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  作者: 滋賀ヒロアキ
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何か嫌なことがあった時、僕はどこか高いところへ行くようにしている。

バカと煙は高いところが好き、だなんてよく言うけれど、僕に言わせれば、高いところへ行けば自然と誰でもバカになる。空との距離を縮めて雲を眺めたり、下を向いて人の形をした豆粒なんかを見つめていたら、特にわけもなく気分が高揚してくるものだ。

だから僕は高いところが好きだし、落ち込んだときは頻繁に行くようにしている。


では、この暗寧(あんねい)高校における『高い場所』はどこになるのか?決まっている。屋上だ。

持ち物検査のある日に朝からタバコ(爆弾)を押しつけられ、ヤケクソ気味にトイレのゴミ箱へ捨て(後で回収するつもりだ)なんとか乗り切ったのだが、その後すぐ戸塚に


『なに誤魔化しきってんだよテメェ本当つまんねぇ。しかもあのタバコ隠しやがるとか、とんだワル野郎だな』


と数発殴られ、タバコを弁償することを命令されれば、そりゃ気分も沈むものである。

更に腹の虫が収まらなかったのか、二時限目は戸塚たちに体操服をどこかへ隠され見学せざるを得なくなり、教師に説教された。そのあたりで一旦のキャパを超えたため、見学から帰ってきた足で僕はそのまま階段をひたすら上っていった。出す必要が無いから表情を『無』にし、人の目を気にしながら足を動かしていく。

四階まで来ると、やがて明らかに手入れされていないのだと、普段誰も足を踏み入れないのだとわかるほど汚れた階段へと差し掛かった。埃を回せないようにゆっくりと上っていく。一階分上ると、屋上へ通じる扉が僕の前に立ち塞がった。

他の高校と同じように、安寧高校も屋上へ続く扉は施錠されている。隠れてタバコを吸ったりとかそういう非行を防止するため。

屋上で昼食だなんて小学生ぐらいの頃は憧れていただけに、この施錠状態がデフォだと知ったときは割と落ち込んだものだ。

中々実現しないなぁ、幼少期からのこういう憧れは。いじめや犯罪は簡単に実現するのに。


閑話休題。

だが安寧高校に入学してから約一年。ついに僕は、その憧れを現実にする手段を発見した。

屋上へ続くドアノブを迷うことなく握り、雑に左右に回そうとしてみる。この扉はノブに鍵を差し込んで施錠するタイプなので、もちろん本来は回りきらず開かないハズである。

しかし、六回ぐらいガチャガチャとノブを左右に回していると、やがてどこかのタイミングでガチャンという音が鳴った。それと同時にノブの回りが急速に軽くなる。

無意識に口の端を釣り上げながら、僕はノブを捻り扉を開けた。


築ウン十年と経ってさほど手入れもされていないためか、この扉の鍵はすっかりバカになっているのだ。外側からガチャガチャと力をかけるだけで勝手に開いてしまい、鍵としての機能を果たしていない。

一年前のとある日、どうしても屋上に出たくてドアノブを回していたら偶然これを発見したのだ。それ以来、度々この方法によって屋上を利用させてもらっているが、特に僕が咎められたことは無いし、この扉に更なる防壁が追加されたこともない。なので問題はないだろう。


「……この場所まで戸塚にバレたら、僕の安全基地はいよいよ自宅のベッドだけになるな」


苦笑いしながら扉を開けた。

途端、扉の隙間から秋の自然が入り込んで来る。


「っ……」


ぴゅうっと吹いた風がコメカミあたりの髪を撫で、秋にしては強い陽射しが視界を照らす。

思わず目を閉じてしまった。

一歩外に出ただけで空間が広がったような、別世界に来たかのような錯覚を覚える。爽やかな自然が纏わりつく淀んだ空気を吹き飛ばしてくれた気がして、鼓動が高鳴っていく。


「はーー……きもちー」


腕を広げ、ラジオ体操みたいな動きで肺一杯に空気を吸い込む。

太陽に向かって首を伸ばすヒマワリになった気分だ。


自然は好きだ。綺麗で澄んでいるから。いや、もちろん現代においては排気ガスやら温暖化やらが混じっててあまり綺麗ではないのはわかってるけど。

わかってるけど、それは人間みたいに『汚くなろうとしてなってる』わけじゃない。あくまで自然にとっては不可抗力であって、彼ら(彼女か?)はどんな人間にもありのまま、文字通り自然な姿を見せてくれる。

それが、僕はなんとなく好きなのだ。変だろうか?しかし、人間の醜いところを見続けたら、自然に癒しを求めるようにもなるというものだ。 

後ろ手に扉を閉めてコンクリートの地面を踏みしめながら呟く。

確か、一週間前に来たときは下を見たから、今日は上を見てみる。巨大な青の中には、一つのわたあめを千切って散らしたように点々と雲があった。

手すりに腕を乗せ、適当な雲にピントを合わせる。

そのままボーっと、これと決めた一つの雲を眺める。今日は前より流れが早いな。空の方は風が強いのかな。

そんなことを考えながら穏やかな風に吹かれるというのは、中々に乙なものであり風情を感じられるのだ。なんの風情かは知らないけど。

雲が視界の外へ行ってしまったので、また違う雲を探す。その拍子に、ふと下へ意識が向かった。

屋上からは広い運動場が一望できた。少し早めに着いて体育の準備をしている生徒が見える。指二つで摘まめそうなサイズだからよく見えないけど、たぶん皆めんどくさそうな顔をしているのだろう。

眠いだとか、課題が多いとか、この後の部活がめんどいだとか、きっとそんなことを言い合っているのだ。


羨ましい。

僕もそんな無邪気な生活を送りたかった。なんで僕の人生はこうなってしまったのだろう。

どこで選択肢を誤ったのだろうか?


「…………」


これまでも何度か考えたけど、やっぱりそんなのはわからなくて。そもそも外部からの強制イベントの結果だったので関係なかったなと思い直した。


「……リセット、しようかな」


腕に力を込めながら、このすぐ真下を見つめてみる。

このクソゲーを自ら終わらせられる、唯一の方法。


遠い地面。だけど腕と足を少し動かせば、すぐ距離を縮めることができる。

固い地面。きっと真っ逆さまに落ちれば、人間の首の骨なんかかつての左腕のように簡単に折れてくれる。

目撃者もいない。状況は充分。

飛ぶだけで良いんだ。ほらこんな風に手すりを越えて───


「……やめた」


腕と足を手すりから離して、全力疾走した後みたいに後ろに座り込む。

決心しようとする度に、脳の中の冷静な人格が語りかけてくる。

なぜ僕がいじめられるのかもわからないが、なぜそれで僕が死ななければならないんだ。そっちの方がわからない。

最後まで「他人のせい」で行動してていいのか。大逆転したくないのか。いじめたアイツらに、一泡吹かせたくないのか。

その声によって、どうせ晴らせやしないと仕舞い込んでいた戸塚たちへの恨みが思い出させられる。いつか戸塚たちへと仕返しすることを願って、僕はなんとか生きる活力を生み出している。


「───仕返し、だって?、」


思わず口をつく。

この期に及んでまだ体裁を保とうとした自分自身に、自嘲がもれた。

そうじゃないだろうに。そんな、前向きなものじゃないだろうに。


「ただ、まだ死にたくないってだけの癖に」


結局、死ぬのはまだ怖かった。足が無意識に震えてしまうぐらいには。


きっと、実際に自殺した人というのは、恐怖なんて感じていなかったのだろう。もしくは、感じても無理やり振り切ったか。


そう考えると、僕はまだ本当の意味で絶望できてはいないらしい。



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