勝てない。
ずっと、言わなきゃいけないと思ってたことがある。
誰に?
女房にだ。
俺とあいつは、職場で知り合った。
なんと言うこともない、普通の会社の、普通の職場。
互いに、もう、落ち着かなきゃいけないからってことで。結婚した。
結婚した時、俺はこいつに隠していたことがあった。
いまだに話していない。
こわくて。
知られたら……と思うと……。
でもある日。
「ねえあなた、たまには夫婦で旅行に行かない?」
と言われた。
えっ?と固まってると、
「だって新婚旅行だって行かなかったし、子供が小さい時はお金が無くて家族旅行もいっていないし……」
「そうだな、じゃ行くか。どこがいい?」
「ほら、ここなんかいいんじゃない? 露天風呂が部屋の中にあるんですって。たまには二人でつかりましょうよ」
それを聞いた俺の顔に滝のような汗が流れ落ちた。
「ねえ、いいでしょあなた」
「う、うん」
「どうしたの? 何か不都合なことでも?」
「い、いや別に」
俺は飯もそこそこに、自分の部屋にこもった。
どうしよう。
あのことがばれたら……。
「あなたー、お風呂わきましたよ、お先にどうぞ」
女房に言われ、風呂に入る俺。
わしわしわしと体を洗う。
いやほんと、どうしよう。
あのことが……ばれたら……アワワワワワ。
そして旅行当日。
俺は覚悟を決めた。
とーぜんだが、朝から食欲ゼロ。
女房から、少し食べてよと言われても喉を通らない。
こんな時に旅行なんて大丈夫?やめましょうか?と言われた。
俺も辞めたい。けど。
男には、告白しなきゃいけない時ってちゃんと来るんだな。
だったらもう……この時を置いて他にはない。
何でこんな風に思い詰めてんだ俺。
で、
いよいよその時に。
「あなたー、露天風呂わいてるそうよ。入りましょうよ」
「う、うん、その、お前に言いたかったことが……」
「はい、カツラの入れ物、ここに置いときますからね」
「う、うん、ありがとうって……え?」
女房、ニコニコしながらサクッとビニール袋おいていく。
「温泉の成分で変色したらことですから、ちゃんと外してきてくださいねアナタ」
と女房は言い、いそいそと服を脱ぐと、早く来てねーと言って風呂に先に行った。
こいつには勝てん……。
しみじみ思う俺であった。