうで画にならない光景だった。
視界にあった入道雲が右から真ん中のあたりまで来たところで、彼女は髪を拭き終えたらしい。タオルを傍らに置くと、入れ替わりにヒビが入った手鏡と一部が折れている櫛を取り出し、髪をとかし始めた。手鏡と櫛は乙女の必需品だと聞いたことがあるが、どうやら本当らしい。
空の中央にあった入道雲が更に左に行ったあたりで、彼女はようやく一息つけたようだった。
「あの……コレ、ありがとうございました」
丁寧にタオルを畳んで言う。なんともない思いで渡した物だったので、特に達成感は感じなかった。
「別にいいですよ。さっきも言ったけど、どうせ僕のじゃありませんし」
「貸してくれるだけでも違いますよ。世の中には、それすらしない人もいますから」
「あはは。確かに」
もしくは打算ありきでする人もいますよね、と僕は都宮のことを思い出しながら言う。
確かに……そっちの方が多いかもしれませんね、と女子も言った。
軽く笑い合う僕ら。友達同士のじゃない、他人同士でする笑い方。
彼女は、バスの中でハンカチを貸してくれた人に対してのように言った。
「……コレ、洗って返しますね」
「えっ、いやそんなことしなくて大丈夫ですよ。どうせ持って帰ってもゴミ箱に捨てるだけですし」
「いいえ、これは礼儀の問題です。また……明後日に持ってきますので」
意外とお堅い人のようだ。いじめられっ子である僕に払うべき礼儀も無いだろうに。
……にしても、第三者から人権のある人扱いされたのは、コンビニの店員以外とかじゃ久しぶりだ。
彼女はしばらくまた僕が貸したタオルを見つめると、出し抜けに訊いてきた。
「……あなたの名前は?」
「えーと……落城淘辞、です」
「私、2年2組の清咲 時瀬っていいます。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……あ、僕は2-1です」
「ああ、隣のクラスだったんですね」
名乗り合って、軽く会釈し合う。
これが僕たちの、奇妙な出会いだった。