浦島の亀もどき
「最初は劇の練習やドラマの撮影かと思ったんだ。でもどうやらそんな雰囲気じゃない。あるいは質の悪いドッキリかとも考えたが、それでも一応声をかけることにした。亀をぐるりと囲んでいるのは子供だけじゃなかったからな」
男はその時の様子を思い返したのか、忌々しげにため息をついた。
「大人や老人も一緒になり、寄ってたかって石を投げつけ甲羅を蹴り飛ばし虐めていたんだよ。誰だって普通止めようとするだろう? ただまあ、相手が複数だし図体のでかい男もいたから、不用意に刺激しないよう取りあえず『何をしてるんですか?』と尋ねたんだ」
みるみるうちに顔が青ざめていく男。
「すると、あいつら一斉に俺の方を振り向いた。心臓が止まるかと思ったぜ……全員、顔がなかったんだ。目も鼻も口もない、つるっつるのマネキンみたいにな。俺は情けない悲鳴をあげながら一目散に浜辺から逃げ出した。奴等が追いかけてくるんじゃないかと思うと振り返ることすらできなかったよ」
「幸い、無事に家までたどり着くことができたし、それから身の回りでおかしなことは一切起こっていない。だからいわゆる白昼夢なのかもしれないとも思ったんだが……あの気味の悪い光景が瞼の裏に焼き付いて、いつまでたっても忘れられないんだ。けど他人に相談するにはあまりにも現実離れしてるだろ」
「ネットでこの相談所を見つけたときは、正直かなり胡散臭いと感じたけど、俺の体験談だって相当な眉唾物だしな。とにかく誰かにあの奇妙な出来事を洗いざらい吐き出して、楽になりたかったというのが本音だよ」
男は言葉通り幾分すっきりとしたような顔つきをしていた。一方、椅子に腰掛けたまま、眉ひとつ動かさず、ひたすら黙って話を聞いていた『現代昔話相談所』の所長は、ようやく口を開いた。
「なるほど……大変興味深いお話ですね。一つだけ質問してよろしいでしょうか。あなたが彼らに声をかけた本当の動機はなんですか?」
心の内まで見透かすような所長の台詞に一瞬苛立ちを覚えた男だったが、なぜだか自分を真っ直ぐに見据える硝子玉のような目には嘘が一切通用しない気がした。
「……ああ……確かに、本当は同情心も正義感も、これっぽっちも持ち合わせていなかったさ。ただ、なんだか金儲けのチャンスのような気がしたんだ。あの話だってそういう展開だっただろ? さすがに竜宮城に連れていってもらえるなんて期待はしていなかったけどな……もしかして、俺がそんな欲深いことを考えたから罰が当たったって言いたいのか?」
「いえいえ、むしろ逆ですよ。その欲のおかげで命拾いしたんですから」
所長の言葉の意味がわからず、男は訝しげに彼の説明を待つ。
「あなたが遭遇したのは『浦島の亀モドキ』と呼ばれる化け物です。決してあなたの幻覚ではないですから安心してください。もし、ほんの少しでも温かな思いやりなんて持ち合わせていたら、その心の隙につけこまれ、きっとそのまま海の底へ拉致され、今頃のっぺらぼう達の仲間入りをしていたでしょうね」
何故だかおかしそうにケタケタと笑う所長だったが、男は全身からじっとりとした嫌な汗がとめどなく噴き出していた。震える手で相談料を支払い、足早に去っていく男の後ろ姿を見つめながら、所長は独り言を呟いた。
「あちらは放っておいてもよいでしょう。本家では欲を出して誰かの真似をして失敗するのが常ですが、今回は命の恩人ともいえる働きをしたようですし……何より、もっと愉快な現代の昔話を産み出してくれるかもしれませんからね」
怪しく光る所長の両眼には部屋を後にする男の背中にしがみつく欲深そうな老人が映っていた。




